第253話 彼女の故郷

 リノンが操る馬車は既に目的の場所へと到着していた。


 イリアの故郷キャンバス村、その跡地へと。


「本当に、何もねえんだな」

 アゼルの第一声は、実に簡素だった。


 そこに本当に村があったのか疑わしくなるほどに、清々しいほどの草原であった。

 だが足を進めて地面に目を向けると燃え残ったのであろう家の残骸がいくつか目につく。


 そしてふと彼はイリアへと目を向ける。


 イリアは探るように手を伸ばしながら、この村の跡地を歩いていた。

 彼女の足はかつて通路であったであろう場所を間違えることなく正確に歩み、家があったであろう曲がり角で曲がり、キョロキョロと辺りを見回している。


 まるで、彼女だけにはかつて健在だった頃のキャンバス村が今もなお見えているかのように。


 そんな彼女の瞳には少しずつ涙が溜まっていく。


 幽鬼のような足取りでキャンバス村の跡地を歩いていくイリアをアゼルは痛々しく思い、彼女の後を追いかけていった。


 そしてその様子を見ていたのは聖剣アミスアテナを手にした大賢者リノン。


「ちょっとリノン様、何でまた私をイリアから離すんですか? 私が付いていないとイリアの心が折れちゃうかもしれないじゃないですか!?」

 いつものごとくイリアと彼女を引き離すリノンに大声で文句の声をあげるアミスアテナ。


「大丈夫だよ、イリアには魔王アゼルが付いていてくれる。それに今日は、僕の方がキミに側に居て欲しかったんだ」

 不機嫌なアミスアテナの態度に対してリノンは物憂げな様子でそう口にする。


「リノン、様?」


「エミルくんもシロナも馬車で待っているとのことだし、少し、話さないか?」

 そう言ってリノンは少し歩いていき、ある場所で立ち止まる。


 そこには台座のような物が長く伸びた草に隠れていた。


「ここだろ? キミが刺さっていたのは」


「…………ええ、そうです」

 リノンの問いに短くアミスアテナは返事をする。


「ここでキミは、約200年、この村を見守り続けていたのか」

 リノンはその台座に腰を下ろし、感慨深くそこから見える景色一帯を眺める。


「200年は少し多いです。私がここに突き立ったのは190年前。それにイリアが生まれてからは私はずっと彼女と一緒にいましたから」


「それにしたって十分に長い年月だよ。一つの村の誕生と、その終末までをキミは目にしたんだ。イリアが苦しいのはもちろんだけど、キミもそれ以上に苦しいんじゃないかい、?」

 リノンは静かな心持ちで、手にする聖剣にいつもとは違う名を呼びかける。


「それは、やっぱり。私だって何も思わないわけないじゃないですか。たとえこの村が私のエゴの為に作られたモノだとしても、既にイリアという成果を吐き出した後だとしても。いや、だからこそ、私はこの村の子供たちには皆幸せになってもらいたかった」

 涙など流れない聖剣の身で、アミスアテナは泣いていた。


 その彼女の泣き声を、リノンは静かに聞いていた。


「────────────────僕はねアミス、少し後悔しているんだ。せめて一度くらいはここに足を運ぶべきだったって。こんな形で滅びを迎える前にたった一度でも。そうして、ボンクラな僕の心にも、少しは罪の自覚を刻んでおくべきだった」

 アミスアテナの泣き声が弱まったころ、リノンは物憂げに語り始める。


「あなたでも、そんな風に思うことがあるんですね」

 泣いて少し皺枯れた声で、アミスアテナはそれに答えた。


「僕はこれでも人間だからね。たまに、後悔したい時もある。キミが何を選択し、僕が一体何を後押ししてしまったのか。イリアの悲しい顔を見るたび、その慚愧ざんきが僕の心を襲うんだ」


「私たち、共犯ですからね」

 リノンの後悔するような言葉に、アミスアテナはそう付け加えた。


 だが、

「…………主犯はキミだけどね」

 そこは譲れないとリノンはさらに付け加える。


「ちょっ、そもそものことを考えたらリノン様の方が罪重くないですか!?」

 そんなリノンの態度が納得できないと、今度はアミスアテナの方が謎の罪の所在を彼に押し付けた。


「いや、僕は教唆きょうさしただけだから比較的罪は軽いよ」

 しれっとしたリノンの嘘。


「知らないと思っているんですか? 教唆罪は実行犯と罪の重さは一緒なんですよ」

 だがアミスアテナもそんな嘘を簡単に見破ってしまう。


「まさか、こんなド田舎でそこまで司法が発達してたっていうのかい!?」


「どこかの賢者様が村を作る時、参考にってお手軽ルールブックを置いていきましたからね。その中に載ってましたよ」


「おお、そんなこともあったような。じゃあまあ仕方ない、僕らは共犯で─────同罪だ。いずれ罰は受けるとしよう」

 リノンは本当に仕方がないと、その罪を、いずれ来る罰を受け入れた。


「でも、」


「分かっているよアミス。その罰がイリアの悲しい死であってはいけない。それだけは、絶対に回避してみせるさ」


 かつて勇者が生まれた場所、そこで罪人たちの懺悔が風に乗って消えていった。

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