第238話 焦燥

 天に突き立つグジンの塔の上空にて行われる激しい戦闘。

 空に鎮座するのは黄金の巨竜。


 その周りを歴戦の勇士たちが、駆け巡り戦い続ける。


「勝ち目がないなんて、この戦いを始めた時から分かってたことだしね」

 絶望的な状況の中で不敵な笑みを見せながらエミル・ハルカゼは風の魔法で縦横無尽に飛び回り、効かないと分かっている魔法を手を変え品を変えながら繰り出していく。


「私だってまだまだアイテムにストックあるんだから、長期戦もいけるよ!!」


 そんなエミルをさらに超える速度で英雄ラクス・ハーネットは『天馬のソニックブーツ』の力を駆使して高速移動と高速斬撃を繰り返す。


「効かぬというのなら魔法も拙者の斬撃も同じ。だがこれが無価値とも無意味とも思わぬでござる、何故なら……」


「だってが逃げないでこの場にまだ残ってるんだからね」

 シロナの影を縫いながらイリアも神竜の翼を斬りつけていく。

 足場などラクスの残した大剣と神竜の身体くらいしかない状況だが、ここまで培ってきた彼女の身体能力とリノンの『僕たちは落ちない』という縛りが、空中での無茶な動きを可能にしていた。


「そうかなるほど。あの胡散臭い大賢者が一人で逃げ出さずにここにいるってことはまだ可能性の目が潰えていないってことだからな」

 アゼルも黄金の神竜に正面から挑み、パーティーの被害を一身に受け止めている。


「う~ん、みんなから僕への信頼が厚くて思わず涙が出ちゃいそうだよ。何かな、僕ってそんなに自分が危なくなったら一人だけ逃げそうな奴に見える?」


「「「「「もちろん!!」」」」」

 激しい戦場に、リノン以外の全員の言葉が揃った。


「おう、これは少しだけ傷つく。まあでもどうしようもなくなったら逃げるのも多分事実だから怒るわけにもいかないね」

 神竜をやや上空から見下ろし安全圏で状況を把握しながら指示を出しているリノンは、そんな軽口を叩きながらも内心では相当焦っていた。


(まずいねこれは、英雄ラクスが加わったとはいえ状況はまったく好転していない。それはそうだ、神獣クラスをの戦力で打倒できるのならそもそも究人エルドラは滅んでなどいない。僕たちに生存の可能性があるとすればあの神竜が飽きて帰ることだけ。それまで粘り続けることしか取れる選択肢がない。だけど全員が五体満足でいられるのはこの戦力では残り5分ほど。それまでに奴が帰ってくれるか? いやその可能性は低い。さっきから奴は上空にいる僕に一切気を向けていない。つまりは魔素の濃い上層部への帰還を望んでいないということだ。しかしそれこそ何故だ? 何で絶対的に魔素の薄いこの領域へ留まることを神獣が望む。僕たちがグジンの塔を訪れたことに対する制裁か? いや、そもそも奴は英雄ラクスを最初の標的にしている。狙いはラクス? いやそれとも)


 目下もっか繰り広げられる戦いを観測しながら目まぐるしく回転するリノンの思考。残り数分で確実に誰かが脱落するという状況で彼は選択を迫られていた。


(誰かの脱落を許容するか? いや、それではきっと、叶わない。それならどうする? 逃げられない、傷すらつけられない。相手との交渉もできない。その状況で残された選択肢は……。ん? 交渉? そうだ奴は何故? 神獣であるのなら最初のドラゴンと違って確実に僕らと会話をできる知性があるはず。そうでなければ辻褄が合わない。僕らと会話する価値が見いだせないのか? それとも会話ができない? それはありうる、今の奴の振る舞いからは理性的なモノをまったくと言っていいほど感じない。奴が知性に基づいて行動しているなら始まりの数分で僕らは全滅しているはず。ならば何故? よく見ろ、よく考えろ、何か違和感はないか? 未来への活路は必ずある。何故なら僕はその先の未来を観測しているのだから。僕らは何故ここに来た? 何の為に? ────────────────そうか!!)


 リノンの想定した全員が五体満足でいられる時間が残り1分を切ったその時。


「みんなつのだ! ソイツのつのを狙え!!」

 彼の、焦りの混じった声が一帯に響く。


「角? 何だそこが弱点だってのか? まあ何だっていい、どうせ後はないんだからやってやるさ。アルス・ノワール!!」

 アゼルは魔剣シグムントを一瞬で臨界にまで押し上げ、必殺である魔素の奔流を神竜の額の白銀に輝く角へと解き放つ。


 だが、アゼルのアルス・ノワールはその角に触れる直前に、まるでされたかのように消滅してしまう。


「おい大賢者! 話が違うぞ! 全然通じないじゃねえか」

 期待に反する結果にリノンへ文句を飛ばすアゼル。


「いいや、大当たりだよ魔王アゼル。キミはそのままソイツの注意を引きつけてくれ、残りのみんなは直接その角を狙うんだ」


「まったく注文が多いわね。この角を壊せばいいのね」

 音速を越えるスピードで神竜の頭上に迫るラクス。


「違う、そうじゃない。その角をんだ」


「外す? え、コレって外れるの?」

 やや困惑した様子でラクスは角に手をかける。


「まあリノンが言うからには外れるんじゃない?」

 遅れてやってきたエミルも角を両手で握って力を込める。

 するとこれまでどんな攻撃にも大した反応を示さなかった神竜が苦痛の表情で身をよじり始めた。


「わっ、ちょっと動くなっての」


「拙者も加勢するでござる。担い手イリアも連れてきた」

 そこへシロナも見事に神竜の頭部へ着地、その小脇にはイリアも抱えられている。


「ありがとシロナ。この角を引っこ抜けばいいんだね。あれ、この感覚……」


 そしてイリア・シロナも加わった四人で白銀に輝く角を思いっきり引っ張る。

 だが肝心の神竜が苦しそうにのたうちまわることで上手く力が込められずになかなか抜ける気配が見えなかった。


「魔王アゼル、すまないがコイツの動きを抑え込んでくれ」


「はあ!? ふざけんなよ、それができたら最初から苦労してねえよ!」


「大丈夫、『キミならできる』」

 リノンは指の一本を立ててアゼルへそう宣言した。


「ちっ、できなくても文句言うなよ!」

 覚悟を決めたアゼルは、その四肢の先から彼の魔素骨子を伸ばしそれを神竜の巨大な四肢に絡みつけた。


「ぐぅっ! ク、クソッ、こっちの身体が逆に引き裂かれそうだ。頼む、早くしてくれ」

 神竜の四肢と自身の四肢を同期したことで竜の動きが鈍るが、それと同時にアゼルの肉体から、内側より破壊されるかのような悲鳴の音が響いてくる。


「ごめんねアゼル、すぐに抜くから!」


「ていうかリノンも手伝えっての。これ以上サボったら、あとでラクスと二人でアンタをボコボコにするから」


「ひどいなぁエミルくんは。頭脳労働としては僕が一番貢献してるのに」

 とほほ、といった表情をしながら、リノンもまるで瞬間移動のように角の側に現れて彼も角を強く握った。


「それでは皆行くでござる!」


「「「「「せ~の!」」」」」

 掛け声と同時に強く引っ張られた角は、まるで畑から引き抜かれる大根のようにスッポーンと神竜の額から外れたのだった。

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