第233話 エレベーター

「はい、というわけで早速グジンの塔に登ろうじゃないか」

 英雄ラクスに依頼を済ませ、いよいよグジンの塔に到達したイリアたちはリノンの号令でその塔の中へと入っていった。


「ほお、別に鍵も何もかかってないんだな」

 アゼルの言葉通り、グジンの塔へ入るにあたって特別な手段を必要とされることはなかった。


「そうだね、せいぜいが扉を開ける筋力を必要とするくらいさ。一端いっぱしの冒険者なら誰でも簡単に入り込める場所だよここは」


「あ~、そう言えばアタシも昔ここに入ったことあったなぁ。でもとくに面白いモノなかったよ? というか、出会う魔物よりも単純にこの塔の階段をイチイチ探して登ることの方がしんどかった」

 当時の記憶を思い出しながらエミルは辟易へきえきとした顔になる。


「その時はどこまで登ったんですかエミルさん?」


「ん~と40階くらい? 流石にしんどくなって飛び降りて帰ったよ」


「ワイルドでござるな。まあエミルなら可能であろうが」


「へぇ、ちなみに40階ってどの程度の高さなんだ?」


「どうだろ、それなりに登ったけどね。3日くらいはかかったし」


「んん、残念な話だけど40階くらいならまだ序盤も序盤だよ。この塔の4分の1にも到達していない。というか英雄ラクスが挑む天穹山に半年くらいかかるって話をしたけれど、このグジンの塔だってまともに登れば頂上に辿り着くだけで半年はかかる建物だよ」


「おいおい何だよそれは、俺たちはここに半年も時間を費やせるほど暇じゃないぞ」

 アゼルは話が違うといった様相でリノンに詰め寄る。


「あ、でも待ってアゼル。ラクスさんの話だとそんなに時間かけた感じじゃなかったよ」


「確かにね、あの口ぶりだと随分と気軽に登ってたみたいだけど。まああの英雄の気軽が私たちにとっても同じかはわからないけどね」

 

「イリアとアミスアテナの考えは正しいよ。彼女はおそらく正規の手段で登っていない。というか本当の正規の手段でいったのさ」


「何だよ正規の手段って。謎かけか?」


「いやなに簡単な話さ。このグジンの塔はかつて究人エルドラが自分たちの権勢を示すために造り上げた記念碑さ。だから当然彼らにしか使用できない移動手段が備え付けられている」

 そう言ってリノンはイリアたちを塔の1階の中央、謎の巨大な円柱の扉の前にまで連れていく。


「気にはなっていたがこれは何だ? 上の階層にまで繋がっているみたいだが」


「これ、アタシも前に来たときに開けようとしたけど全然びくりともしなかったよ。それに多分全部の階の同じところにこれと同じ部屋があるはず。アタシが見た限りではだけど」


「エミルくんの予想であってるよ。この部屋は全ての階に存在する。というかここから塔の頂上にかけて一本の空間で繋がっているのさ、簡単に各階層を移動できるようにね。いわゆる『エレベーター』という奴だね」


「エレベーター?」

 リノンから出た謎の言葉をいぶかしむアゼル。


「ああ、分かりづらかったかな。『自動昇降機』と言えば少しは伝わるかな。この扉の奥に部屋があって、その部屋ごとこの塔の内部を移動するのさ」


「え、そんなことできるの?」

 リノンの説明にイリアは驚きの表情を彼に向ける。


「できる、というかかつての技術ではできたのさ。今では再現不可能な建築がね。ま、そういうわけで究人エルドラである僕がいるからね、簡単に頂上まで移動することが可能というわけだ」

