第220話 アルトの独白

 これで、良かったのだろうか。


 私は母にとって許されざる存在である勇者を見逃した。


 私は母が追い求めてやまない父を連れ帰る選択を放棄した。


 だけど、それは仕方のないこと。


 実際に目にして、話をして、父と彼女が隣に並び合う姿を悪いモノだとは思えなかった。


 父が心許した勇者、いや父の心を許した少女を、やはり私も好きになってしまったのだから。


 私の所感ではあるけれど、きっと父はもう二度とアグニカルカの王として君臨することはないだろう。


 それでいい、その方がいい。


 あの人は長く戦い過ぎた。


 あの人は長く背負い過ぎた。


 まともな感性をしたあの人にとっての200年、それは形のない地獄のようなものだっただろう。


 一日一日は大したものではないと受け止められても、気がつけば到底背負えるはずのない重さとなってのしかかる。


 しかしそれでも潰れることは許されない。


 だって昨日まではその重さを背負えていたのだから。


 そんな生き方を続けて、優しい父は知らない内に限界を超えてしまっていた。


 限界を超えた先で、今まで背負ったモノが子供の荷物に感じるほどの巨大な重荷を提示されたのだ。


 そんなの、誰だって逃げたくなる。


 妻や子供を置いて逃げたとしても、私はそれを悪だとは思えない。


 だから父がそれを背負う必要はない。


 そんなのは、私や祖父のような心の在り方が異常な者たちに任せてしまえばいい。



 それでいいはずなのに、



 あの人は自分がやるといった。



 自分が今まで守ってきた世界のためではなく、たった一人自分を救ってくれた少女の為にそれを果たすと言い切った。


 それは、少しだけ悔しい。


 娘としての敗北でもあるし、何より父を見くびっていた私の過ちでもある。


 父が出ていったその日、


 寂しさとともに、私の胸には一つの決意があった。


 父より優れた王たらん。


 私が尊敬し、私が憧れ、私が越えたいと思ったあの男が手放しで褒めたくなるようなそんな王になろうと心に決めた。


 そして今、多くの遠回り、ひどい犠牲を払いながら、アグニカルカはかつて父が治めていたころのような平穏を取り戻そうとしている。


 7歳の身で動き始めて、ようやく国の膿みをあらかた吐き出すことができた。


 残っているのはたった一つの掃除だけ。


 父が不在の間に国を掻き乱したあのゴミを、ようやく燃やして捨てる日がやってきた。

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