第217話 アゼルの秘密、魔王の使命

 アルトの城の外では、アゼルがリノンたちに説明を終えたところだった。


「なるほどなるほど、キミは若い奥さんと幼い娘がいたにも関わらず、その彼らを置き去りに家を飛び出してきたしまったんだね」

 そのアゼルの説明に、うんうんわかるわかるとリノンが頷く。


「お前、人聞きが……ってそうだよその通りだ。お前の理解で何も間違ってなんかねえよ」

 アゼルはリノンの言葉に一瞬だけ怒りかけるが、すぐに落ち込んだように俯いてしまう。


「でもアゼルは家族のこと大切にしてたんでしょ? 家族が嫌で逃げ出したとかじゃないんだしいいんじゃない?」

 アゼルの過去の話を一通り聞いたエミルの感想は、意外にもそれほど否定的なものではなかった。その代わりあまり興味が湧く話題でもなかったためか投げやり感が強い。


「しかし、その家族を置いてまで国を飛び出すとは尋常ではないでござる。アゼル、それほど国を治めるということは大変なのか?」

 そしてシロナはこの中でただ一人、アゼルをまともに心配していた。


「そうじゃ、ねえよシロナ。国を、アグニカルカの魔王でいることには、耐えられた。自分で言うのもなんだが良くやってたとは思ってるよ。それに、エミルが言うように家族が嫌になって逃げ出したわけでもない。ただ……」

 アゼルはゆっくりと言葉を紡ぐが、最後には何故か苦しそうに言葉を詰まらせてしまう。


「そう、ただ。───どうしてもキミはその先を喋ることに抵抗があるみたいだね。まあゆっくり問い詰めたいところだけど、どうやら時間切れのようだ」

 リノンがそう言って立ち上がると、彼らの背中越しに見えていたアルトの魔城が消え去り、そこからアルトとイリアが現れる。


「イリア!!」

 現れたイリアに思わず声をかけるアゼル。


「ちょっとお父様、そこで迷わずイリアに声をかけるとか、娘として傷つくんですけど」

 そのアゼルの態度にアルトは不満そうであった。


「いやアルト、別にそういうつもりじゃなかったんだが」

 アルトの反応にアゼルは一歩後ずさる。


「まあいいわ。さあイリアはもう返してあげる」

 そんなアゼルの反応を見て満足したのかアルトはイリアの背中を優しく押した。


「アルト、ありがと」

 小さな声でそう口にしてイリアは真っ直ぐにアゼルのもとへと歩いていく。


「?? アルト、イリアのことはもういいのか?」

 アルトの予想外の行動にアゼルはやや困惑した様子だ。


「ええ、お父様、その子とは十分にお話しできたから。それに、お父様のことも今回は諦めるわ」


「?? それは、どういう意味だ?」

 アルトの発言の意図がいよいよ分からずにアゼルは思わず聞き返す。


「言葉通りの意味よお父様。お父様のやんちゃは見なかったことにしてあげるってこと。お父様がアグニカルカにいないならいないで色々と進められることもあるしね。ただ一つ、お父様の了承が欲しいことがあるの」

 アルトはまるで試すような目でアゼルを見つめた。


「了承? 一体何についてだ?」

 彼女の言葉から何かしら不穏なものを感じ取ったのか、アゼルは真剣な口調となる。


「ではお願いさせていただきます、魔王アゼル・ヴァーミリオン。次代の魔王のをこのアルト・ヴァーミリオンに引き継がせて貰えないでしょうか?」

 アルトは不敵な笑みを浮かべながら優雅にアゼルへと頭を下げた。


「お前、それはまさか」


「もちろんそれは魔王の玉座が欲しいと言っているのではないですよ。それはお父様が帰ってこないのならすぐにでも手に入るモノですから。私が言っているのは大魔王であるお祖父様から本来お父様が引き継ぐはずだった責務のことです。それを私に継がせていただきたいのです」


