第219話 ユリウス、カタリナ、別れ

「え、アルト様?」

 ユリウスとカタリナを引き取るというアルトの突然の申し出に当の本人たちが驚いていた。


「アルト、お前がこいつらをアグニカルカへ連れて行ってくれるというのか?」

 そしてその驚きはアゼルも同様である。


「何かおかしいことを言ったかしらお父様。お帰りがいつになるかわからないお父様と一緒にいるより、私がこの子たちを連れて帰った方が話が早いと思うのだけど」


「……いや、そうだなお前の言う通りだ。むしろこれは俺の方からお願いするべきことだった。すまないアルト、こいつらを親元まで送り届けてやってくれるか」

 アルトの言葉にアゼルは素直に頷く。


「魔王様、よろしいのですか?」

 アゼルを見上げるユリウスとカタリナ。その目には希望と不安が半々といった様子だ。


「ああ、もちろんだ。むしろお前たちをアグニカルカに帰すのに随分と時間がかかってしまって悪かったな」

 そんな二人を安心させるようにアゼルはしゃがんで、彼らの頭をそっと撫でる。


「それじゃあ、私達、アグニカルカに帰れるの?」

 そう口にしたカタリナの瞳にはうっすらと涙がにじむ。


「これで家に帰れるなら良かったじゃん二人とも。派手なドンパチはなかったけど、まあ戦わずに済むのならそれにこしたことはないしね」

 そこにエミルが前に出て、二人をギュっと抱きしめる。


「うむ、二人が無事に帰れるのなら、親父殿も喜ぶでござる」

 そして二人を抱きしめるエミルの後ろでシロナは優しい笑みを浮かべていた。


「まあ僕は付き合いは短かったけど、これがハッピーな展開だと言うのなら文句はないさ。そうなんだろう、アルト嬢?」

 しかしリノンだけは、アルトに向けて静かに牽制を入れる。


「……もちろんだとも、大賢者」

 その問いにアルトは僅かな間をおいて答えるのだった。



「それじゃ二人とも元気でやりなよ。ちゃんとアタシとシロナが教えたことは覚えてる?」

 リノンとアルトのやり取りを気にすることなく、エミルは今までの教えを二人に確認する。


「はい、やられる前にやれ、やられたらやり返せ、立ち上がれなくなるまでやれ」

「うん、斬ると思う前に斬る、躱されても斬る、何よりも相手の心を寸分たがわずに斬り捨てる」

 ユリウスとカタリナは元気いっぱいにおそらくはエミルとシロナの教えなのであろう文言を復唱する。


「よし、バッチリ。二人とも卒業だよ、行ってきな!」

 エミルは満足したように二人の背中を叩いて送り出す。


「…………どんなスパルタ教育をすればこんな結論に行きつくんだよ」

 アゼルはそんな彼らのやりとりを見て呆れてしまう。


「それでは魔王様、今までお世話になりました。いずれ魔王様のお力になれるように頑張りますので、その時はよろしくお願いします」

「あとクロムさんに会ったら私たちが無事帰れたことを伝えてもらってもいいですか? また会いにいきますって」

 ユリウスとカタリナはアゼルの前に来て深くお辞儀をして別れの挨拶をする。


「おいおい、魔王を伝言板にするとはカタリナは大物だな。ま、いいさ。きちんと伝えておく、だから二人ともちゃんと無事で家に帰るんだぞ」

 アゼルは柔らかな笑みを浮かべて別れの言葉を告げる。

 

 そして二人はアゼルの隣のイリアにも振り向き、

「イリア、俺たちはお前に助けられたことを忘れない。お前が俺たちのために泣いてくれたこと、それだけは絶対に忘れないから」

 ユリウスはそう言ってイリアに手を振る。


「私もだよ、イリア。イリアのおかげで人間みんなを嫌いにならなくてすんだから。それとあんまり大きな声でいえないけど、

 カタリナは彼女にしては珍しく強気に、親指を立てた拳をイリアに向ける。


「────ありがとう二人とも。そう言ってくれてありがとう。私、頑張るから」

 イリアは涙を浮かべながら二人に笑顔で返した。


「うむ、別れの挨拶は済んだようじゃな。ではユリウス、カタリナ、帰るぞ。言っておくが妾が逐一守ってくれるとは思うなよ。むしろ妾を守護するくらいの気概で付いてくるのじゃ。そうして胸を張ってアグニカルカへ帰還せよ」

