第248話 対面

 イリアたちは湖水教の幹部に礼拝堂まで連行され、彼女たちの周囲は8名ほどの兵士たちが取り囲んでいる。


「まあなんとも豪華な内装だこと、随分と儲かっているんだねぇ」

 だがリノンは囲まれていることをまったく気にした様子もなく、のんきに礼拝堂の中を見回しながらそう言った。


「おい、さすがに肩の力を抜きすぎだろうが。これからあのクソみたいな大司教のとこ行くんだぞ。それも誰かさんのせいで力を出せない状態でな」

 後ろ手で縛られたままのアゼルは恨みがましくリノンに言う。


「そりゃ何よりだよアゼル。そのおかげで大司教も無警戒で僕らを呼び寄せてくれたんだから」


「どうせリノンのことだから何か筋書きがあるんだろうけど、つまらない内容だったら後でぶっ飛ばすからね」

 そう言ってエミルはやはり腕を縛られた状態でリノンを後ろからゲシゲシと蹴っていた。


「それにしてもこの人たち警戒心がなさすぎじゃないかな。聖剣アミスアテナもシロナの聖刀も取り上げられなかったし」


「ああ、それは僕が団長に頼んでおいたのさ。また後で取り戻すの面倒くさいしね」


「リノンはその団長と懇意こんいか何かでござるか? 随分と融通がきくようだが」


「あはは、その種明かしはこれからさ。ほら大司教どのがお待ちだよ」

 リノンの言葉通り彼らが礼拝堂を歩いていった先に大司教マッグワックが待ち構えていた。

 その頭上にはまさかのことに、マッグワックを模したステンドグラスが輝き、彼は捕らえられたリノンたちを見て勝者の余裕でほくそ笑んでいる。


 また、礼拝堂の両隣には湖水教の幹部と思われる人たちが列をなして控えており、そしてその中の1人に、アゼルが大通りで助けた少女ライラも場違いなようにソワソワしながら列席していた。


「おや、ライラじゃないか。どうしてキミがここに?」


「え、あ、いや。良くわからないんですが、ここに並ぶように言われて」

 リノンの問いに、やはり状況が良くわかっていない様子のライラ。


「彼女は私が呼んだのだよぉ。彼女をたぶらかそうとした君たちがいかに悪辣あくらつな人間かを証明するためにねぇ」

 そう言ってマッグワックはブハハと笑う。


「まあ、このクソ賢者が悪辣なのは否定しねえよ。だがお前の趣味の悪さにはヘドが出るぜ」

 不要なほどに尊大な態度のマッグワッグにアゼルは心底不快そうに言葉を吐き捨てる。


「は、何を言う。君らこそ賞金がかかるほどの大悪党じゃないかねぇ。まったく何をやらかせばこんな額の賞金がかかるのだか、…………ん? 魔王? 何かの印刷ミスかね? アスキルドも随分適当な仕事するねぇ」

 アゼルたちの手配書をチラリと見たマッグワックは、それを鼻で笑いながら放り投げ、それを回りの部下たちが慌てて回収していた。


「ああ、今でもキミに殴られた顔が痛い痛い」

 そういってマッグワックはこれ見よがしに頬に貼られた湿布をさすっている。


「なんで治療なんかしてんだよ。あの時点でもう腫れてもいなかっただろうが」


「これは私の心の傷だよ君ぃ。あの時の恨みを忘れないようにしないとねぇ?」

 マッグワッグはやはり空気をねばつかせるような声で身動きの取れないアゼルを挑発する。

 

「まあまあ、今さらそんな遠回りなやりとりはよそうじゃないか。それで、大司教どのは一体どういう理由で僕らをここに呼んだのかな?」

 しかし、この場を制するようにリノンが一歩前に出て大司教マッグワックに直接尋ねた。


「理由ぅ? 理由なんて決まっているだろうがねぇ。私に無礼を働いたキミたちに直接裁きを申し付けるためだよ」

 リノンの問いに当然のことのようにマッグワッグは返答する。


「ほうほう僕には今の発言が、僕らを重罪人に仕立て上げるために呼びつけた、と聞こえた気がしたのだけどね」


「え~、それだとアタシたちは直接関係ない感じじゃん。そこの太ったカエルみたいな大司教なんて初めて会ったし」

 リノンの後ろからエミルの不服そうな声が響く。


「黙るのだねぇ、良く知らない乱暴少女よぉ。君らは君らで私の大切な蒼兵たちを散々殴り飛ばしたそうじゃないかねぇ。それもこの街では立派な重罪、…………というかどの街でも普通そうだと思うのだけどねぇ」

