第213話 アルトの魔城
顕現する巨大な城。アゼルの魔城より一回りは小さいが、黒と紫を基調に所々ピンク色を散りばめられたアルトの城は視覚的に非常にインパクトのあるものだった。
「な、なんて、趣味の悪い城だ」
現れた城に対して思わず心の声が漏れるアゼル。
「失礼ね。お父様の黒一辺倒のお城よりは百倍センスが良いと思うのだけど」
アゼルの感想を耳にしたアルトはとくに気を悪くした様子もなく、逆に正面からアゼルのセンスを否定した。
「いやいやそんなことはないだろ、なあイリア?」
自身の感性を信じるアゼルはイリアに向けて同意を求める。
「──────」
しかしイリアはアゼルの声に反応を示さない。
「ん、イリア?」
「……それでアルトさん、このお城でお話をするんですね?」
イリアはやはりアゼルの声に反応せずにアルトの方に確認をとる。
「そうよ、貴女が抵抗しなければ一瞬で連れていってあげる」
そう言ってアルトはイリアに向けて手をさしのべる。
それにイリアは迷うことなく手を伸ばし、
「待てイリア、わざわざ二人きりになることないだろ。何があるかわからないぞ」
アゼルの強い声がそれを制止する。
「ふーん、アゼルは私の心配してくれるんだ。自分の
一瞬アゼルは今のセリフがイリアから発せられたものだとはわからなかった。何故ならイリアから今ほど冷たい声を聞いたことがなかったからだ。
「イリ、ア?」
「もうね、私わけが分からない。私はアゼルが好きで、アゼルも私のこと好きって言ってくれたのに、アゼルには、子供がいて、────奥さんも、いて。私、アゼルの何を信じたらいいの!?」
イリアの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。
それを見たアゼルは思わずイリアに手を伸ばし、思い切り弾かれた。
「イリア、ちょっと待ってく──」
伸ばした手を拒絶されて動揺するアゼルにイリアは間髪入れずに平手を叩き込む。
辺りに鳴り響く乾いた音。
「アゼルのバカ! 大嫌い!!」
イリアはアゼルに、彼女にしては精一杯の罵詈雑言を放ったあと、迷わずにアルトの手を取った。
「イ、イリア」
アゼルはイリアのまさかの行動に呆然としたまま動けないでいる。
「あはは、お父様カワイイ! それじゃあ行きましょ勇者イリア」
アルトの言葉とともにイリアは黒い空間に包まれ、二人は城の中へと消えていった。
残されたアゼルは一瞬だけ放心した様子だったが、すぐさまアルトの魔城の門へと駆け出そうとする。
だが、その瞬間、
「ちょっと~、アゼルそこ危ないから~」
上空からエミル・ハルカゼが落下してきた。
およそ100mの高さからの自由落下。普通の人間であればどうあっても死は免れないその位置エネルギーを、
「『猛き風』エアリアル!」
地面との衝突の直前に風の魔法を発動させて相殺し、彼女は地上へと舞い戻った。
「ふうっ、危なかった。突然檻ごと消えるとかビックリしたし。絶対性格悪いよアゼルの娘。親の育て方が悪いんじゃない?」
エミルはやや憤慨した様子でアゼルへと抗議の視線を向ける。
「う、うるさい。それよりイリアがあの城の中に連れていかれたんだよ。連れ戻しに行ってくる」
アゼルはエミルの抗議を半ば無視し、改めてアルトの城へと向かおうとするが、そこで彼の肩にスッと手が置かれ、
「まあまあ待ちたまえ魔王アゼル。まずはおめでとう! キミも僕と同じクズの仲間入りだね! いやいや僕は最初からキミに妻子がいるという情報は知っていたさ。だからこそキミに忠告もしたしね、『キミにイリアの側にいる資格があるのか?』って。ま、そんなことはどうでもいいや。幸いキミの娘アルト嬢がイリアに危害を加える気配もないようだし、ここはひとつキミの口から我々にも事情を説明してくれないかな?」
リノンが同類を見つけて本当に嬉しそうにニコリと笑って、アゼルに説明を要求してきた。
「あ、それアタシも聞きたい。アゼルが奥さんと娘がいるのにイリアとあんな感じになってたのならちょっと思うところあるしね」
そこにエミルも同意して乗っかってくる。
「いや、説明と言ってもな」
「アゼル、やはり何かしらの説明は欲しいでござる。拙者は、イリアはもちろんだがアゼルのことも大切な仲間と思っている。二人が仲睦まじいのは嬉しいことであったし、もし仲違いしそうなのであれば拙者はどうにかそれを食い止めたい」
皆への説明を渋っているアゼルに、シロナは真剣な表情で自身の気持ちを伝える。
「────ああ、わかったよ。少しだけ、長くなるぞ」
そのシロナの態度を見て、アゼルは大人しく口を割ることを決めたのだった。
「ふん、オレは貴様の身の上話になど興味はない。イリアがあの城の中にいるというのならオレが助けだす」
だが魔人ルシアはその話には加わらずに単独でアルトの城へと向かう。
「っ、おい!」
ルシアに抜け駆けされたアゼルは彼を追いかけようとするが、
「こらこら、今キミがイリアを迎えにいってどうなるというんだい。イリアはアルト嬢から事情を聞いて、僕らはキミから事情を聞く。それではじめてお互いが分かり合うために話を進めることができるんじゃないかい? まあ冷たい言葉を使えば、イリアに何も知らせないまま彼女の側には居たいだなんて、それは虫の良すぎる話じゃないかな?」
「ぐっ、分かったよ。…………分かって、るよ」
リノンの珍しく真面目な表情に気圧され、アゼルは言葉を選びながら語り始める。
「あれは今から、50年くらい前のことだった、かな」
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