 そう言ってリノンは扉の前に手をかざす。すると扉の枠が青白く光り、どこからか音声が流れだした。


究人エルドラ個体を認識、開錠致します』


「わぁ! びっくりした。今のこの扉から声がしたの? 一体どこから声が出たのかと思ったじゃない」

 と驚きの声をあげるイリアの聖剣アミスアテナ。


「…………この扉もお前にだけは言われたくないと思っただろうよ。でもまあ確かに驚きの技術だな」


「ふむ、どこかに人の気配があるわけでもなし。間違いなく扉からの声で間違いなさそうでござる」


「まあまあ、正直こんなことでイチイチ驚いていたら話が先に進まないよ。さあ乗った乗った」

 リノンが扉に躊躇ためらうことなく触れるとそのまま扉が両開きに開き、中には家一つがまるまる入るくらいの空間がひらけていた。


「思ってたよりずっと広いんだねこの中」

 イリアは恐る恐るといった感じで部屋、エレベーターの中を覗き見る。


「まあこのくらいのスペースがないと上層階との物資の運搬で困るんだろうさ。ほらみんなも乗ってくれよ」

 先陣を切るようにリノンが中に入り、他のメンバーもやや警戒しながら彼に続いていく。


 そして全員が乗り込んだタイミングでゆっくりと扉が閉まっていった。


「!? 閉じ込められたぞ。どういうことだリノン! 俺たちを騙したのか!?」

 罠にかけられたと判断したアゼルは迷うことなく魔剣を顕現させてリノンへと詰め寄る。

 

「ちょ、おいおい普通ここで襲ってくるかい!? 勘違いだよ勘違い、扉が勝手に閉まるのはただの仕様だから。こんなタイミングで話の腰を折らないでくれよ」

 魔剣を首元に付きつけられ、リノンにしては珍しく焦りながら弁明をする。


「む、そうなのか。てっきりお前のことだからまた何かしらよからぬことに俺たちを巻き込んだのかと思ってしまった、すまんな」


「いいんだよアゼル謝らなくたって。普段から平気で胡散臭いことに巻き込んでくるリノンが悪いんだから」

 イリアはアゼルの手をとって慈愛の瞳で彼を見つめる。


「ちょっとちょっとイリアそれはないんじゃないかい? 今のはどう見たって100%僕は悪くないだろ?」

 そんなイリアの態度にリノンは不満そうな顔になった。


「アハハ、普段の行いってやつだよリノン。いつも嘘をついてた狼少年も最後は食べられたっていうし、リノンも少しは改めたら?」

 そしてエミルは彼らのそのやり取りを見て面白そうにお腹を抱えて笑っていた。


「はぁ、なんてかわいそうな僕なんだ。まあいいや、音声認識、聞こえているかい? 僕らを最上階まで連れて行ってくれ」

 少し落胆した様子のリノンだったがすぐに気を取り直したのか、部屋の天井を見上げながら虚空へ向けて指示を出す。


『認識しました。ご乗員の皆さま、くれぐれもお暴れすることのないようにお願いいたします。それでは上へ向かいます』

 どこからともなく声が聞こえてきたかと思うと、謎の浮遊感がイリアたちを襲う。


「!? 何だこれは、もしかすると部屋ごと浮いているのか?」


「ご明察。簡単に言えば今僕たちは巨大なダクトの中をこの部屋ごと上昇している。間違ってもどんな技術でそうなってるかなんて聞かないでくれよ。僕にだってわからないんだから。ただこれはそういう機構だってことを理解してくれればいい」


「随分と不思議な話でござるな」


「はは、不思議と言うのならキミもそうなのだけどねシロナ。もしかつての究人エルドラの研究者たちがキミの存在を知れば卒倒するのだろうから」


「……そんなものでござるか? してリノン、その頂上とやらまではどの程度時間がかかる?」


「そうだね、ざっと1時間ってところかな」


「そんなにかかるのか?」


「何を言ってるんだい。半年はかかる道のりを1時間なんだ、破格も良いところだろ?」


「いやまあ、言われてみればそうか」


「それにある程度の準備、覚悟はしておいた方がいい。この塔は頂上に行けばいくほど強い魔物が跋扈ばっこしている。ラクス嬢からすればただの雑魚も僕たちにとっては難敵かもしれないのだからね」



 イリアたちの乗った巨大な箱はグジンの塔の内部を高速で上昇していく。

 その先に何が待っているのか、300年を生きた大賢者でさえ、何も知らない。

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