第222話 決闘
アルトがユリウスとカタリナの二人を抱きしめていたところに、右腕を失った隻腕の若い男ルシュグル・グーテンターク、そして豊満な身体つきをした妙齢の女カッサンドーラ・アンブレラが現れる。
「ルシュグル、何をしにここへ来たのじゃ?」
ルシュグルたちの到来に気付いたアルトは、素早く目元の涙を拭って立ち上がり彼らと対峙した。
「いえいえ、アルト様が突然ギルトアーヴァロンから抜け出されたもので、忠臣たる私は慌てて貴女様を探しにきたのですよ」
ルシュグルはいけしゃあしゃあといった様子で自身の忠誠をアルトに示そうとする。
「たわけたことをぬかすでないルシュグルよ。おおかた妾がいなくなったことでセスナからお前たちを守ってくれる者がいなくなったものだから慌てて妾の庇護を受けに来たのだろうが」
アルトは乾いた笑いを浮かべてルシュグルの妄言を真っ向から否定した。
「まあまあ、そういった受け取り方もあるかもしれませんが良いではないですか。何よりこういった時のために貴女様から渡されていたこのアイテムが役に立ってくれましたし。このような差配をしてくださっていること自体が貴女の寵愛の証ではありませんか」
ルシュグルはアルトの乾いた反応にも気にすることなく、懐から一つの平たい魔石を取り出す。それはアルトがルシアに渡した物と同じ『方位魔石』であった。
(まったく、こんな代物まで与えられているとは。ルシュグルは一体どれだけの寵愛をアルト様から受けているのだ? だがまあ今はコイツについていなければ命がない。クソッ、私ともあろう者が何という
ルシュグルの尊大な態度を隣で見ながら、カッサンドーラは内心で毒づく。
「ですが貴女様がこんな大境界にまで足を運んでいるとは思いませんでしたよ。まさかとは思いますが人間領域にまで足を踏み入れてなどいないですよね?」
芝居がかった態度でルシュグルはアルトに牽制を入れる。
「何がまさかだこの愚か者よ。ここまで来たのだから当然大境界を踏み越えたに決まっておるであろう。そこで父上と話し、今後のことを確認しあったところだ」
「おお、なんと魔王様と? 貴女様のおみ足が穢れてしまったことは嘆かわしいですが、魔王様とお会いできたのなら喜ばしい。…………それで、魔王様はなんと?」
ルシュグルは眼鏡をギラリと光らせてアルトに問いを投げる。
「……当分戻ってくる気はないそうじゃ」
アルトは冷たい声音でルシュグルの問いに答えた。
「ほう、ほうほう。それは残念至極。ですがそれが魔王様の御意志であるのなら仕方ありません。それでは今後もアルト様を軸としてアグニカルカを取り仕切っていくしかありませんな。まあ具体的にはアルト様が内政を、不肖ながら我らが軍事方面をといったところでしょうか」
ルシュグルが恭しくも頭を下げてアルトに確認を取る。
だが、
「いや、それは不要じゃルシュグル・グーテンターク。何、つい先ほど良い人材を見つけたところでな。今後の魔王軍関連はここのユリウスとカタリナに任せていくこととする」
アルトは両隣にユリウスとカタリナを立たせて、ルシュグルにそう紹介した。
「「え?」」
当然ながら驚いたのはそのユリウスとカタリナである。
そしてルシュグルは眼鏡の
「その二人を? 失礼ながらその二人はどこのどちらでしょうかアルト様? 私にはそこらの浮浪児にしか見えませんが」
ルシュグルは明らかな怒気と狂気を孕んだ言葉を吐きだす。その口調にはまるで丁寧に躾けていたはずのペットが噛みついてきたことへの苛立ちが込められていた。
「ルシュグル!!」
そのルシュグルの言葉に反応したのはユリウス。
自分とカタリナの父親を死地に追い込んだ張本人に『浮浪児』呼ばわりされて黙っていることなど彼には到底できなかった。
だが、その動きもアルトに制される。
「ユリウスよしばし待て。カタリナも気を静めておくのじゃ、ちゃんと機会は用意する。…………してルシュグルよ、血筋が心配だと言うのなら気に病むことはない。この二人はザッハトルテ卿とガトーショコラ卿の実子である。血統だけの話であればお前よりも血筋が良いくらいだ」
アルトは冷笑を浮かべながらもルシュグルに説明していく。
「もちろんこの二人が今すぐに軍務に就けるなどとは妾も思っておらん。妾の側仕えから始めて10年も経験を積めば軍を任せられるだけの器は育つであろう。まあそれまでの間は妾が内政も軍も取り仕切るしかないわけじゃが、まあ仕方がないの」
アルトの笑みにはここにきて酷薄さが現れ始めていた。
「はあ、はあはあはあ? それで? アルト様が
ルシュグルは焦点を失った瞳で、どこか狂気を漂わせながらアルトに質問する。
「決まっておるであろうルシュグル、貴様に先などない。ここがお前の果てと知れ」
アルトは指先をルシュグルに向けて宣言する。
「はぁ? 何を仰っているのですかアルト様? 私が? 何故? 何か貴女様にいたしましたか?」
ルシュグルは正気を失ったかのような仕草でずいずいとアルトへ迫っていく。
それを横目に見ていたカッサンドーラは、