「アルト! お前はどこでそれを知った!? お前はそれが何であるか知りながら、それを継ぎたいなどと言っているのか!?」

 アルトの言葉にアゼルは突然声を荒げて問い詰める。


「さて、詳しい中身はあいにくと。ですがお父様が私たちを捨ててまで逃げ出したくなるほどの事なのでしょう? 想像するだけでゾクゾクしてしまうわ。だってその責務を私が果たすということは、明確にお父様を越えた証になるんですもの」

 陶酔した表情でアルトは語る。


「ふざけるな、アレはそんな生温いものじゃ、そんな栄誉、ある、ものでは……」

 アゼルはアルトの言葉を否定しようと言葉を紡ぐ中で、何かを思い出してしまったのか、彼の瞳から涙が一筋ひとすじ流れていた。


「安心してくださいお父様。私もソレが何であるのかは薄々想像がついています。いくつかの状況証拠から逆算すればおのずと可能性は絞られてきますから」


「それでもなお、お前はアレを継ぐというのか?」

 アゼルはまるで怪物でも見るような気持ちで自身の娘を見つめていた。


「ええ、その通りです。それが王であるものの責務であると言うのなら。そして父である貴方がそれを継がないというのなら。我ら魔族にとって、父母を越えてその先に進むというのは何ものにもまして栄誉なことなのですから。それは、お父様も同じでしょう?」


「────────」

 アゼルは言葉を失っていた。

 アルトの言葉を肯定したい気持ちと、否定したい感情が彼のうちでせめぎ合う。


「アゼル、大丈夫?」

 それを見て心配そうにイリアは彼の腕にそっと手を添えていた。

 そのイリアの言葉にアゼルは我を取り戻したようにハッとする。


「ああ、イリア、大丈夫だ。そうだ、そうだったな。───俺はお前のためになら、前に進むと決めたんだ」

 イリアの不安げな瞳を見て、アゼルは何かを決意したように前を向いた。


「アルト、お前のその申し出を了承することはできない。父う……、親父の役目は俺が引き継ぐ。お前にそれを背負わせたりなどしない」

 アルトの提案に対する、アゼルのはっきりとした拒絶。


「そう、───そうなんですね」

 アゼルと対峙するアルトの瞳には、嬉しさと、少しの寂しさが揺らめいていた。


「アゼル? 一体何の話をしてるの? 何か危ない話をしているんじゃないの?」

 イリアはアゼルの決意に何故か大きな不安を感じていた。


「…………大した話じゃないさ。アルト、今すぐではないがそう遠くない内に俺はアグニカルカへと戻る。その時に、全てを清算する。そう、親父にも伝えておいてくれ」


「わかりました、そのようにします。あと、私がお父様を見つけ出していることについてはお母様には知らせていないので、清算するというのならそちらもお忘れずに」


「……ああ、わかっている」

 アゼルは苦々しい表情ながらも頷いた。


「では私はそろそろ、ってあら?」

 アルトは唐突にむず痒そうな表情をする。

 そして突然、彼女の胸元からひとつの影が飛び出した。

 芥子粒のようだった影は飛び出した瞬間に巨大化し、一人の男の姿を形どる。


「くっそ、何だったんだ今のは」

 驚くべきことに出てきたその影は、魔人ルシアだった。


「もう、出てきちゃったんだ。せっかく城に閉じ込めてたのに」

 その光景を見てアルトは実に残念そうにしている。


「あれ、そう言えばルシアがいないなとは思ったけど、アルトが城に閉じ込めてたの?」

 イリアはアルトのまさかの行動に唖然としていた。


「だってその方が効率がいいもの。でも自力で私の城から抜け出せるとか、それはそれで嬉しい誤算ね」

 

「女、何のマネだ」

 ルシアは怒りのままにアルトへと銃口を向ける。


「別に妾はおかしなことをしたつもりはないぞ? 欲しいと思ったモノに手を伸ばしたにすぎんが」


 対するアルトは悪びれた様子もなく、


「では改めて口にしようか。魔人ルシアと言ったな、妾はそなたが欲しい」


 率直におのが欲望を口にした。

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