第239話 笑い

 黄金の神竜の額からつのが外れたことで、場の空気が一瞬だけ弛緩する。


「おい、お前らもういいんだな、接続を切るぞ。切るからな、切ったぞ!」

 肉体が軋みをあげて限界いっぱいだったアゼルも、角が抜けるのを確認すると同時に神竜の四肢に絡めていた魔素骨子を切り離した。


 そして白銀に輝く角が外れたことで、先ほどまで苦しみのたうち回っていた黄金の神竜が嘘のように静かになる。


「これってどういうことなのリノン? 突然このドラゴン大人しくなったんだけど」


「いや、説明はあとだイリア。ひとまずは足場を変えよう。いつまでもこの頭の上に乗っているとか危険すぎる」

 そう言うや否やリノンは真っ先に神竜の頭上から退避して、ラクスが作った星剣アトラスの足場へと移動する。

 それを見て他のメンバーもならうように飛び移っていく。


「ぜぇ、ぜぇ。あのデカブツを抑え込むとか、今までで一番疲れたぞ。で、結局何が起こったんだよ大賢者」


「まあ待ちたまえ魔王アゼル。解説したい気持ちはやまやまだが、それよりも先に『彼』から話しがありそうだ」


「彼?」

 リノンは黄金の神竜の方を指し、それに釣られて皆もそちらへと視線をやる。


 すると神竜は先ほどまでの暴威が嘘であるかのような仕草で、自身の頭をボリボリと搔き始めた。


『お~、痛かったわい。やっと外れてくれた。ん? もしかすると貴様らがそこのを外してくれたのか?』

 神竜は片手で頭を搔き、もう片手の爪先をリノンが手にする白銀に輝く角に指して問いかけてくる。


「うおぅ、アイツ喋れるのか!?」

 突然言葉を話し始めた神竜に驚くアゼル。


「もちろん喋れるさ。むしろ先ほどまでコミュニケーションが取れなかったことの方が異常だったんだよ」


『ん、何か話しておるのか貴様ら? ふ~ん、困ったのぅ、相変わらず≪ヒト≫の言葉は何を言っているかが分からん。せめて礼くらいは言ってやりたいが、この言葉が伝わってるのかもアヤシイしのぅ』

 黄金の神竜は困り顔でイリアたちを見ている。


「あれ、もしかして私たちの言葉が通じていないんじゃないですか?」


「ああ、それはそうだろう。僕たちが使っている言語は彼からすればあまりに。そもそもの言語体系、意思疎通の手段が僕たちは劣っているのさ。言葉の本質的な目的は、誰にでも齟齬なく自身の意志を伝えるということだ。かつて、原初の世界で使用されていた『古代言語エンシェント・ワード』も、今じゃすっかり劣化して意思疎通のために不要なやり取りが増えてしまったわけだね」


「え~と、つまりはアッチからこっちには言葉は伝わるけど、こっちからアッチには通じないってこと? 何か申し訳ない話ね」


「ラクス嬢の理解でこの場は問題ないよ。ま、正確には彼が用いている『古代言語エンシェント・ワード』は僕たち人間に限らず、全てのもの。鳥や虫、岩や草などにすら通じるということだけどね。ま、残酷な話をすると、彼が今僕らに話しかけているのは、僕らが虫や草に話しかけているのと変わりないくらい風変わりなことだということさ」


『う~、何かお前たちばっかり話をしてるようでつまらんな。せめて一人くらいおらんのか? 言葉をかいせる者が』

 神竜はもどかしそうに身体をムズムズとさせている。


『ああ、いやいやすまない黄金の竜よ。ついこちらの者たちへの説明に時間をとってしまった。貴方を苦しめていたこの角、は我々が取り除かせていただいた。これで貴方の不調も回復しただろうか?』


『おう? 少しは話せるヤツがおったか、よしよし。いやすまんのう、この前ワシが夜間の空中遊泳をしている時にその石が突然ワシの頭に突き刺さっての。それから頭の中が真っ白になるわで正直その後のことはよく覚えておらんのよ。何か迷惑をかけていたのならスマンの』

 話し相手ができて嬉しいのか、黄金の神竜は右手をヒョイと上げて実に軽い調子で謝罪をした。


「おいおい、軽い謝罪だな。というかコイツの頭に刺さっていたのってもしかして」


『ああ、魔王アゼルの予想通り、僕らが探し求めていた無垢結晶さ。本来地上やグジンの塔とかに落ちるはずだった結晶が、とんでもない確率で彼の頭に突き刺さってしまったらしい。体内で超高濃度の魔素を循環させている彼にとってその魔素を浄化する無垢結晶は猛毒だ。それが頭に突き刺さったことで正常な思考が阻害されてしまったんだね。とんだ不幸もあったものだよ。ちなみにここからは円滑に話しができるように僕は古代語を使用するし、キミたちの会話も同時通訳するからそのつもりでいてくれ』


