第259話 アミスとアテナ
この世界の始まりの生命たるオージュ・リトグラフを前にしながらも、実に気安く声をかけるリノン。
しかしその言葉にオージュが反応することはなく、彼はただひたすらに聖剣に成ろうしている何かを打ち続ける。
「おや、無視かなオージュ。ねえねえ、少しくらい反応を返してくれたっていいだろう? なあなあ、僕の無神経さと
だがリノンは彼を黙殺するオージュをさらに上回る執拗さで聖剣の鍛造の邪魔にならないギリギリの範囲であらゆるアピールを開始する。
「…………邪魔だ、ワールドウォーカー。
リノンのあまりにウザすぎる行為に業を煮やしたのか、ついにオージュは口を開いて
「それに、儂は貴様と友になった覚えなどない」
「随分とひどい言い草だなぁ。いいじゃないか生まれてこの方キミに友達なんていないんだし、こういうのは名乗った者勝ちだよ。ああ、それにさっきも言ったけどアミスとアテナを連れ帰ってきたよ。まあちょっと事情があって今は一体化しているけど」
オージュの辛辣な態度にもリノンは気にすることなく、イリアが手にする聖剣へと彼の注意を促す。
「アミス? アテナ、だと?」
すると、ここまでの間に一切止まることのなかった彼の錬鉄がピタリと止まる。
「まさか忘れたわけじゃないだろ、キミの大切な娘たちさ。イリア、彼女をここに連れておいで」
「え、彼女ってアミスアテナのことだよね。リノンこれってどういうこと?」
イリアはリノンの言葉に戸惑いながらもアミスアテナを手にオージュのもとへと近寄る。
しかし、オージュはイリアが持つ聖剣を目にしても彼の表情はまったく変わることはない。だが、その瞳孔だけがほんのわずかに見開いていた。
「それは、アテナ……か。それにその中から感じる気配はまさか……」
「お、お久しぶりですお父様。私は、アミスです。このような形でここに帰ることになり、申し訳ありません」
聖剣アミスアテナは自らをアミスと名乗り、そしてオージュに対して確かに父と口にした。
「…………そうか、無事だったのか。いや、それならいい。それなら、よかった」
アミスアテナの言葉にオージュは静かに目を瞑り、そして再び見開いたかと思うと既にアミスアテナから視線を切ってまた聖剣の鍛造に取り組み始めていた。
キィンッ
キィンッ
キィンッ
再び淀みないリズムで響き始める甲高い音色。
「っておい、また何かの作業に戻っちまったぞこの親父。今のは何か感動的な場面じゃなかったのか?」
そのまさかの光景に唖然としているアゼル。
「何を言っているのさ魔王アゼル。十分に感動的だったじゃないか。彼は手を止めて言葉を交わした。絶えず聖剣を打ち続けるオージュにとってはこれは十数年に一度ってレベルで珍しい、特別なことなんだよ」
オージュの真隣でそんな解説をするリノン。そして当のオージュは既に集中してしまっているのか、リノンの言葉すら耳に入っていないようである。
「そんなレベルで打ち込んで聖剣を作ってるのかよ。……だがそれにしてはここに突き刺さってる聖剣の数が少ないような」
アゼルはこの神晶樹の周囲に突き立つ無数の聖剣を見てそう呟いた。
その数は二十を超えて三十には届かない程度。何千年単位で聖剣を作成しているにしては少ないように思えたのだ。
「ここに突き立つ聖剣の数は二十五、そして湖の乙女たちの人数は二十六だったでござる。一つ、数が合わない」
アゼルの呟きに反応してシロナもここまでの情報を整理した上での疑問を呈する。
「さすがにシロナは
リノンのその言葉が面白かったのか、彼らをここまで連れてきた湖の乙女トキノが少し吹き出して笑っていた。
「初めて聖剣が完成したのはオージュがその取り組みを始めて約二千年後、そしてそれと同時に彼女、トキノも誕生した」
「ん、そうなのか? とてもそうは見えないが」
アゼルはトキノの容姿を見て意外そうに呟く。
