第215話 ある家族の物語

 昔々あるところに、魔王になることを運命づけられた一人の少年がいました。


 彼の父親は大魔王と皆から畏れられる偉大な人物。そして彼の母親は、悲しいことに彼を産んだ時に亡くなっていました。


 国を治め人間たちと渡り合わなければならない父親に、その少年の面倒を見る余裕はありません。


 そのため、彼には一人の女性が世話役として与えられました。


 その女性は彼の父親の腹心であり、彼女を少年の側に付けてやることが父親のせめてもの愛情だったのです。


 彼女は少年を厳しくも確かな愛情をもって育てていきます。


 それゆえに、少年にとって彼女は母親であり、姉であり、愛しく焦がれるほどの初恋の女性でもあったのです。


 しばらくして、少年は幼いながらに魔王の座に着きます。表舞台から退いた父親の代わりに国を取りまとめることになったのです。


 常識的に考えれば当時10歳の少年に王の責務が背負えるはずもありません。しかし、確かな血統とそれに基づいた絶対的な力、そして彼女の助けを得ることで、少年は皆に認められる魔王として君臨していきます。


 それから時が過ぎて少年の背丈も伸び、誰もが目を奪われるほどの美男子に成長した頃、彼も結婚について考え始めます。


 相手に考えていたのはもちろん初恋の女性である彼女です。


 彼女は彼が魔王となった後も公私ともに支えてくれる才女であり、魔王の相手として不足はありません。


 年齢は幾分上ですが、成年期の長い魔族にとって年齢差はそれほど恋愛の壁にはならないのです。


 心を決めた彼はその女性に対して自身の気持ちをぶつけようと決意します。


 ────ですが、その時に気づいてしまったのです。


 母のように姉のように、そして恋人のように自分へと愛情を向けてくれた彼女の視線が、自分ではない誰かに向いていることに。


 いえ、彼女の視線が魔王である彼に向いてたのは確かです。しかし、彼女は彼を通して、彼の後ろにいる誰かへ向けて叶わぬ想いをずっと抱えていたのでした。


 それに気づいた時、彼の初恋は終わりを告げます。


 以来100年以上もの間、彼は伴侶を娶ることなくひたすらに王としての責務を果たし続けたのです。



 さて、それからしばらくして後に一人の姫が産まれます。


 いえ、彼女自身が王族に連なるわけではありませんでしたが、大貴族の血統と美しい容姿、そして誰もがかしづきたくなる気品から彼女は姫と呼ばれていたのです。


 そして当然のように彼女は一人の男性に恋をします。


 生まれた時から王の運命を背負い、事実100年以上もの間に渡って魔族の先頭に立って人間たちと戦い続ける英雄。


 深い愁いを湛えながら損なわれることのない美貌、彼より優るものなどいない武勲と力、そしてそれらを持ちながらも決して傲ることのない王者の気品。


 そんな魔王にその姫は強い憧れを抱きました。


 彼女からすれば不思議なことにその魔王は独り身です。いくらでも素敵な女性を侍らせていてもおかしくない魔王の身でありながら、その妃の席はずっと空いたままだったのです。


 そこで姫は思いました。


 それならそこに私が座ってしまっても何も問題はないのではないかと。


 彼女は必死に頭を振り絞って考え、魔王の周囲の臣下たちに協力を求めました。


 臣下たちは姫の積極性に驚きましたが、反面喜んでもいました。魔王は非常に優秀でよく国を治めていますが、それはそれとして世継ぎがいないのは問題です。


 いくら結婚を薦めても首を縦に振らない魔王でも、その姫であればもしかしたらと思ったのでした。


 果たして、結婚への完全な包囲網を敷かれた魔王は、ついに姫と一緒になることを了承します。その背景に、かつての初恋の女性から背中を押されたことも理由の一つだったかもしれません。



 何かを諦める、理由の一つだったかもしれません。



 国を挙げた盛大な結婚式。憧れの魔王と結ばれるという夢を果たした彼女は、その時世界で一番幸せな女性だったでしょう。


 相手の魔王も誠実な男であり、一度結婚すると決めた以上はその姫を大切に愛そうとしました。


 それから少しの時が過ぎ、二人の間に待望の赤ちゃんが産まれます。


 二人の力を確かに継いだ、とても美しい女の子です。


 いずれ次代の魔王となる女の子の誕生に、また国中の人々が喜びました。


 魔族の世界では男女問わずに力のある者が家名を継ぐのですから。

 

 その女の子の誕生により、彼らの家族の絆はより深まります。父親である魔王は人間との戦いや国の統治で非常に多忙でしたが、それでもどうにか妻と娘との時間を作りました。


 妻は結婚してもなお変わらない強く気高い魔王が大好きでした。

 娘も誰もが尊敬し、彼女自身もいずれそうなりたいと思えるほどに偉大な父親が大好きでした。


 だけど、そんな魔王は、ある日突然彼女たちの前から消えてしまったのです。


 女の子が七歳になる誕生日のことでした。


 母親は泣きました。

 愛しい愛しい魔王がいなくなり、今もずっと泣いています。


 女の子も悲しくなりました。

 しかし、女の子は泣いてばかりもいられません。


 何故なら偉大な父親が側にいない以上、彼女は母親を、そして国を守らなければいけないからです。


 政治に疎い母とまだ力の弱い少女のもとに、野心をもった不埒な輩がすり寄ってきます。


 少女は幼くしてそのような連中としのぎを削ることを余儀なくされたのです。



 そしてまた月日が経ち、少女はついに父である魔王を発見します。魔王が失踪してから10年の月日が過ぎていました。


 娘は目にします。



 魔王の隣には、一人の少女が。


 白銀の髪の美しい、勇者と呼ばれる少女でした。

 


 さあ、その時


 魔王の娘である女の子は何を思ったでしょうか?

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