 アルトは薄く笑ってユリウスとカタリナの肩に手を添える。


「「はい!」」

 それに二人は元気いっぱいに応えた。


「それではお父様、今後のご息災を祈っています。あとお帰りになるのでしたらなるだけ早い方がいいかと。────でないと帰り着く頃にはお父様の国ではなくなっているかもしれませんから」

 アルトはアゼルに意味深な笑みを向ける。


「おいアルト、それは一体どういう……」

 その発言にアゼルは問い返そうとするが、アルトは既に背を向けて歩き出していた。


「言葉通りの意味ですよ、お父様。確かめたければ早く帰って来て下さいね」

 そのままアルトは振り返ることなく、ユリウスとカタリナを連れて去っていった。


「行っちゃった、何か嵐みたいな子だったね。……アゼルの娘」

 イリアはあえて『娘』の部分を強調してアゼルの脇腹を肘でつつく。


「あ、ああ。俺も何が何だかだよ」

 アゼルはイリアから発せられる謎のプレッシャーで冷や汗が流れていた。


「言っておくけど何が何だかはこっちの台詞だからねアゼル。アルトから話は聞いたけど、私はアゼルからは何も聞いてないんだから、私にもじっくり話してもらいたいなぁ」

 イリアは突いていた脇腹を今度は少し抓みながらアゼルを下から覗き込む。


「ハハ、いいねいいねぇ。自分がされるのはたまったものじゃないけど、こうして他人が追い込まれるのを見る分には楽しいことこの上ない。だがまあ今日はアルト嬢の出現もあって随分日も暮れてしまった。少し早いけど今日のところはここで宿をとろうじゃないか」

 イリアとアゼルのやりとりを中断しながらもリノンが笑顔でそんなことを提案する。


「ぐ、クソ賢者め。だが宿なんてどこにもないんだから野宿の間違いだろうがソレは」

 アゼルはリノンの軽口にイラつきながらもどうにかそれを抑えて、真面目に回答する。


「あはは、何度も言わせないで欲しいね魔王アゼル。キミには魔城があるんだからソレを出してくれよ。僕はできることなら野宿なんてやりたくないんだ。もちろん僕の焦点化リアル・フォーカスを使って周囲からは認識できないようにするからさ。まさか、今日キミのせいでこれだけの騒ぎになっておいて、嫌だとは言わないだろう?」

 リノンはニタァと笑いながらアゼルへと迫っていく。


「わかったわかった、だから寄ってくるな」

 アゼルは実に嫌そうにリノンを手で払う。


「やったぁ、今日はあの城に泊まりなんだ。魔素も充満してるし、暴れても壊れないし、野営としては最高だよね。ね、シロナ、また後で遊ぼ闘お

 アゼルの了承に何故かエミルが一番に喜び、まるで子供が遊びの約束をするようにシロナを戦いへと誘う。


「まったくエミルは好きでござるな。だがアゼルの娘御との戦いで魔奏紋もかなり復調してきた様子。これは気合いを入れて斬らねばならないな」

 シロナもまんざらではないのか自身の聖刀の柄をそっと撫でながら静かに闘気を高めていた。


「お~い、頼むから俺の城を壊すなよ~」

 アゼルはそんな二人の様子にヒヤヒヤしながらも魔城を顕現させる準備に入る。


 アゼルの娘の出現、突然のルシアの登場、そしてユリウスとカタリナとの別れ。


 いくつものことが同時にやってきた一日ではあったが、それでもまだ彼らには語り合わなければならないことがあった。


 イリアとアゼル、二人の関係を決定づける夜がやってくる。

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