第231話 ラクス・ハーネット
巨大にして壮大、ハルモニアの大地に住む人々にとってのランドマークタワーでもあるグジンの塔に向けてイリアたちが馬車で向かう最中、一人の人物と遭遇する。
「あれ~、もしかしてその馬車に乗ってるのアゼル君たちじゃない~?」
イリアたちが乗る馬車に向けて屈託のない笑顔で手を振る妙齢の美しい女性、紅金の鎧に身を包んで赤い長髪をポニーテールにして結んだ彼女こそは『飛竜落とし』英雄ラクス・ハーネットその人だった。
「げっ、ラクスじゃねえか。おいリノン無視して進め!」
そう言ってアゼルは御者であるリノンの背中を足で小突く。
「え~、せっかくの美人さんなのに無視するなんてヒドイなぁ」
と言いながらもリノンは意外と素直にアゼルの指示に従ってコースを変え、ラクスから距離をとろうとする。
そこへ、
「おーい、って聞こえないのか、なぁ!!」
ラクスは星剣アトラスを『ふくろ』から取り出し、巨大化させたその大剣を何の躊躇いもなく馬車に向けて振り下ろした。
大質量が叩きつけられて激しく巻き上がる土埃。
その埃が晴れると馬車の馬の鼻先に、ラクスの大剣がまるで壁のように通せんぼをしていた。
「…………………」
あまりの力業に絶句するアゼルたち。
「あ、止まってくれた」
「止まってくれたじゃねえよ。強引にもほどがあるわ! 馬が傷ついたらどうする!? せめてコイツの頭を狙え」
アゼルはリノンの頭をポンポンと叩きながらラクスに吼える。
「こらこら、ヒドイ言い草だなぁ」
「え~、さすがに私もそんな乱暴はできないよ。ねえねえ、少しくらいお話しようよ」
ラクスは大剣を振り回したとは思えない気さくさでそんな提案をしてきた。
「ねー、さっきからどしたの? って、ラクスじゃん」
馬車が緊急停止した異常事態に中からエミル、そしてそれに続きシロナ、イリアが出てくる。
「わ、ラクスさんですか? ひ、久しぶりですね」
イリアはラクスとの前回の戦いを思い出し、やや顔をひきつらせながらも彼女にきちんと挨拶をする。
「お、イリアちゃんも久しぶり~、元気してた? それにその感じだと人形くんも直ったんだ。良かった良かった」
ラクスはイリアとは対照的に遺恨など何もないかのように普通に挨拶を返していた。
「この前は見事にしてやられたでござるラクス殿。次は不覚をとらぬゆえ、また刃を交じ合わせてもらえたら光栄」
「え~、やだよ。またキミに鎧を壊されたら困るもん。コレの修理、結構お金かかったんだからねー」
ラクスは着用している紅金の鎧を見ながらそんなことを言う。
「ふざけるな、こっちこそお前がシロナを壊したせいでこんなポンコツ賢者と知り合いにならないといけなくなったんだからな」
アゼルはリノンの頭をポンポンと叩きながらラクスに文句を投げつける。
「コラコラ、ひどいぞぉ」
「あははゴメンゴメン。だけど探してた賢者さんって見つかったんだ。その人~?」
ラクスはどれどれといった様子でリノンの顔を覗きこむ。
リノンはそんな彼女に対してアハハ~、と笑顔で手を振り返す。
「………………あ、そっか。期待してたけど期待外れだ。いや、確かに顔は良いけど、この賢者、人間性がダメダメだ」
直前までの期待に満ちた顔が嘘のように、ラクスはリノンに呆れと蔑みの混ざった表情を向ける。
「なんと、ただ顔を見ただけでリノンのどうしようもないひととなりを見抜いたでござるか?」
そんなラクスの変化にシロナは驚天動地といったリアクションをとる。
「こらこらシロナ、さすがの僕もシロナにそんな風に思われてたと知ったら傷つくんだけどなぁ」
「人間性云々に関しては
アゼルはさらにリノンの頭をポンポンと叩きながらラクスを称賛した。
「おいおい魔王アゼル、僕もそろそろ怒るぞ~」
