第221話 待ち受ける者
日も暮れて夕闇が差し迫る頃、アルトたちは人間領域と魔族領域の
「随分と暗くなってきましたね。しかしアルト様が本当にお一人で来ていたとは思いませんでした。どなたか護衛を付けた方が良かったんじゃないですか?」
アルトの隣を歩くユリウスは今さらではあるがそのことに気付いたようだった。
「うむ、本来なら妾が独りで城から出るなど、周りから全力で止められるところであろうな。実際に今回はかなり強引にアグニカルカを離れたからな、帰ったらセスナのお
アルトはやや眉間に皺を寄せながら、これから起こるであろうイベントに頭を痛めていた。
「アルト様もさすがにセスナ様のことは怖いんですね。でも乗り物も何も使わずに来たんですよね、びっくりです」
カタリナはここまで歩き詰めであることへの嫌味ではなく、純粋にアルトほどの貴人が徒歩で移動していることに対して驚いていた。
「ふむ、まあ我ら魔族の基本的な移動手段は徒歩一択じゃからな。人間と違って疲れにくいし、こちらでは日常的に乗り物にすることができる大人しい魔獣はおらんしな。ま、そもそも我々魔族には人間にとって当たり前の乗り物の文化がないというだけの話かもしれんが」
「文化、ですか?」
「まあ文明と言っても良いが。必要がないから魔族には何かに騎乗するといった文明がない。じゃがお前たち、実際に父上たちとともにあの馬車などに乗ってみてどうじゃった?」
「え? それはまあ、便利だとは思いましたよ」
ユリウスは思い返しながら答える。
「そうじゃろ、となると我らは必要がなかったのではなく知らなかっただけということになる。きっとあの人間たちの文明の中には我らが知らないだけで、知れば便利と頷いてしまうモノがいっぱいあるんじゃろ」
そう言ってアルトは少しずつ星が見え始めた空を見上げた。
「でもアルト様、私たちにも浮遊城とか人間たちが持っていないモノがいっぱいありますよ」
「そうじゃなカタリナ、だからお互いが上手に手を取り合うことができれば、より新しい何かがきっと生まれると妾は思うのじゃ。ま、あくまで文明レベルの話じゃが」
自分が口にした今の話はそんな簡単なものではないと自嘲するようにアルトは笑う。
「俺は、アルト様のおっしゃることが何となくですけどわかります。俺たちも、あっちではクロムさんっていう人にお世話になりました。まああの人は正確には魔族と人間のハーフの魔人ですけど、それでも僕らにはない技術や知識、そして考え方を持っていました」
ユリウスは自身の腰に下げている護身刀を握りながら言う。
「うむ、そなた達はその男に世話になったんじゃったな」
アルトは優し気な瞳で二人を見る。
「ユリウスずるい、私もクロムさんのこと話したかったのに。あのねあのねアルト様、クロムさんはとっても優しいんだよ。普段はぶっきらぼうでお客さんの相手なんかできないし、家事もユリウスの方が上手なんだけど、あのゴツゴツした手で撫でられるとホッとするの。なんか、お父様みたいだって……」
ユリウスに対抗するようにクロムのことを語るカタリナ、熱をもって語る彼女の瞳には少しずつ涙がにじんでいく。
「あ、あれっ? 何で? 楽しいこと話していたはずのなのに、」
カタリナは自分の目から溢れる涙の意味が分からずに困惑する。
「────すまぬ」
そしてアルトは地面に膝をついてユリウスとカタリナの二人をギュッと強く抱きしめた。
「アルト様?」
カタリナとともに抱きしめられたユリウスは訳が分からずに戸惑っている。
「すまぬな二人とも。妾が、もっと早くお前たちのことを見つけ出していれば。……妾はメモリーストーンで視て知っておる。お前たちが人間どもにどんな仕打ちをされたのか、どんな非道を受けたのかを」
アルトが抱きしめる腕により力が籠る。
「せめてあと半年早く、妾がメモリーストーンを完成させていれば。すまぬ、すまぬ、数字の上で我が同胞がアスキルドで散ったことを知っていながら妾は動かなかった。お前たちの地獄を見てようやく心動かされる愚かな妾をどうか許してくれ」
ユリウスとカタリナを抱きしめながら、アルトは泣いていた。
「アルト様、そんな、アルト様が謝ることでは……」
アルトの感情のこもった言葉で、ユリウスの瞳にも涙がにじむ。
「ザッハトルテ卿もガトーショコラ卿も非常に優秀な、亡くすには惜しい人物たちだった。彼らのアグニカルカへの献身を妾は忘れぬ。だからお前たち二人にはいずれ妾の側に仕えて欲しい。妾の側で、今後のアグニカルカを支えるはずだった彼らの代わりを務めて欲しい」
「アルト様」
「アルト、様」
アルトの心からのその告白に、ユリウスもカタリナも感極まる。
そこへ、
「おやおやおや? こんな暗いところにゴミが固まっているかと思えば、アルト様じゃあないですか?」
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