第249話 正体

 大司教マッグワックのリノンに向けた『教主』という言葉にざわつく礼拝堂。


「え、教主? リノンが? また焦点化リアルフォーカスを使って認識を操作してるのかな」

 突然のことに、イリアは大賢者リノンの異能の技法による暗示だと判断した。しかし、


「ああイリア、それはちょっと違うかな。焦点化リアルフォーカスを利用した暗示であるのは確かだけど、僕は今その暗示を

 そう言ってリノンは先ほど大司教マッグワックに見せた首飾りを掲げてみせる。

 するとその首飾りを目にしたこの場に列席している湖水教の幹部たちが口々にリノンに向けて、

「教主様だ」

「おお、教主様ではないか!」

 驚きの声を挙げた。


「僕は以前イリアにかけたのと同じような暗示を彼らにもかけていてね。暗示を解除するトリガーであるこの首飾りの紋章を認識するまでは、僕のことを上手に意識できないようになっていたのさ」

 さも何でもないことのようにリノンは語る。


「ん、ということはこいつらがさっきから言っている湖水教の教主ってのは……」

 リノンの解説に理解が追い付いてきたアゼルは、実に嫌な顔でリノンのことを見る。


「そ、実は僕のことなんだ。僕がこの湖水教を設立したんだよ」

 そしてリノンは昨夜の献立を報告するような軽さで、その真実を提示した。


「はぁ!?」

 リノンの発言によってイリアたちに広がる驚愕。


「まあキミらが驚くのも分かるよ。だって僕がこんな胡散臭い宗教の教主だなんて信じられないもんね。でも信じてくれよ、今から250年以上も前、いずれ魔族と魔素がこのハルモニア世界に流入してくることを予知した僕は、多くの人間の助けになるようにとこの湖水教を事前に立ち上げて浄水の準備をしていたのさ」

 胸に手を当てながら、自身の大事業を感動的に話そうとするリノン。

 だが、


「それだけ聞くとリノンさ、リノンがさも立派な人物のように聞こえるわよ。本当のことを言ったらどうなの?」

 今まで沈黙していたアミスアテナが、今の妄言は聞き流せないとツッコミを入れてきた。


「そうか、アミスアテナは当時のことを知っているからね。まあぶっちゃけてしまうと、いずれ確実に価値が出る浄水を独占しておいて、ボロ儲けしようと考えただけなんだよね。おかげで湖水教は大盛況、ヴァージンレイクもこんなに大きくなっちゃって。たまにまとまったお金が欲しい時に立ち寄るくらいだけど、個人的な貯金箱としてはなかなかに良いシステムじゃないかい?」

 アミスアテナの指摘に対して本当にリノンは悪びれもせずにそう答えた。


「最低だ、本当に最低だ。そう言えばコイツと初めて会った街で新興宗教の稼ぎが湖水教の連中に持っていかれた時も『長い目で見れば貯金だからね』とか言ってやがったがこういうことか。ほ、本当に最低だ」

 アゼルは大事なことだからと、三度ばかりリノンに最低を重ねた。


「ま、確かにリノンはいつだって最低だけど。今の話が本当ならアタシはそう責めたモノでもないと思うよ。だってリノンは事前に浄水を貯めて市場の流通に乗せるシステムを作ってたわけでしょ? それが完成していなかったら200年前に魔族が入ってきた時点で何万、何十万の人間が死んでいたかわからないんだから。個人レベルで財産を好きに扱う程度なら当然の報酬なんじゃない?」

 意外なことにエミルは冷静にリノンの所業を分析していた。


「おや、エミルくんからその評価を貰うとは考えていなかったな。こりゃ明日は魔剣の雨でも降るかもしれないね」


「さっきの話も今の口ぶりも、いつものリノンの無責任さが足りないからね。リノンはさっきからわざと貶めて貰うように会話を誘導してる。つまりはこの湖水教を作って人間全体に貢献した件はリノンにとっては頑張り過ぎちゃった恥ずかしい過去ってことだよ。だからこのことを褒められた方がリノンはツラいんじゃない?」

 エミルはいつもの意趣返しとばかりに言葉巧みにリノンにとっての黒歴史をあぶりだす。


「う、エミルくんにしては意地悪な考察だなぁ。いいさ、あの頃の僕は若かったって言えるくらいには笑い流してみせるんだから。─────さて本題だ、大司教マッグワック、僕が何故キミの前に現れたか分かるかい?」

 リノンは改めて床に這いつくばるマッグワックに目を向けた。


「ひ、きょ、教主様ぁ。どうか、どうかお許しを……」


「ふむ、きちんと分かっているようで何より。いや、よく考えずに大司教を指名した僕もほんのちょっと悪いのかもしれないけど、あの頃の僕はショックな出来事があって色々と投げやりになってたからねぇ。でもまさか自分の欲をここまで開花させるとは驚きさ。一個人としはよくやるものだねと思うけど、流石に周囲に迷惑がかかっている以上は見過ごしてやれないな」


「で、では……?」


「ああ、キミには大司教の座から降りてもらう。処分は、次の大司教に任せるとしようかな」

 そう言ってリノンは周囲を見渡す。

 その彼の一挙手一投足を湖水教の幹部たちは固唾かたずを飲んで見守っていた。


「うん、やっぱりそうだね。次の大司教はキミにしよう」

 ひと通り礼拝堂にいる人物たちを眺めたあと、リノンは実に軽い仕草である人物を指差した。


「え、ええ!? 私ですか!?」

 それは大通りでアゼルに助けられ、浄水処女として今日初めてここに来たばかりの少女ライラであった。

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