「すごい、リノンがまるで本物の賢者みたいじゃん」

 エミルが感嘆の声をあげる。


「いやいや、一応本物の賢者なんだよエミルくん」


「というか話が通じるのなら聞いてみるが、アンタは俺たちと戦う前に別のドラゴンを食っていたがそれはいいのか?」


「うん? 何か口にしていたのかワシ? ほう、確かに腹の中がそこそこに満ちとるの。まあ腹が減ったら食事をするのは当然のことじゃ。ああ、もしかすると勘違いしとるかもしれんがワシらに同族意識なぞないぞ? あるのは自分とそれ以外じゃ。まあその点で言うとお前たちヒトも食事の対象なんじゃろうが、正直どう見ても喰いでがなさそうじゃしのう」

 神竜はイリアたち全員を少し値踏みするような目で見て、はぁと溜め息をつく。


「貴方のお口に合わないようで何よりだよ。もし貴方がその気になったら正直抵抗のしようがない。ああそうだ、貴方に突き刺さっていたこの無垢結晶はこちらで貰い受けるが構わないかな?」


「そんなものいらんいらん、勝手に持っていけぃ。にしてもこんなにちんまい奴らがよくワシを前にして生き残ったの。ほほ、ヒトとは案外しぶといのだから面白い」

 本当に面白そうに神竜は、ほっほっほ、と笑っている。


「笑いごとじゃねえよ。それに俺は一応魔族の王、魔王だ。人間と一括りにすんなよ」


「む、そうなのか? 確かに多少喰いごたえはありそうだな。…………だが、それでもワシにはお前たちは同じようにしか見えんよ」

 静かに、当たり前のことを諭すように、黄金の神竜はそう告げる。

 

「仕方ないよ魔王アゼル。彼にとってみれば僕たちはそれだけの存在でしかない。僕たちが小さい虫や小動物のそれぞれの区別ができないのと同じようにね。僕たちにとってそれぞれの違いは大切なことではあるけれど、それと同時に大きな視点から見てみれば、それはとても些細なことでしかないんだ」


「………………」


「まあそういうことだとでも思っておけ小さき者どもよ。だが不覚にも今回は世話になったな。本来ありえぬことなのだが礼を言っておこう。サンキューソーマッチ」

 神竜はまた片手をヒョイッと上げて、気軽に礼を示す。


「おい、全然礼を言う態度じゃねえよ。せめて頭を下げろ頭を」


「何を言う、ワシはお前たちと話すときは初めから十分に頭を下げとるわ。あ~、本当小さき者と話す時は首が痛い」

 そう言って今度は首の周りをゴリゴリと揉み始める。


「ちっ、結晶が外れた途端に口が達者になりやがって。もう今回みたいなヘマをするんじゃねえぞ」


「当たり前じゃ、こんな不運二度とあってたまるかい。それじゃあの、ワシはそろそろ夜の世界へと戻る。いい加減ここは魔素が薄くてしんどいわ」

 そう言って黄金の神竜は翼をはためかせて徐々に高度を上げ始め、イリアたちに背を向けて飛び去ろうとする。

 しかしその途中でふと思い立ったように止まって振り返り。


「ああそうじゃ、もしワシと同じような連中に会うことがあったとしても、ワシと話をしたなんて言うなよ」


「?? 何でだよ?」


「そりゃあれじゃ、もしワシと人間が仲良くしてるなんてウワサされたら恥ずかしいじゃろ?」

 言いたい事は言ったのか、黄金の神竜はそう言い残して今度こそ本当に夜の世界へと飛び立っていった。


「ったく何が恥ずかしいだ。でかい図体の割りに言うことが小せえよ!」

 アゼルはその飛び立った空に向けて大声で言い放つ。


 残された彼らは、わずかな静寂の後、


「う、ぷぷっ」


「ふふ」


「くくっ」


「あははっ」


「「「「「アハハハハハハハッ」」」」」


 最後のやり取りを思い出し、その場にいる全員が笑い出す。



 勇者も聖剣も魔王も魔法使いも人形剣士も大賢者も英雄も、立場も種族も違う者たちが、みんな同じように笑っていた。

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