第237話 絶望へのロンド
イリアが戦いの現場へと駆けつけた時には既に死闘が開始されていた。
とくに前線で黄金の神竜の注意を引きつけているアゼルのダメージが深刻で、数秒ごとに身体の一部が欠損し、それを瞬間的に修復するという荒業が繰り返されていた。
「クソッ、なんで俺がこんな役目を」
悪態とともにアゼルの愚痴が漏れる。
「いいかい魔王アゼル、とにかくこの神竜の攻撃を引き受けるタンク役をキミがやってくれ。キミ以外は残念なことに回復能力に乏しい。英雄ラクスですらあのダメージなんだ、コイツが相手だと1、2発被弾しただけで戦闘継続が難しくなる」
「ああ、クソ分かってるよ。とにかくコイツの正面で派手に振る舞えばいいんだろ!」
アゼルは常に黄金の新竜の正面に位置取って、敵の攻撃をメインで引き受けていた。
「あとアゼル、魔素もいっぱい撒き散らしてね~。アタシもガンガン魔法使うからすぐ魔力切れになっちゃう」
「ええい注文の多い。いい加減このパーティー、魔王を中心に作戦を組むの考え直せよな!!」
「それだけ悪態がつけるなら十分でござる。にしてもこの竜、外皮が硬すぎる。一つ間違えば聖刀の方が折れかねない」
神竜の死角を縫いながら無防備な箇所を全力で斬りつけるシロナだが一向にダメージを与えらえず、それどころか敵に攻撃と認識されたかすら怪しいほどだった。
「シロナはそのままの動きを続けて色んな場所への攻撃を試してくれ。とにかくどこに生還のヒントがあるか分からないんだ。なんでもいいからコイツの反応を探り続けるしかない」
リノンは適宜全体への指示を出していく。神竜の攻撃の薄い安全圏から。
「ちょっと待て、よく考えたら『不死』のお前がこのタンク役やるのが適任だろうが!!」
そんなリノンにアゼルからの怒号が飛ぶ。
「………………(無視)、おおイリア来てくれたかい。イリアも被弾するのはマズイから魔王アゼルの影に隠れたりシロナと同様に相手の身体に上手く張り付きながら攻め立ててくれ」
「おい、人の話をって……クゥッ」
アゼルが文句を言う最中にも神竜の指向性のある咆哮が飛び、それを正面から受けたアゼルの肉体の3割が吹き飛んでいく。
「ちょっとアゼル! 大丈夫!?」
そんなアゼルの様子を見て星剣の足場を伝ってきたイリアから心配の声がかかる。
「……まあこのくらいどうってことねえよ。秒で回復する。だがイリアたちが喰らうのがヤバイのも確かだ。イリアの絶対防御も役に立つか分からないし、結晶化も心配だ。とにかく安全な立ち回りをしてくれ」
「おいおい魔王アゼル、キミも大概イリアに甘すぎだろ。まあその方針に僕も反対ではないけどね」
「みんなもっと戦いに集中しなっての。デカい魔法やるから巻き込まれないでよね。天に座す錬鉄者、空を砕き、大地を打ち、星の命を神鉄と成せ。『
詠唱の終了とともにエミルから噴き出す風が、熱が、神竜の頭上で巨大な剣と化す。
周囲の大気と熱量さえも奪いながら収束するその剣が、音すら超える速度で黄金の神竜の胴体へと突き立てられる。
「やったか、なんてみんな言わないでくれよ。どうせやれてないんだから、すぐに反撃に備えて回避の準備を。エミルくんはまた魔素を吸収して魔力をすぐ生成してくれ」
「もう人遣いが荒い。まあリノンがそれだけマジになるほどヤバイってことだからね。────ちぇっ、やっぱりダメージないや」
エミルは『鍛冶神の戯剣』が突き立った箇所を見て少し落胆する。
いまだ剣のカタチは保ってはいるが、黄金の鱗を前にまったくもって傷を与えられていない。
魔法としては会心の出来だったものが、見事に通用しないとなると流石の彼女でも精神的にくるものがあった。
「でもありがとエミルちゃん、それにみんな。おかげで十分に回復できたよ」
そこへ文字通り空を駆け抜ける一つの影が。
それは、先ほどまでの重傷などなかったかのように回復した英雄ラクス・ハーネットだった。
「うお、本当に完全回復してやがる、あのエリクサーとかいう霊薬の力か。というかそもそもお前なんだそれ、空を走ってるじゃねえか」
「アハハ、コレ? 空も自由に駆け回ることができる『天馬のソニックブーツ』、スゴイでしょ。音も超える速さで移動できるんだよ~」
その返事の合間にもラクスの姿は消えて、黄金の神竜への攻撃を超連続で繰り出していく。
そして彼女の攻撃は僅かづつではあるが神竜へのダメージを与えていた。
「ウソッ、大魔法でも傷つかないのに」
ショックを受けるエミル。
「へへ~ん、これ必殺の
再び姿を見せたラクスは自慢げに刀身にドラゴンの紋様が描かれた大剣を掲げてみせる。
「相変わらずのインチキアイテムのオンパレードだなアイツ。つ~かお前はそもそもあっちの天穹山に行ってたんだろうが。何でここにいるんだよ?」
「いやいや実際に行ってたんだよ。このブーツでバビューンって。そしたら突然このドラゴンが襲ってきてさ。いやホント強いのなんの、本当に死にかけちゃってね。エリクサーを飲む暇もなくてどうにか命からがらここまで逃げてきたってわけ」
自身が死に際をさまよった話をラクスは快活に話す。
「まったく、なんて迷惑な話だろね。……だけどある意味では正解だ。もし彼女が地上に逃げていたら
そんな彼女に上空の安全圏からリノンがコメントを出す。
「む、そのくらいの気遣いはできますー。というか賢者さんも働いてよね~ とりあえず傷はつけられたんだから、ここからが反撃の狼煙ってやつじゃないの?」
「反撃? 何を言ってるんだいキミは、まだまだ絶望の序章だよ。見てごらんさっきキミが傷をつけたところを」
「げっ、もう傷が回復してる!?」
「魔王アゼルだって超スピードで回復するんだ。この神竜がその能力を持っていない方がおかしいだろ。ちなみに僕の
「それじゃあリノン本当にどうするの? これじゃあ私たちどうしようもないよ?」
「実際にそうなんだよ。ラクス嬢が『神竜殺し』とか持っていれば話は別なんだが」
若干の期待を込めた目でリノンはラクスへと視線を送る。
「いや、そんなのあったら最初から使ってるから。ちなみに『魔神殺し』も使ってみたけど効果はありませんでした」
かつて魔王アゼルすら死の恐怖に追いやった剣も意味を持たなかったとラクスは言う。
「……マジかよ。それじゃあ本当にどれだけ時間を稼いでも」
「アタシたちに、勝ち目はないってことだね」
浮き彫りになる絶望的な事実。
エミルの的確な感想が、辺りに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます