第247話 投獄
「ここは湖水教の本拠地ヴァージンレイクであるぞ。よりにもよってそのお膝元で新興宗教などを開くとはこの不届きものめ!!」
現れた湖水教の兵士たちの一人が、大きな声を響かせる。
彼らはそれぞれ十数人程度の小隊が三つほどで、リノンを中心とした大衆を取り囲んでいる。
「おやおや、これは穏やかじゃないねえ。まあもちろん僕は気付いていたけど、僕の話に集中していた彼らは分からなかったかもしれないね。いいよ、みんな。ここでキミらがお縄になるのも可愛そうだ」
リノンはまったく慌てた様子もなく、軽く手を振って大衆が逃げるように促す。
すると事態の重さを察知した大衆は蜘蛛の子を散らすように広場から逃げ去ってしまった。
「ふむふむ、逃げ去る彼らを
さも落ち着いた風にリノンは湖水教の兵士たちを
「当然であろう、貴様がこの大衆を先導したのは火を見るよりも明らか。そして貴様とその仲間が大司教様に失礼を働いたことも聞き及んでいる。湖水教蒼兵団長、このリンゼイ・カルダンが貴様を捕縛する」
「え~、別に何を信仰するかは自由じゃないか。彼らも湖水教の教えでは救われないものがあったからここに来たのだろうし」
真剣な表情の団長に対し、リノンは不服そうに文句を口にする。
「ふ、いかに
湖水教蒼兵の団長は、腰の剣を抜いて遠く離れたリノンに向けそう宣言する。
「へえ、随分腐敗したものだとは思ったけど、ちゃんとまともな人材もいるもんだ。ということはやっぱり、あの大司教が一番の膿みなんだろうね」
その団長を見て、リノンは小さく呟いた。
「奴は何やら不思議な術を使うかもしれんそうだ。皆、慎重に取り囲め」
団長の命令を受けて、三つの小隊はリノンを決して取り逃さないようにジリジリと距離を詰めてくる。
「ああ、その辺のやり取りは面倒くさいから
リノンはさっと立ち上がり、あろうことか両手を差し出して捕縛するようにと彼らを促すのだった。
「……何のマネだ」
「いやいや、キミらの要求通りに捕まろうというだけじゃないか。何の抵抗もしないから、安心して僕を連行するといい」
「…………構わん、ヤツを縛れ。ただし警戒は絶対に怠るなよ」
あまりにも無抵抗なリノンの様子に団長は警戒をより強めるが、他にやりようがあるわけでもなく部下に捕縛を命じる。
そして慎重に警戒されながらリノンは取り囲まれて腕を後ろ手に縛られた。
「痛い痛い、こんなに無抵抗なんだから多少緩く縛ってくれてもいいじゃないか」
「その男の言葉は全て聞き流せ。本部へと連行するぞ」
こうしてリノンは前後左右を屈強な兵士たちに囲まれて、湖水教本部に連れられていった。
そして、
「しばらくここで大人しくしていろ。いずれ大司教様からお呼びがかかって処分が下されるだろうから、覚悟していろよ」
リノンは団長直々に湖水教本部の牢へと放り込まれるのであった。
「わざわざ大司教が直接沙汰を下すとは、随分と恨まれたものだね。それにこんな上等な牢屋を用意しているなんて、実にいい趣味をしている」
「黙っていろ!」
「おお、怖い怖い。それで、もう牢屋の中にいるのだしこの縄はほどいてくれてもいいんじゃないかな?」
「黙っていろというのが聞こえなかったか? 貴様みたいな得体の知れないやつを簡単に自由にはさせんぞ」
団長は厳しい目をリノンに向け、一切警戒を緩める気配はない。
「それは残念だ。じゃ、自分で外すよ、ほい」
そう言ってリノンが身じろぎしたかと思うと、後ろ手に縛られていたはずの縄がほどけて彼の両手が自由になる。
「!? 貴様、今なにをした!?」
「はは、ただの手品の類だよ。ところで団長くん、この紋章に覚えはないかな?」
リノンは団長の疑問をはぐらかしながら、彼のローブに隠れていた首飾りを掲げて見せた。
「何だそれは、─────っ!? まさかソレは、ということはアンタは、いやアナタ様は!?」
