第210話 メモリーストーン

 魔王の娘であるアルトを前に、エミルは実に活き活きとした表情で準備運動をしていた。


「はぁ、まあこやつならそう答えるだろうとは思っていた。それで? そこの賢者はどうするつもりじゃ?」

 戦う気満々のエミルの様子にため息をつきながらも、アルトは大賢者リノンの意向を確認する。


「僕? 僕はもちろん戦わないさ。それに今回のことについて干渉する気もない。まあどう考えたって魔王アゼルの不手際には違いないからね。自分の尻拭いは自分でしてもらうとしよう」

 リノンはやや離れた場所で地面に這い蹲らされているアゼルを見てそう答える。


「ただ僕が気になるのはアレだね。キミは僕ら、というよりかは魔王アゼルの動向を把握していたようだけど、それは一体どんな手段を使ったんだい?」


「……ふむ、そのことか。まあよい、────来なさいハリス」

 アルトが空へ視線を向けると大きな鷲のような魔鳥が舞い降りてきて、彼女の腕に止まる。

 そして彼女はその鳥の額に装着してあった黒い魔石を取り外した。


「へえ、それは?」


「これはメモリーストーンという妾特製の魔石じゃ。何せ幼少の頃は権力から遠ざけられて軟禁状態でな、時間は腐るほどあったのでその時間を使ってずっと研究していたのじゃよ、遠くに家出してしまった我が父を観測するための手段をな」


 そう言って彼女は手にした魔石、メモリーストーンを高く掲げる。

 するとメモリーストーンからが彼らの目の前の空間に映し出された。


「このメモリーストーンは大気中に残存する魔素と、光と音のジンを回収してそこで起こった出来事を映像として再生することができる。これはさっきハリスが見ておった光景じゃな」


 アルトがそう言って見せた映像に映るのはアゼルとイリア。

 二人は向き合って緊張しているようだった。



『ア、アゼルは、アゼルは私のこと、好き?』


 映像の中の少女イリアは、不安げに、それでも精一杯の勇気を出してその言葉を振り絞っていた。


 そして、その映像を少し離れた場所から見ていた現実のイリアはまさかの状況に顔を青ざめさせている。


「ちょ、ちょっと止めてください!! お願いです、お願いですからそれを見ないで!」

 その顔には涙すら浮かんでいる、が無慈悲にも映像は止まらない。

 先ほどのイリアの告白に対して、映像の中のアゼルは真剣に彼女を見つめて、


『イリア、俺はお前のことをとても大切に想っている。お前の存在が今じゃ俺の救いになっている。お前から好きと言ってもらえて、とても、とても嬉しい。ああ、正直に言おう。俺はお前が好きだ、お互いの立場など関係なく、俺はお前のことが好きだ』

 真剣な愛の言葉を返していた。


 そしてその映像を冷めた目で鑑賞している実の娘アルト。


「─────はぁ、なんて感想を述べたものか分からないわね」

 アルトはアゼルたちにも聞こえるようにやや大きな声で嘆息する。


「がはぁ!」

「くぅ!」


 辺りに響くイリアとアゼルの悲鳴。

 アルトのコメントが聞こえたことで彼らの後ろめたさのパラメータがさらに上昇して重圧が増し、二人を中心にして地面にちょっとしたクレーターが出来上がっていた。


 それと同時にアルトの手にしていたメモリーストーンも砕け散る。


「おや、砕けてしまったか。仕方がない、本来は映像を完全に再生するに当たって事前に調整が必要な代物であるのでな。まあどちらにしても鑑賞後に壊れてしまうのは変わらんが」

 

「いやいや、実に素晴らしい技術じゃないかアルト嬢。なるほどその石と魔鳥の力で我々の最近の動きを把握できていたわけだね。うんうん納得だ」

 リノンは機嫌良さそうに頷いていた。


「ふん、貴様に褒められても嬉しくもなんともないわ。それで、エミル・ハルカゼよ準備はいいのか? というより我々が戦う理由があるとも思えんが」


「アタシ? もちろんいつでもいいよ。それに理由も何だっていい。アンタが強くてアタシは戦いたい、それ以外に理由なんていらないでしょ」

 エミルは狂気と例えてもいいような笑みを浮かべてアルトと対峙する。


「はぁ、妾は別に戦いたいとは言っておらぬが、──だが良い。鼻っ柱の強い女に地べたを舐めさせるのは、実にゾクゾクするからな」

 対するアルトもエミルとは別ベクトルに突き抜けた嗜虐的な笑みで両手を広げた。


「おっと、巻き込まれるのは勘弁だから退散退散」

 二人の間のボルテージが高まるのを見て、リノンはすぐさまその場から退避していた。


 そして今ここに、『魔王の娘』と『歩く災害』のマッチアップが成立する。

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