第262話 勇者の真実

「ふう、少し喋り疲れたね」

 聖剣と勇者にまつわる話を語り終えたリノンはそう言って深く息をつく。


「どうだったかな、何か気になるところはなかったかい?」


「何かじゃねえよ、聞き逃せない話ばかりだったろうが! 何だよ、今の話じゃまるでイリアが人工的に作られたみたいじゃねえか!」

 リノンの問いにアゼルは激昂して反応する。


「ああ、それは勘違いだよ魔王アゼル。イリアはあくまでも普通の両親のもとに産まれてきた人間だ。ただ彼女らの生活していた場所、聖剣アミスアテナが結界を張っていたキャンバス村がジンを一切有さない無垢結晶を生み出しうる土壌となっていただけ。それも200年近くかけてようやく一人が完成するっていう気の長い話さ」


「なんだよそれ、イリアはそれを知っていたのか?」


「え、私? う~ん、正直初めて聞かされたかな。でもそんなに驚いてないよ。昔からなんとなく周りと違うことはわかっていたし、今の話を聞いてもそうだったんだくらいにしか思わないかな。それよりも私はアミスアテナの話の方がびっくりした。……いやでもアミスって呼んだ方がいいのかな?」

 イリアは自らの腰に提げてある聖剣を見てそう言った。


「…………別に、今まで通りアミスアテナでいいわよ」

 イリアの言葉にアミスアテナは素っ気なく答える。


「それじゃアミスアテナ、昔大魔王の城に乗り込んだって本当なの? っていうかその大魔王ってもしかしてアゼルのお父さん?」


「あ、そうだ。お前もしかして父う……、親父と会ってたのかよ? そういえば俺が魔王になる前にどこぞの不届き者が乱入してきたって話があったな。その時は俺は危険だからって避難させられたが」


「あ~もううるさいわね、全部本当よ。アンタの父親に会ったのも本当だし、イリアが勇者になったのも私が原因、それでいいでしょ!」

 これ以上話を掘り下げられたくないのか、アミスアテナは投げやりな態度で返答をする。


「ははは、まあここまで来たんだ、ゆっくりと答えてあげなよアミスアテナ。それとそろそろイリアの治療の準備もしておいてもらおうかな。トキノ、お願いできるかい?」

 リノンはアミスアテナをなだめながらも、年長者であるトキノへ向けてお願いをする。


「はい、沐浴もくよくの用意でしたらすぐにでも。ではみんな行きましょう」

 リノンに促されたトキノは他の湖の乙女たちを連れて、神晶樹を挟んだ反対側のほとりへと移動していく。


「ん、イリアの治療って沐浴なのか?」


「アゼル、沐浴って何?」


「いやまあ、言い換えればただの水浴びだよ。だがそんなことでイリアは良くなるのか?」


「なるよ、少なくともイリアの結晶化は改善する。だがまあこんな大っぴらなところで裸で泳ぐわけにもいかないだろ? だからその辺を彼女らが用意してくれてるのさ」


「ふ~ん、イリアの治療の件はわかったけどさ。さっきの話の中に出てきた大賢者って当然リノンなんでしょ? つまりはイリアをにしたのもリノンなんだよね。何か思うところはないわけ?」

 リノンたちの会話を遮るように、エミルがやや不機嫌そうにリノンに問いかける。


「ん、思うところ? 別にないよ、だって僕は方法を提示しただけで実際にそれをやったのはアミスアテナだからね。大賢者なんてただのアドバイザーさ、アドバイスを実行した結果の報酬も責任もそれを行なった本人が受けとればいい」

 エミルの問いにリノンはにこやかな表情で答える。


「……あっそ、それがリノンの本心なら何も言うことはないよ」

 そんなリノンの答えに満足したのかしていないのか、エミルは頭の後ろで手を組んでどこかへと歩いていく。


「まったく、エミルくんはいつも察しが良すぎて困るね」

 そのエミルの背中をリノンは苦笑いをして見つめていた。


「ん、今のは何の話だ?」

 二人のやり取りの意味がイマイチ飲み込めなかったアゼルはキョトンと困惑してしまう。


「……さあなんだろ、でもとりあえず私はこれから湖でひと泳ぎしてくればいいんでしょ? 水着とか持ってきてないけどどうしよ」

 アゼルの疑問を流すようにイリアは話題を切り替えた。


「安心してくれよイリア、それはきちんと僕が用意しておいたさ。ワンピースタイプとビキニタイプとあるけどどっちがいいかな? 僕のオススメはワンピースタイプかな。だってイリアは胸がアレだから何かの拍子で水着が流されないとも限らないしね」

 リノンはどこから取り出したのか純白の水着を二組手にしていた。


「ちょっとリノン失礼過ぎ! それに何で私のサイズ知ってるの? あ、これはサイズを知った手段じゃなくて、どういう頭の神経してたら女の子の体形を勝手に知る気になれるの、って意味だからね」

 イリアは水着を手にしたリノンに向けていつものようにツッコミを入れる。

 だがアゼルは、彼女のそんな様子にどこかわざとらしさを感じてしまっていた。


「…………なあシロナ、さっきエミルが言っていたことがどういうことか分かるか?」

 あごに手を当てて考えを巡らせたアゼルは、その答えをシロナに求める。


「さっき言っていたこと? どのことでござるか?」


「イリアをこんな風にしたのはリノン、ってところだ。イリアを勇者にしたのがリノンっていう意味なら理解できる。だがそれでエミルが腹を立てるとも思えない。何か別の意味があるんじゃないのか?」

 アゼルはエミルに感じた些細な違和感をぬぐいきれずにいた。


「ああ、そのことでござるか。うぅむ、想像でしかないが、エミルはイリアの身体のことを言っていたのではないか?」


「それは身体の結晶化のことか? 確かに勇者なんて規格外の能力を考えたらそのくらいのデメリットはあるんだろうが……」

 再び悩み込むアゼルにシロナはさらに言葉を加える。


「いや、身体のこととはそのことではないでござる。アゼルは知らないのか? イリアの寿命がそう永くはないということを」

 残酷な、彼だけが知らなかったその真実を。


「は?」

 あまりのことに言葉を失うアゼル。


「もちろんアゼルたち魔族と比べたらそもそも人間の寿命は短いでござるからな。だが、その人間の寿命よりもイリアのそれはさらに短いと聞いた」

 シロナは純朴な瞳でアゼルにそう告げる。


「あちゃぁ、聞いてしまったかい。一応黙っていたのだけれどね。シロナが言ったことは本当だよ魔王アゼル。成長する無垢結晶として生まれたイリアの寿命は短い。イリアは、二十歳を越えることはないよ」

 アゼルとシロナの会話を耳にしたリノンは補足するようにそう付け加える。

 どんなに詭弁を吐いても虚言だけはつくことのない大賢者が、そう言ったのだ。


「な、なんだよそれは!? イリアが、長生きできない? 二十歳を越えられないだと? それを、お前も、エミルもシロナも知ってたっていうのか? だけどイリア、お前はそれを……」

 アゼルは動揺した瞳でイリアを見つめる。

 勝手に生み出され、勝手に勇者として望まれ、そして当然のように何も知らされることのないその少女を。


「────ごめんねアゼル、それだけは知ってた」


 そしてその少女は、本当に申し訳なさそうにその言葉を口にしたのだった。

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