すると団長は驚愕してたじろぎ、そのまま尻餅をついてしまう。
「ああ、良かった。今のは一応の動作確認みたいなものだから気にしないでくれ。なので後少しだけ忘れていてくれると嬉しいよ。それに、私のツレも来たみたいだ」
リノンがそう言って団長の後方に視線をやると、後ろの階段から兵士に連れられてきた4人の男女の姿があった。
「リンゼイ団長、ご指示のあった者どもを捕えてまいりました。って、何かあったのですか?」
現れた団長の部下らしき兵士は、尻餅をついている彼に驚いている。
「あ、ああいや、とくに問題はない。つい足が滑ってしまっただけだ。……そうか、その者たちが大司教様の言っていた、」
団長はすぐさま立ち上がり、部下の連れてきたという人物たちに目をやる。
黒髪長身の端正な顔立ちの男、銀髪銀眼の美少女、黒金のローブを身に纏った幼い少女、白髪淡眼の人形のような美少年、つまりは、
「やあやあみんな、一人捕まって寂しい僕の為に追いかけてきてくれて嬉しいよ」
捕まったのはイリアたち全員に他ならなかった。
「って、なんでここにお前がいるんだよ大賢者。最悪お前が捕まってないなら外からの助けを求めるって手立てもあったのに」
「まあまあ、それでキミらはどうして捕まったんだい? いくら大司教との因縁ができたとはいえ、無実の罪では彼らは逮捕なんてしないと思うけど」
「それは、ね。このヴァージンレイクにもアスキルドからの手配書が回ってたみたいで、今の私たちの顔立ちって手配書のそれとほとんど変わらないから普通にそれで連れてこられちゃった」
しょぼんと悲しそうにイリアは語る。
「なるほどなるほど、それはエミル嬢たちも同じかな?」
「いや、アタシたちは強引な勧誘をしてる湖水教の連中を普通に殴り飛ばしてたら傷害罪の現行犯で捕まっちゃった」
リノンの質問にエミルは悪びれもなく答える。
「おう、ある意味予想通り過ぎて怖いよキミ。そもそもシロナが側にいたんだから彼女を止めてあげればよかったのに」
そういってリノンは隣のシロナに目をやるが、
「止める? 少女たちに横暴な振る舞いをする男たちをでござるか? あいにくと拙者、そのような相手を前に黙っている刀を持ち合わせていない」
「……というと?」
「普通にエミルに加担して普通に斬った。ああ、ちなみに斬りはしたが斬れてはいないので傷害罪はエミルだけのことでござる」
最後にしれっとシロナは付け足す。
「あ、ずるいシロナ。斬った数ならシロナの方が多かったのに」
「だが拙者は器物損壊はしていないでござる」
まるで子供のような罪のなすりつけあいを始める二人。
「エミルを1人きりにする危険性は知っていたが、まさかシロナと一緒でもヤバかったとはな」
二人のやりとりを見ながらアゼルは唖然としている。
「あはは、シロナも元々は『寄らば斬る』くらいの気質だからね。にしてもなんだい、キミらほどの連中が容易く捕まるなんて」
リノンは笑いながらアゼルたちを見る。
「知らねえよ。なんでか俺たちを捕まえに来たやつらを前にした瞬間、まったく力が入らなくなっちまったんだよ」
そう言ってアゼルは納得のいかない顔をしている。
「あ、アゼルたちもだったんだ。アタシらも突然力が入らなくなって捕まっちゃたんだけど。…………リノンは何か原因知ってる?」
アゼルやエミルたちに起きた不可思議な出来事に対し、エミルは天性の直感で
「おやおや疑り深いねえ。僕はこうして捕まっていた身だよ。大したことなんてできやしないさ」
エミルの詰問にリノンはしらばっくれた態度をとる。
「へ~、それじゃ大したことじゃないことは何かしたんだ?」
「ああそれね、いや僕1人捕まるなんて寂しいだろ? だから『勇者イリア
「…………おい、今すぐこの縄を切れ。この大馬鹿賢者を殴り飛ばす」