(何だ、何だ? 何が起こっているのだ? ルシュグルが切り捨てられた? 何で今さら? わからないわからない。え、これからどうなるの? 怖い、嫌だ、助けて。逃げたい逃げたい逃げたい)
現状が理解できずに混乱の最中にいた。
「理由など明白であろうルシュグル。貴様は我らが同胞を不要に手にかけ、犠牲とした。この子らの父親を含め、数多くの者たちが貴様の下らぬ思想に巻き込まれて死んでいった。それは十分、万死に値する」
アルトは毅然とした瞳で迫りくるルシュグルを見据える。
「はぁ? 下らぬ思想? 何を言うのですかアルト様。多くの魔族の民が私の想いに賛同したのですよ? 『人間などという下等な生物と同じ世界で生きるなどまっぴらだ』と。『彼ら全てを駆逐してしまえば平和な魔族だけの世界が残るのだ』と」
両手を広げてルシュグルは自らの思想と、その成果を強調する。
「ああ、そうだったな。魔族の中に人間を不要と軽んじる者たちが多くいたのも確か。だがルシュグルよ、そういった考えに熱狂的に賛同していた者たちのほとんどは、お前の先導した戦いによって死んだぞ?」
「!? いえいえ、そんなはずが。あれだけの数の賛同者がいたのです。まだまだアグニカルカの中には多くの仲間が……」
「おらぬよルシュグル。先の勇者イリアとの戦い、そして先日の英雄ラクスとの戦いにおいてお前の思想に心酔する連中のほとんどは戦死した。そのように妾が配置を済ませた、ルシュグル貴様の力を削ぐためにな」
冷たい瞳でアルトは告げる。
「は?」
「気付かなかったのは無理もない。だが思想の扇動とはそういうモノだ。ルシュグル、貴様は大衆の意識を自身に向けて導くのは天才的であったが、その力の本質を理解しておらぬ。扇動は一定数のシンパがいて初めて成立する。大衆はその方が正しいのだと釣られてしまう。だがお前は自分さえ残っていれば何とかなると思ってしまった。思い違ってしまった。故に妾は丁寧に消していったのじゃ、お前に心酔する者どもを慎重に選り分けてな」
「な、何を言っているのだお前は!? もし、もしもそれが本当だとしたら、命を、死の選別をしているのはむしろお前の方ではないか!」
ルシュグルは体裁を取り繕うことも忘れたのか、敬語すら忘れてアルトを非難するように指差す。
「ああそうだとも」
だが、アルトはその非難を当然のように受け入れた。
「いつから妾が善悪の話をしていると思ったのじゃ? お前がお前にとっての理想を目指したように、妾は妾にとっての都合の良い国を目指しているだけにすぎぬ。だからその手段に綺麗さは求めぬよ」
そういってアルトはルシュグルの差す指をギュっと握りしめる。
だからここで死んでしまうことは諦めて受け入れろ、とでも言うように。
「うぁ、うわぁ、うわわわぁああ!!!」
そのアルトの威圧に飲まれるようにルシュグルは狂乱する。
「だが、そうじゃな。貴様のエゴ、そして妾のエゴによって巻き込まれた尊い命がある。それによって死よりもつらい絶望を突き付けられた子供らもな」
アルトはユリウスとカタリナに一瞬だけ視線をやって告げる。
「故に双方に機会を与えよう。ルシュグル、貴様には生存のチャンスを。そしてユリウス、カタリナ、お前たちには復讐の機会を」
アルトはスッとルシュグルの指から手を離す。
「チャン、ス?」
ルシュグルはギョロリとした目でアルトの言葉を繰り返す。
「決闘じゃ。双方1対1で戦え。決着の生死は問わん」
アルトは冷たい声音でそう宣言した。
「アルト、様?」
そしてそれを聞いていたユリウスの手が震えている。
「ユリウス、嫌か?」
「いえ、いいえ。やらせて下さい。俺に、父の、みんなの仇を取るチャンスをください!!」
ユリウスは震える手を握りしめて、強く応える。
「そうか、カタリナよ。ユリウスが戦う気のようじゃが、それで良いのか?」
「─────はい、ユリウスがそれで良いのなら」
カタリナは心に不安を抱えながらも了承した。
「どうするルシュグル、子供らはこれで良いようじゃが。…………不服なら妾が直接首をはねてやってもよいが?」
ルシュグルに向けられるアルトの冷たい視線。
「─────」
うろんな表情のまま答えを返さないルシュグルを見てカッサンドーラは、
(頼むルシュグル、決闘を受けろ。そんな子供など手早く片付けてしまえ。でないと私までもがアルト様に殺される。どうにか言い逃れしたいけれど、さっきからアルト様は私のことガン無視だし、何か私が口を開いた瞬間に殺されそう)
と、必死の想いで祈っていた。
「────いいでしょうアルト様。正直アルト様が何にお怒りなのかは分かりませんが、そこの子供の命程度で我が潔白を証明できるのなら安いものです」
ルシュグルは眉間を押さえながら鋭い眼光でユリウスを見据える。その瞳には狂気だけではなく、彼が持つ本来の冷徹さも戻っていた。
「ふむ、その頭脳を使う方向さえ間違わなければ良い駒であったのじゃがな。では双方前にでよ、どちらかの命潰えるまで戦うがいい」
アルトの宣言とともにルシュグルとユリウスが向かい合い、いざ戦いの口火が切って落とされた。
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