第252話 クロム、仕事完了

 ハルモニア大陸東端のハルジア国の居城地下室にて、稀代の鍛冶師クロムがその部屋を出ようとしていた。


「もう帰られるので?」

 その背中に白騎士カイナスの声がかけられる。


「ああ、おれの仕事はもう終わっただろ。それとも、まだ何か用事があったか?」

 浅黒の肌に筋骨隆々の大きな身体をしたクロムがのっそりと振り向いてぶっきらぼうに言う。


「いえ、クロム殿のおかげでこちらの想定していた作業は無事終わりました。むしろ想定以上と言っていいでしょう。クロム殿の手腕、感服いたしました」

 白騎士カイナスはぶっきらぼうなクロムに対しても恭しく頭を下げる。


「は、別にそんな頭を下げられるようなことはしてねえよ。ただまあなんだ、結構な上物の素材を好き勝手に打ち付けられるってのはなかなかに面白かった。聖刀を打つのとはまた違った感覚だったぜ」

 クロムはあご髭をいじりながら、少し満足気な表情をする。


「貴方に満足していただけたのなら、こちらもお呼びしたかいがありました。おかげで必要な数の聖鎧も準備できましたし、なによりオートマタの調整も貴方がいなければ間に合わなかったでしょう」

 カイナスは地下室の奥に控える1000体のオートマタを指してそう言った。


「…………まあ、昔取った杵柄きねづかってやつだ。あの程度のオートマタで良けりゃおれも気を遣うことなく扱えてとくに苦労もせんさ」


「あの程度とはすごい発言ですね。あれでもオートマタ生産の本場イニエスタで作られた最高水準のオートマタなのですが」

 クロムの口ぶりにカイナスは唖然としている。


「おっとすまねえ、ちと口が悪かったかな。いやアレも十分いい出来なのはよく分かる。数と性能、その兼ね合いを突き詰めた立派な作品たちだ。ただ、たった一つを突き詰めたいっていうおれの考えとは違っただけだ。さっきの言葉は忘れてくれ」


「いえ、実際にそれだけの腕を持つクロム殿ならその発言も許されるでしょう。そんな貴方がアニマカルマでの活動を制限されているのが不思議でなりませんよ。─────噂では、貴方が作成した究極のオートマタが原因だと耳にしましたが?」


「別に、究極のオートマタなんぞおれぁ作ってねえよ。ただなりふり構わずやってたら、いつの間にか息子が一人できてただけだ」

 クロムはふと遠い目をして、彼の口元がわずかに緩む。


「……そうですか、貴方のような父親のいる息子殿が羨ましい。ですが、それならなおのことよろしかったのですか?」


「ん、何がだ?」


「私たちにこうやって協力していただいたことがですよ。我々の目的を知ることなく貴方はその技術を提供してくださった。おかげでこのハルジアが保有する戦力は比類なきモノになったと言えるでしょう。しかし、この力が貴方の息子の敵になるかもとは考えなかったのですか?」

 白騎士カイナスは真剣な瞳で、彼にとっての純粋な疑問をクロムにぶつけた。


「ふむ、お前たちの目的ねぇ。おれの目にはお前さんだって目的を知らされずに動いているように見えるが?」


「っ、」

 クロムの深い瞳に見据えられて一瞬の動揺が走るカイナス。


「まあいいさ。もし仮におれがここで鍛え上げた鎧や人形たちがあいつ、シロナの敵に回るとしてもおれは構わんよ」

 迷うことなくはっきりとクロムは言った。


「それは、何故? もしかすれば息子殿が命を落とすかもしれないんですよ」


「ウチのシロナを見くびるな。あいつはこの程度のオモチャでどうにかなるほどヤワじゃねえよ。それはおれが親馬鹿だからじゃねえ、あいつは自分で悩み苦しみ、そして答えを探して足掻き続けた。そんなあいつにとってこんなものは障害にもならねえってだけだ」

 やや語気を強めて、叩きつけるようにクロムは言い放つ。


「はは、それは、また。……くくっ、やはり貴方は親馬鹿ですよクロム殿。ふふ、本当に貴方の息子が羨ましい」


「けっ、羨ましかろうとこれ以上子供は増やせんぞ。最近は二人も可愛いガキが増えちまったからな」

 クロムは冗談めいてカイナスに返す。


「それは残念です。良い養子縁組になると思ったのですが」

 対するカイナスもわざとらしく残念そうな素振りをするのだった。


「いやはや、長くお引き止めして申し訳ありません。ですが本当に帰りはお一人でよろしいので? 護衛をお付けしますが」


「いらねえよ、久々に少しばかり寄り道しながら帰るつもりだからな。……そういえば、黒騎士のボウズは今日は見かけねえな」


「────アベリアのことでしたら今日は所用で出掛けているところです。クロム殿のお見送りに立ち会えず申し訳ありません」


「いや、別にいないならいないで構わねえよ。お前さんらにはお前さんらの事情があんだろ? それじゃ、世話になったな」

 クロムはいよいよ地下室の扉をくぐろうとして、ふと立ち止まり、


「ああ、さっきは親馬鹿みてえなことを言っちまったがよ、あいつの無事を信じていられるのはそれだけじゃねえさ。あいつは良い仲間に巡り合えた。だから、おれが心配することは何にもねえんだよ」

 最後にそう告げてカイナスの前から去っていった。



「…………良い、仲間ですか。それは、別段羨ましくありませんね。私にも、友がおりますので」

 白騎士カイナスは誰もいない虚空にその言葉を送り、彼の仕事、つまりは彼自身さえ何が起こるか知りもしない賢王グシャ・グロリアスの指定した予定日に向けての準備を始めたのだった。

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