「ふふ、魔王アゼル様でしたね。それは貴方も同じだと思いますよ。それに私たちには時間の感覚があまりないもので。十年も百年も、そう違いがないのです。そして、だからこそ目まぐるしく変化していく人の物語に恋い焦がれてしまう。貴女もそうだったのでしょう? アミス」
そう言ってトキノはアミスアテナに目を向ける。
「べ、別に私は恋い焦がれてここを出たわけでは、トキノ姉さま」
そんなトキノに少し恥ずかしそうにアミスアテナは言葉を返す。
「え、ちょっと待ってよアミスアテナ。アミスってどういうこと? それにアミスアテナはトキノさんと姉妹なの!? え、え? これってどういうこと?」
そしてついに状況に付いていけなくなったイリアが混乱を始める。
「ああ、ごめんごめんイリア。さすがにキミの理解力だとそろそろ限界だね。それじゃあちゃんと説明するからさっきの場所に戻ろうか。こんな間近で聖剣を打たれていると、彼は平気でも僕らが集中できないからね」
そう言ってリノンはオージュを尻目にイリアたちを再び湖のほとりへと促し始める。
だがその背中で、
ガキィィンッ
と今までとは違う、やや濁ったような音が響く。
「………………やっちまった」
オージュの口から僅かに落胆した声が漏れた。
「おやおや、失敗してしまったらしい」
「失敗でござるか?」
「もちろん聖剣の鍛造が毎度毎度成功するわけじゃない。むしろその何十倍の失敗作がこれまでもできあがってきた。そしてそれがどうなるかと言うと」
「トキノ、これを捨てとけ」
オージュは手にした聖剣もどき、傍から見ればどう見ても一流の完成品にしか見えないそれをトキノへと渡す。
「わかりましたお父様。ふふ、久しぶりにアミスに会えて雑念が入りましたか?」
聖剣もどきを渡されたトキノは少しだけ悪戯な笑みを浮かべていた。
「…………うるさい」
ただ一言オージュはそう口にして再び何もない虚空へ向けて鎚を振るい始めた。
「いや何だ今のは、ツッコミどころが多すぎるんだが。いや普通剣を作るなら鉄とか色々材料があるだろよ」
「はは、視野が狭いよ魔王アゼル。普通の作り方をしたら普通の物しかできないだろ? 聖剣なんて矛盾した存在は、異常な考えで、異常な精神で、異常な行為をもって出来上がるに決まってるじゃないか。それに材料は既に揃っている。彼は世界に向けて鎚を振るい続け、そこからあらゆる意味をこそぎ落としているのさ」
「……………」
今のリノンの言葉に何か感じ入るものがあったのか、シロナはオージュへ向けてじっと熱い視線を向ける。
「いや意味が分からんが、それはさておくとしてもその聖剣は十分に完成しているだろ」
「さて、彼にとっての完成と余人にとっての完成は別のものだからね。トキノ、少しその聖剣を見せてくれないか?」
「はい、どうぞリノン様」
トキノからリノンへと手渡される聖剣の失敗作。それはアミスアテナのような銀晶の作りではなく、全体的に薄っすらと青みがかっていた。
「ふむふむ、やっぱり少量の氷のジンが混ざっている。これでは無垢結晶とはとても言えない」
そう言ってリノンは手にした剣をトキノに返す。
「ふふっ、ではいつも通り湖の外に捨てておきましょうか」
「なんというか随分と雑な扱いだな。そんなことしてたら誰かが勝手に持っていくだろうに………………ってもしかして湖の乙女から譲られる聖剣の伝説ってまさか」
今のやりとりを見てアゼルの脳裏にひとつの可能性が思い浮かぶ。
「冴えてるじゃないか魔王アゼル。その通り、各国が保有している数多の聖剣、その正体はオージュの出来損ないの聖剣を彼女らが廃棄したものなのさ」
「なんと、それは絶対に知りたくなかった真実でござるな」
リノンによるまさかの真実の暴露に、ショックを受けるシロナだった。
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