「……ウソばっかり。貴方は怒るなんてことしないでしょ賢者さん? 貴方からは何も感じない。そこの魔王の方がよっぽど人間らしい。自分の人生の楽しみ方を忘れて、他人の人生でしか笑えなくなったモノが賢者なんてホントお笑い草よね」
ラクスは彼女の本来の性格からは考えられないほど冷たい声音で大賢者たるリノンをそう評した。
「────────」
そして当のリノンは、まるで時が止まったかのように笑顔の形のままで表情が固まる。
一瞬の
「あ~、言っちゃった。みんなそう思っても黙ってたのに」
エミルはリノンのその様子を見て、小さく呟いた。
「ヒドイですよラクスさん。私たちはリノンが薄っぺらい人間だってことは承知の上なんです。なのにわざわざそんなどうしようもない社会のゴミだってことを指摘しなくたっていいじゃないですか!」
そこへイリアが、自分の家の子供を守る母親のように前へ出る。
「いやイリアちゃんが言っていることの方がよっぽどヒドイと思うんだけど。でもまあゴメンね、突然仲間を
ラクスはこれ以上リノンについて言及する気はないと、素直に頭を下げる、…………イリアに向けて。
「まあ、それなら。許します」
「いやいや、それで許しちゃうのかいイリア? もう僕の扱いが本当ヒドイなぁ」
沈黙から再起動したのか、簡単な謝罪を受け入れるイリアにリノンが突っ込む。
「まったくなぁ、これでも僕は世の中に色々と貢献しているつもりなのだけどね。ただ個人的にはさっきまでの一連のやりとりは心に結構グサッときたから僕の記憶からは消してしまうことにするよ。───さて英雄ラクス、僕も僕でキミに会ったら聞きたいことがあったんだ」
「……何でしょうか、賢者さん?」
「キミ、『ダンジョン』に潜ったんだろ? なのに僕と同じ力を持っている様子はない。キミは触れなかったのかい? あの『叡智』に」
リノンは、彼にしては珍しく非常に真剣な表情でその質問をラクスに投げかける。
「『叡智』? ああ、あのどう考えたって胡散臭い部屋のこと? それならスルーしたわよ。だってこの世界の全てを知るとか、世界を変える力とか、そんなの手にしたら人生つまらなくなるじゃない」
リノンの質問にラクスはさも当然とその答えを返した。
「…………ハハ、こりゃまいったな。そう言われるとかつての僕の選択がまるで愚かだったように聞こえて困る。だけどまあ理解はできたよ。────そうか、そういう選択ができる人間もいるんだね」
リノンはいつもの軽薄な雰囲気に戻ったが、最後に口にした小さな独白だけはどこか寂しそうでもあった。
「それで、英雄ラクス嬢はどうしてこんなところに? キミが来た方角にはあの塔くらいしかないと思うのだけど」
天高くそびえるグジンの塔を指してリノンはラクスに聞く。
「そうね、そのグジンの塔に探索に行ってたの。『ダンジョン』帰りの身としてはこっちで出会う魔物は歯ごたえが無さすぎてね。戦いの勘が鈍りそうだったから強い相手探しに塔のてっぺんまで。だけどちょっと期待外れだったなぁ、飛竜くらいの相手はいて欲しかったんたけど」
「そうかいそうかい、まあ普通の冒険者なら裸足で逃げ出すモンスターがぞろぞろいたはずなんだけどね。キミにとってはやはり雑魚でしかないのだろう。ちなみになんだけど、頂上付近で白く輝く結晶体は見かけなかったかな?」
「結晶? 見なかったけど探し物?」
「そんなところさ、まあ見ていないならそれはそれでOKだ。なにせ譲ってもらうにしても対価を払うのが難しい代物だからね。だけど、入手する確率は少しでも上げておきたいところでもある。なあ英雄ラクス、成功報酬でクエストを依頼したいのだがどうだろう?」
「クエスト? 面白そうなら受けるけど、内容は?」
「そうだね、キミは天穹山を、知っているかな?」
リノンは実に胡散臭い笑みを浮かべてそう言った。
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