第242話 浄水処女

「おいお前ら、公衆の面前で何やってんだよ。女を誘うっていうなら、口説き文句から勉強し直してこい」

 アゼルは少女を取り囲む男たちを押しのけ、彼女を庇うように前に立つ。


「ああ? 何だお前は突然。俺たちが何したって言うんだよ!」

 青い騎士服の男の1人が憤慨したようにアゼルに掴みかかろうとする。


「何したかじゃねえよ。この子が脅えてるじゃねえか」

 アゼルは男の伸ばしてきた腕を掴んで捻り、やや強引に地面に叩きつけた。すると男は苦悶の声とともに白目を剥いて気絶してしまう。


「おい、お前! 何てことしやがる。俺たちが誰だか分かってるのか!?」

 今度はリーダー格の男がアゼルの前に出て、鋭い目でアゼルを睨みつける。


「お前たちがどこの誰かなんて知らねえよ。ただお前らが何様だろうと女の子を取り囲んで怖がらせていいわけがないだろうが」

 睨みつけてくる男に対してアゼルはさらに鋭い眼光でリーダーの男を威圧する。


「ちっ、何だよ。本当に余所者なんじゃねえか。いいか、事情も知らねえ余所者が口を出してくるなってんだ。こっちにもこっちの事情ってもんがあるんだよ」

 アゼルの眼光に少しひよったのか、男は一歩後ろにたじろぎながらも自身の正当性を主張してきた。


「ああ、何が事情だよ。おおかた売春の斡旋あっせんでもするところだったか? それこそ手前ら全員ぶっ飛ばすぞ!」

 アゼルは拳を握り、最後通告の意味での威嚇をする。だが、


「あ、あのすみません! 助けていただいて、だけど暴力はやめてください。この人たち湖水教の兵士さんなんです」

 そこにアゼルが背にして庇っていた少女がアゼルに抱き着いて彼を止める。


「あん? 湖水教? それってここを牛耳ってる連中だろ? それが何でこんな売春みたいなマネを……」


「だから売春じゃねえって言ってんだろうが! これも俺たちの仕事なんだよ」


「はあ!? こんな人さらいがか?」

 いよいよ困惑した様子のアゼル。そこに訳知り顔で一人の男がやってくる。


「やあやあキミたち。何やらお困りのようだねぇ。この大賢者リノンが見事格安で仲裁ちゅうさいしてあげようじゃないか。それとそこの少女をカッコよく助け出した青年。後ろの女の子がキミに抱き着いた時にキミの恋人らしき美少女がすんごいオーラを出してたから後でフォローしておくように」

 現れたリノンの言葉に釣られてアゼルがイリアを見ると、彼女は非常に不機嫌そうな顔をしていた。そして今もなおアゼルが助けた少女は彼に抱き着いたままである。


「さて、今チラッと話に出たように彼らは湖水教の抱える私兵たちだね。他国の軍事的介入を許さないヴァージンレイクにおいては最大の武力集団さ」

 さも当然のようにリノンはツラツラを解説を始める。


「何だ、この胡散臭い男は。突然出てきやがって」

 湖水教の兵士がリノンをいぶかしむ態度を取るが、リノンはそんなことは気にせずに話を進める。


「まあまあ気にすることはないよモブ兵士くん。さてさて、キミらはこの少女に暴行を加えようとしていたわけではないようだが、では一体どうしようとしてたんだい?」


「どうって、決まってんだろ。処女であることを確認したら教会本部に連れていくつもりだったんだよ」

 リノンの問いかけにリーダー格の男はさも当然のように答える。


「は? やっぱり悪質な人攫いじゃねえか!」

 そしてその答えに当然のようにアゼルはいきどおる。


「だから違うって言ってるだろうが! 俺たちは別にその子を性的にどうこうしようってわけじゃねえんだよ」

 リーダーの男はついには困った顔でアゼルに説明する。


「いいか、俺たちは上から処女をできるだけ集めてくるように言われてんだよ。あと余所者だから知らないかもしれないが、このヴァージンレイクでは処女への暴行は即死刑だからな。覚えとけよ」


「?? 何だそれは?」

 突然いくつもの情報が出てきて、アゼルは思わず混乱してしまう。


「まあこのモブ兵士くんが言ったように、彼らは別にいかがわしい目的での行為じゃなかったということさ。もちろん強引な勧誘であったことは否めないけどね。さっきは説明しなかったけれどこのヴァージンレイクでは清らかな乙女、まあつまりは未経験の女性が重要視される。この都市の基幹産業を回す上でね」


「はあ? 基幹産業って確か……」


「そう、だよ。キミには浄水がどうやってこの街に運ばれてくるか教えていなかったね。湖水教において神晶樹の森は聖域だ。だから湖までの道を開発して機械的に浄水をくみ取ることはできない」


「それで人力で水を汲んで運んでるってことか? ならそれこそ年若い女じゃなくて、体格の良い男を連れて行った方がいいだろうが」

 リノンの説明にアゼルは当然の疑問を抱く。


「それができるんなら俺たちだってそうしてるよ。だけどそういうわけにもいかねえんだ。なんせ湖には守り神がいるからな」

 ゾッとした顔をしながら男は話す。


「聞いた話だと家を二つ三つ丸呑みにしてしまうほどの巨大な怪物らしい。昔、浄水を密水しようとした奴らが跡形もなく食い殺されたなんて話もあるくらいだ」


「うんうん、モブ兵士くんの言ってくれた通り浄水を採れる湖には神獣がいる。だから本来は水の採取なんてできないのだけど、どうにもこの神獣が物好きなヤツでね。清らかな乙女にだけは一切手を出さないのさ」


「はあ? なんだそりゃ?」


「いやいやわかるよ。まったくスケベな話だよね。でもまあこれが真実なんだからしょうがない。しょうがないから湖水教の連中は街中から未経験の女性を募集して浄水を採りに行かせてるのさ」


「いやアンタ、コイツに比べたら物を知ってるみたいだがそれは人聞きが悪いだろ。浄水を採りに行く女たちは重宝されて手厚く扱われる。それこそ俺たちよりも待遇は良いくらいだぞ」

 リノンの言葉に反発するように男が注釈を入れてくる。


「ああ、すまない僕の言葉足らずだったね。だがまあせっかくだしキミに聞いてみようか。さっき僕は募集と言ったはずだけど、キミたちが今この少女にしていたことはまるで徴集だ。いつから湖水教は本人の意志を無視して女の子たちを集めるようになったのかな? それこそキミらの趣味かい?」

 笑顔の裏に刃を秘めたリノンの鋭い問いかけ。


「い、いや、それは大司教様が……」

 その問いに、倒れた仲間を介抱していた男が思わず言葉を漏らす。


「ば、馬鹿野郎! 下手なこと言うんじゃねえよ。ったく、お前らには関係ないことだよ。ちっ、無駄な時間を喰っちまった。今月のノルマがあるってのによ」

 そう言って面倒くさそうに男はリノンやアゼルに背を向けてその場を立ち去ろうとする。


「お、おい、ちょっと待……」

 それをアゼルが止めようとするよりも早く、


「おやぁ、もしかすると職務を放棄されるのですかなぁ?」

 空気をべとつかせるようなねっとりとした声が、リーダー格の男にかけられていた。


 男はその声の主に驚き、

「だ、大司教様!?」

 その表情を真っ青にする。 


 声をかけたのは豪奢ごうしゃな法衣で身を纏い、これでもかというほどの贅肉を搭載した禿頭とくとうの男だった。

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