第234話 ドラゴン急襲

 イリアたちがエレベーターに乗ってから約1時間、彼らはついにグジンの塔の頂上に到達した。


「うおっ、何だここは、結構ボロボロじゃねえか」

 エレベーターの外に出てきたアゼルは開口一番思わずそんな感想を漏らす。

 彼の言葉通りに頂上の階層の一部は壊れており、下の階層を覗くことができてしまう。

 さらには天井と呼べるものもほとんどなく、吹きさらしと言ってもいいくらいだった。


「ボロボロに崩れているのは仕方がない。何せここはかつて究人エルドラが天空の神獣の怒りを買った場所だからね。むしろこれだけの原型を留めていることの方が異常なのさ。あとここは風も強い、間違っても飛ばされて落ちないようにね」


 リノンは塔の淵を指差して全員へ警告する。


「うむ、確かにここから落下すれば死は免れないでござるな」

 シロナは躊躇ためらうことなくその淵から地上を覗き見た。

 しかし一面の白い雲に遮られて、地上の様子はそこからではまったくわからない。


「よく迷いなくそんなところまで行けるわねシロナ。ねえイリア、お願いだからこんなところから私を落とさないでよ」


「大丈夫だよアミスアテナ。私、アミスアテナのこと信じてるから」


「!? いやイリア、私が言ってるのはそういうことじゃないから。聖剣だから落ちても大丈夫だよねみたいな目で見ないで~」


「まったくギャアギャアとうるさい。別に高所からの落下なんぞ大して怖くも…………、おお」

 アゼルもシロナに続いて下を覗くが、どこまでも真っ白な視界に逆に底なしの闇を覗き込むかのような恐怖感を覚える。


「まあアタシも風を操る魔法はあるけど、この高さじゃ魔力がもたないんだろうな~」


「そういうこと。僕も仲間がミンチになる光景なんて見たくはないから、本当に気をつけてくれよ。さ、こんなところに長居する必要もないんだ。早々に無垢結晶を見つけて帰ろうじゃないか」

 そう言ってリノンは周囲を見渡して結晶を探し始める。


「お前にしては随分と真面目だな」


「いつもこの調子ならアタシもイライラしなくていいんだけどねぇ。にしてもリノン、その無垢結晶ってのなんか見当たんないよ~」

 エミルはこの高所の中を駆け回りながら探索を続けるがとくに目新しいモノは見つからないようだった。


「もしかしてラクスさんがそれと知らずに持ち帰ってしまったんでしょうか?」


「それならリノンとの会話のやり取りで気付いたはずでござる。それにリノンも目の前に持ち主がいるのに見過ごすほどの間抜けではあるまい」


「ご信頼ありがとシロナ。ん~、それにしても見つからないなぁ。状況的にここにないとおかしいんだけどなぁ。まさか今から降ってくるわけでもあるまいし」

 そんなことを言いながら冗談交じりにリノンは空を見上げる。無垢結晶の塊たる月は天空にまだ昇っておらず、煌々と太陽が輝くのみである。


「それにしてもお前が言っていた敵なんて出て来ないぞ。強い魔物どころか、弱いヤツすらいないじゃねえか」


「もしかしたらあの英雄が一掃しちゃったのかもね」


「う~ん、アミスアテナの意見も一理あるけど、もしかすると逃げ出したのかもしれないよ」


「逃げ出した? 俺たちの存在に気付いてか?」


「あはは自意識過剰だな魔王アゼルは。そんなの、より強大な存在の気配を察知してに決まってるじゃないか。例えばほら、たった今降りてきたあのとかね」

 そう言ってリノンは空を指差す。


「!?」

 アゼルも空を見上げると、そこにはグジンの塔めがけて急降下してくる赤黒い竜がいた。


「げ、回避しろみんな!!」

 アゼルの号令とともに皆散り散りに逃げ、赤黒い竜は塔の中心に向けて激しく衝突する。


「おいおい突然なんだアレは?」


「何ってもちろんドラゴンじゃないか。そうだね、相手のレベルとしては前にキミが戦った毒竜ヴェノム・ハデッサと同じくらいじゃないかな?」


 そうリノンが評すると同時に、赤黒い竜は衝突した場所から長い首をもたげて起き上がり、天を見上げて激しく咆哮した。


「ひぇ~、強そうじゃんアイツ。ワクワクしてきた!」

 全身に響く竜の咆哮を受けながら、最強の魔法使いエミル・ハルカゼは歓喜の表情を浮かべている。


「エミルくんには悪いけどここはみんなでかかろう。一匹を相手してる間に二匹三匹と増えたらことだからね」


「承知」

 短く応えてシロナも腰の二振りの聖刀を抜く。


「ああだけどイリアは技とかは使わずに通常攻撃だけに留めてくれよ。こんなことで結晶化を進ませたくはないからね」


「う~、わかったよリノン」

 渋々と返事をしてイリアも聖剣アミスアテナを抜いて構えた。


「安心しろイリア、お前が活躍しないといけない状況になんかさせねえからよ」

 そう言ってアゼルも右手に魔剣を顕現させて一歩前に出る。


「みんなやる気で結構。それじゃ、さっさとあのドラゴンを倒してしまうとしよう。ああでも呼称がないと不便だね、赤黒いドラゴンだから……うん決めた、あれの名前は敵性個体『アカクロ』だ」


「「「「「「決め方が雑!!」」」」」」


 こうしてイリアたち勇者一行と、突如現れたドラゴン『アカクロ』との戦いが始まった。

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