「同感、二度とこんな力の使い方したくなくなるように身体に直接教えこまないとね」
リノンの説明を聞いたアゼルとエミルはこめかみに青筋を立たせている。
「おっと二人とも怖いねえ。けど残念、僕がこうして無抵抗で捕まっている以上、強引に拘束を解くことはできないよ」
そういってリノンは先ほど手品のようにほどいた縄をこれまたどうやったのか両手首に器用に結び直していた。
「それに僕はキミたちの感想を聞きたいね。どうだったかな、このヴァージンレイクは?」
「あ? ………………まあ別に悪い街じゃねえよ。見所もたくさんあったし、落ち着いてイリアと回ることができた。だがあの湖水教の連中、とくに大司教はありえなかったがな」
「アタシもアゼルに同感。湖水教の強引な勧誘さえ目につかなければ、気分良く観光できたかも」
「ふむふむ、なるほどね。それはイリアとシロナも同感かな?」
「まあ、そうかな。とにかく私としてはアゼルと二人きりのところを邪魔されたのが一番許せないけど」
そういって彼女はイリアとアゼルを捕まえて連れてきた兵士を勇者とは思えない目付きで一睨みしていた。
「ひぃっ」
「イリアもそのくらいにするでござる。彼らも職務でやっていることなのだから。ただ、やはり拙者も望まぬ女性を連れて行こうとするのは感心できぬ」
「シロナもご立腹とは珍しい。だけどみんなの意見も分かったよ。僕も少し調べたのだけど湖水教の横暴な勧誘はどうやらここ数年のことらしい。まあ元々多少強引なところはあったようだけどね」
「それがどうしたっていうんだ? 結局悪いのは湖水教なんだろ?」
「それは違います!」
それまで何故か静かに話を聞いていた団長がアゼルの言葉を否定する。
「へえ、何が違うんだいリンゼイ団長?」
「そ、それは……」
リノンの追及するかのような視線を受けて、団長は途端に口ごもってしまう。
「まあ言わなくても想像つくさ。浄水処女が増えれば当然ながら浄水の採水量も増える。ここ最近の魔族の侵攻で不安が増した各国への取引に使うには絶好の機会だからね」
「ん? どういうことだ?」
「前に言ったように浄水はあらゆる用途があり重宝される。魔族領域に挑む冒険者や魔族と戦う戦士たちには必須のアイテムだ。事前に飲用したり、傷を負った時に傷口にかけることで魔素の毒性を取り除けるからね」
「ああ、つまりは魔族との戦争が起これば大量消費される。それぞれの国が備蓄していた浄水も減って需要が増えるから、浄水処女を強引にでも増やして供給もそれに合わせようってことか」
「ご名答、まあそういうことなんだろうさ」
「でもそれなら今の湖水教のやり方が悪いとは言えなくなっちゃうんじゃない? 世の中的には浄水が欲しいんでしょ?」
「さて、それはどうかな。いくら需要が増えたとはいえ、街中の女の子をしらみつぶしにしないといけないほどのことはないはずだよ。そして強引な求人の裏には大量の離職者がいるものさ。本来高給取りであるはずの浄水処女はよっぽどのことがないとやめたりなんてしない。それこそ結婚とかね。ただやめざるを得ないパターンもある。そうだろ、団長?」
リノンは団長を見て言った。
「そ、それは……」
だが団長は答えに詰まってしまう。
「おいリノン、さっさと先を言え。お前のせいで拘束されてこっちはイライラしてんだよ」
「ああそれはすまない。まあ一言で言ってしまえば……、おや、先に迎えが来てしまったみたいだ」
リノンが何事か話そうとしたところで、法衣を着た湖水教の幹部らしき人物が現れ、
「失礼、アナタたちが例の方々ですね。大司教様がお待ちです。本部礼拝堂までお越しください」
恭しく頭を下げてそう言った。
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