第235話 英雄墜落

 イリアたちとドラゴンとの戦いが始まって10分が経過し、それでも決着はいまだ着いていなかった。


「くっそ、かってぇなコイツのうろこ、ほとんど刃が通らねぇじゃねえか」

 アゼルはあまりに頑強な竜の外皮に舌打ちをする。


「アミスアテナならなんとか傷つけられるけど、正直浅いや。本当にどうなってるの?」


「だから甘く見ない方がいいって言ったろイリア。その辺の雑魚じゃないんだ、根気強く体力を削っていこう」

 リノンも攻守を目まぐるしく切り替えながら、ドラゴンを翻弄するが決定打には程遠い。


「この図体が相手だと吹き飛ばすのも難しいでござるな。拙者がほとんど役立たずで申し訳ない」

 シロナはそう言いながらもドラゴンの吐く火炎を掻き消したり、着地のタイミングで足場を崩したりときっちりとサポートをこなしていく。


「天よりも高く、地よりも深いところから相克そうこくする轟雷よ。束ね集いて、ただ我が眼前の敵を打ち滅ぼせ。さすればわれが汝に名を付けよう『紫電崩竜ジュピター・ロウ』」

 そしてイリアたちが作り出したドラゴンの隙に後方へ引いていたエミルが極大の大魔法を打ち込んだ。


 空に飛びあがったドラゴンの上空と足元に現れた紫の雷が檻のようにドラゴンを閉じ込め、そこに普通の人間であれば一瞬で蒸発してしまうほどの大電流が高速で循環し続ける。


 約10秒に渡る電撃の放出の後、紫電の檻は消失して焼け焦げたドラゴン『アカクロ』はイリアたちのいるフロアへと墜落、……しなかった。


 墜落する直前に意識を取り戻したドラゴンは再び翼をはためかせて舞い上がり、今度はグジンの塔の周りを旋回し始める。


「ひゃ~、あの魔法でも沈まないとかタフだなぁ。で、今度は私たちにも空中戦を要求してるわけ?」

 エミルは相手の頑丈さに素直に感嘆していた。


「ちっ、アイツ警戒して足場のある方には近づいてこなくなったな。といってもこの距離じゃアイツの炎もこっちには届かな……」

 アゼルがそう口にした瞬間、黒色のレーザーがアゼルの頬を掠める。


「ほう、今のは魔素粒子砲だね。速度も収束率も一級品だ。流石に射程外からアレを連発されるのは願い下げしたいね」

 アゼルが受けた攻撃をリノンは冷静に分析する。

 その黒色のレーザー、魔素粒子砲を放ったドラゴンはニヤリとした瞳をアゼルへと向けていた。


「アッタマきた! こっちが空中戦できないと高を括ってやがるな。思いあがるなよ、その程度のこと魔王ができないわけねえだろ」

 そう言って激昂したアゼルはグジンの塔の外へと駆け出していく。


「あ、アゼル待ってよ、私は本当に空中戦できないんだから」

 イリアの制止も聞かずにアゼルは止まらない。

 だが、そこへ


「─────ああ、そういうことか。しまったな、こんなことなら名前なんて付けてやるんじゃなかった」

 リノンの微かな独り言が何故か響いた。


「ん? 何だ大賢者、今のはどういう……」

 とアゼルが振り返ろうとしたその時、


「ちょっと~、そこどいて~」

 どこか遠くから女性の声が聞こえてくる。


「!?」

 アゼルが再びドラゴンのいる側へ注意を向けると、ドラゴンのさらに向こうから米粒状の黒い影がどんどんと大きくなり、ついにはアゼルへと超速の勢いで衝突した。


「ぐはぁ!!」

 謎の物体に激突され、グジンの塔の内壁の一部に向けて吹き飛ばされるアゼル。


「ちょ、アゼル大丈夫!? って、あなたはラクスさん!?」

 アゼルを心配して駆け寄ってきたイリアが見た謎の衝突物の正体は、英雄ラクス・ハーネットその人だった。


「え、ラクスさん何でここに? いや、それよりもヒドイ怪我じゃないですか!!」

 イリアの言葉通り、ラクスは全身を負傷していた。いや、負傷という言葉すら生温い。

 全身は重度の火傷、手足の肉の大部分は抉られ、常人ならば既に死んでいなければおかしいほどの重傷だった。


「いや、はっは、下手、打っちゃった。ゴメン、ちょっとだけの相手をしてくれないかしら?」

 そんな重傷にも関わらず、ラクスは口元に軽い笑いを浮かべて、ある方向を指差した。


、だと。何のことだ?」

 ラクスの指差す方へ視線を向けるアゼルたち、するとそこには、


「────────────!!!!!」

 苦悶の声をあげてドラゴン『アカクロ』の姿があった。


 そう、喰われていた。


 空を飛ぶ鳥が小さな虫を捕食するように。


 一息で、一口で。


 先ほどまでイリアたちと戦っていた大きな竜は、さらに巨大なる黄金の巨竜によってボリボリと咀嚼そしゃくされていたのだった。

 

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