 エミルの一切悪びれない態度にマッグワッグはやや困惑するが、さらにそこへシロナからの訂正が入る。


「それは誤解だ大司教殿。拙者は一人も殴っていない、ただ十数人を斬り捨てただけでござる」


「いやいやぁ、より内容が酷いではないかねぇ! はぁ、もういいのだよぅ。さて君らの罪を軽くするのも重くするのも私の自由、それを分かった上で私に向けるべき態度があるんじゃないのかねぇ?」

 マッグワックはこの言葉が言いたかったのか、実にいやらしい目つきであご周りの脂肪をぶるんと震わせてリノンたちを見渡した。


「罪の軽い重いがこいつの自由って、ここの司法はどうなってんだよ。というか誰だよコイツをこんな地位に押し上げたのは」

 アゼルはマッグワックの振る舞いを見ながらそう吐き捨てる。


「ああ、湖水教の大司教は任命制じゃなくて指名制だからね」


「え、リノン、それってどう違うの?」

 リノンが発した言葉の意味の違いがわからずに思わずイリアが聞き返す。


「一般社会において重要なのは任命さ。公的な手続きのもとに選ばれ、決定する。だけどここは宗教団体だからね、教主の軽いひと言が何よりも重い。まあつまりは以前に教主が軽いノリで『この人が次の大司教ね~』なんて言ったものだから彼が大司教になり、そして誰も意見できないのさ」


「なんだそりゃ、最低だなその教主。目の前にいたらぶん殴ってやるぞ」

 アゼルは呆れ顔でまだ見ぬ湖水教教主とやらの顔を殴る決意をした。


「さっきから私を目の前にしていながらグチグチとうるさいねぇ。だが今の話にあった通り私は偉大なる教主様からこの地位にと指名された者。故に私の言葉は教主様の言葉に等しいのだよぉ」


「他人の威を借りて偉そうに、いい加減に縛りを解けリノン。この場でコイツをぶっ飛ばして二度とそんな思い上がりができないようにしてやるよ」

 アゼルは縛られた縄をギチギチと引っ張るが、普段ならなんということのないそれを引きちぎることもできない。


「だから気が早いってアゼル。さて大司教マッグワック、僕もキミからの沙汰が下る前にいくつか答え合わせしておきたいことがある」

 アゼルの短気をいさめながら、リノンは改めて大司教に顔を向ける。


「何だね、答え合わせぇ?」


「ああ、そうさ。ここ数年の湖水教による浄水処女の強引な勧誘。それは浄水処女たちが急激に数を減らしているからじゃないのかい?」


「う、ぐ、何を根拠にそんなことを言っているのかねぇ」

 リノンの質問にしらを切るようにマッグワックは明後日の方向を向く。

 だがリノンはそれで構わないと言うように話を続けていく。


「まあそれは影で亡くなっているとかそういう話じゃなくて、もっと単純な原因だと思っている。浄水処女は今の規定によれば言葉通り清らかな乙女でないといけない。ん~、この清らかな乙女ってフレーズ、時代が時代なら自意識高い女性たちに責められそうで怖いなぁ。ま、それはそれとして、つまりは一度でも男性経験を得てしまうと彼女らは浄水処女ではいられない」


「…………」

 リノンの止まることのない話を聞いて、マッグワックから脂汗が止まらなくなる。


「え、リノン、それって結局どういうこと?」

 そこへイリアはリノンの発言の意味が分からずについ口を挟んでしまう。


「簡単なことさイリア、つまりはね─────大司教、キミ、しちゃってるでしょ?」

 リノンは笑いながら、罪を突き付けるように大司教に向けてそう言った。


「ひぃっ、な、なんだ、何を根拠にそんな妄想を口にするのだねっ」

 明らかな動揺を見せる大司教だが、リノンはそれすらも無視して、


「え~と確か、このヴァージンレイクにおいては未経験の女の子への暴行は死刑だったっけ?」


「ち、違う!! 私のはちゃんと合意の上で!! …………あ」

 リノンの単純な煽りに、大司教マッグワックは思わず口を滑らせる。

 そしてその周りの幹部たちも思わず残念そうに目を逸らしていた。


「いや、今のは何でもない! ただの関係ない話だ。こ、これ以上証拠もなく大司教である私を侮辱するようなら貴様を死罪にしてしまうぞ」

 マッグワックは全身に冷や汗をかきながらもリノンを指差してそう宣言する。


「ん~、証拠かぁ。そんなもの用意してないんだよねぇ」

 そう言いつつリノンは当然のようにするりと縄を解いて、自由になった手であらゆる事実が載っている分厚い本『深淵解読システムブック』を取り出した。


「え~と、大司教マッグワックくんが手を出した女の子はここ5年間で48人か。まあ多い少ないかは比較がないから判断しにくいけど、1年目が1人、2年目が2人、次が10人、その次が15人、それで今年が現時点で20人か。そりゃ強引にでも数合わせしなきゃ人手が足りなくなるよね」

 リノンは手にした『深淵解読システムブック』をニヤニヤして読み上げながら大司教を見る。

 すると大司教は顔を真っ青にして何も言葉を出せずにいた。


「いやゴメンね。ホント証拠なんかどこにもないんだよ。え~と、そうか一人目の女の子がキミにとっても初体験だったのか。退職金代わりにかなりの額を提示して事に及んだんだね。確かに合意の上みたいだ。でもこんなやり方じゃ湖水教の潤沢な資金だって圧迫しちゃうし、ここ最近は誤魔化すのが大変だったんじゃないかな。あ、だからさらに勧誘が強引になっていったわけか」

 リノンは彼自身が分かりきっているであろうこともわざとらしく声高に読み進める。


「にしても何で彼女たちだったんだか。大司教の立場にいれば相手はいくらでも探せたろうに。あ、そうか、もしかして相手が未経験じゃないとダメだったのかい? いわゆる処女信仰的なコンプレックスってやつかな。うんうん、それはツラい。だってこのヴァージンレイクじゃそういう子たちは浄水処女の仕事を選びがちだからね。目の前に手を出せない娘たちがいるのはさぞツラかったろう。ああいや手を出しちゃったからもうツラくはないのかな? そう言えば今日キミと会った場所も大通りだったわけだけど、あれは見回りなんて名目で実は好みの女の子を物色してただけだったのか……」


「や、やめろぅ! や、やめて、くれぃ」

 リノンのとどまるところを知らない暴露に、しまいには大司教マッグワックは涙を流しながら床に崩れ落ちていた。


「………………前から知ってたことだけど、アイツの能力あの本悪辣あくらつ過ぎねえか?」

 今のやりとりを目の前にして、先ほどまで怒っていたはずのアゼルはドン引きしていた。


「あの本以上にリノンの性格が最悪だからね。いつでも切れるジョーカーがあるのに、わざと追い込まれたフリするし」

 アゼルの言葉に共感するエミル。


「ああすまない大司教どの、今のは僕のただの独り言で証拠でもなんでもないんだ。だからそんなに傷つかないでおくれよ」

 崩れ落ちた大司教にこれまたわざとらしく優しい声をかけるリノン。


「お前は、お前たちは一体何なのだ。いいからもう、消えてくれぃ」

 

「いやいや、大司教どの。僕も目的があったからここに来たのさ。何もしないで帰ることはできないよ」


「?? 神晶樹の森への入場許可が欲しいのだったかねぇ? だったらいくらでも出してやるから頼む。消えてくれぇ」

 掠れるような声ながらもマッグワックは確かにそう口にした。


 だが、

「いや、それはイリアたちの目的であって僕個人の用事じゃない。僕はね、マッグワック。キミにその立場から降りてもらいに来たんだ」

 マッグワックの言葉を、リノンは優しく否定し、マッグワックにとっての残酷な目的を明かした。


「!? 大司教から降りるぅ? いや、いやだそんな。今のこの状況でやめるなんてしたら私は、ど、どうなってしまうのかっ」

 リノンの言葉に恐怖を覚えたマッグワックは、震えながらも慌ててリノンから距離をとって後ずさりする。


「いやだぁ、降りんぞぅ私は。そもそも大司教を指名できるのは教主様だけなのだから。ここにいる誰であっても私を罰することなどできるものかぁ」

 ついには身を守るように身体を抱きしめ、涙目ながらリノンを睨みつける。


「まあその辺りが宗教団体の難しいところだよね。倫理や社会秩序よりも、信仰の対象が優先される。ま、本来は湖水教における信仰の対象はあくまで『湖水』であって、教主を第一にしろだなんてものはなかったはずなのだけどね」

 そう言いながらリノンはスタスタとマッグワックのもとへと歩いていき、


「200年以上も時間が過ぎれば、始まりの言葉も多少歪んで伝わるのは仕方ないかな。さて、、この紋章に見覚えはあるかい?」

 大司教マッグワックの眼前に、リノンは先ほど牢屋で団長に見せた物と同じ首飾りを提示した。

 すると、


「な、なんだ? そんなモノ知っているわけが、わけ、が。あ、ああ、アナタは!? きょ、?」

 マッグワックは困惑した様子ながらも、リノンの顔を見て確かにその単語を口にしたのだった。

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