第209話 魔剣グラニア

 アルトが手にする魔剣から突如放たれる不気味なオーラ。

 しかしその不気味さに反して、周囲には何も変化が起きた様子はなかった。


「??」

 その様子に疑問を覚えながらも、イリアは聖剣アミスアテナを構えて油断することなく周囲に気を配る。


「アハ、健気に警戒なんて可愛い。でも残念、この魔剣グラニアの前では何の意味もないことよ。『勇者イリア、跪きなさい』」

 そんなイリアに向けて、アルトからの絶対的な命令が下った。


「えっ!?」

 そしてまるでその命令に従うかのようにイリアはアミスアテナを手にしたまま強制的に地面にひれ伏してしまう。

 油断などしていなかったはずの彼女に、まるで自身の体重が10倍になったかのような重圧が圧し掛かっていた。


「くっ、アナタ、何をしたんですか?」

 地面に押し付けられるような重圧に抗いながら、イリアは顔をどうにかあげて当然の問いをアルトに投げる。


「何って、ただ命令しただけよ。そして貴女は当たり前のように従った。それだけのことではなくて?」

 口元の薄い笑みを空いた手で隠しながらアルトは答えた。


「ふ、ふざけ、ないで」

 イリアは全力で立ち上がろうとするが、謎の強制力を前に為す術もなく、ただ苦しそうに顔を歪めるばかりだった。


「おいアルト、イリアとの決着はそれで着いただろ。何をしたかは知らないが早くその力を解くんだ」

 アルトの前にひれ伏すイリアを見るに見かねて、アゼルが前に出てくる。


「うふふ、何を言っているのかしらお父様。これはお父様に向けて使うことこそが本来の目的なのに『跪きなさい、魔王アゼル』」

 そう彼女が口にした瞬間、


「何!?」

 アゼルもイリアと同様に大地に向けて強制的に押し付けられてしまう。


「ぐっ、何だ、これは。何の力の予兆も感じなかったぞ。その、魔剣の力なのか?」

 見えない力によって地面に押さえつけられながらもアゼルはどうにか顔を上げる。

 そこへアルトは優美に歩み寄って、父であるアゼルのあごに人差し指を伸ばしてクイと引き上げた。


「そうよお父様、この魔剣グラニアは『隷属』の力を持っているの。を満たした者の肉体は私の命令に強制的に従いたくなってしまう、そういう力」


「ある、条件? それを俺も、イリアも満たしているっていうのか?」

 アゼルは肉体の支配権を取り戻そうとあがきながらも、アルトから少しでも情報を得ようとする。


「あ、聞きたい? ねえ、お父様聞きたいの? それなら教えてあげる。その条件っていうのはね、────私に後ろめたさや負い目があることよ」

 アルトの口から告げられる、意外な条件。


「何だと?」


「不思議? まあそうよね。お父様の魔剣シグムントは戦闘特化の脳筋な性能だし、お父様はあまりこういった搦め手の魔剣の性質に対して無頓着みたいだものね。ああ、でもお父様にこの魔剣を見せるのがこんな機会になって残念だなぁ。本当なら魔剣を初めて顕現させた時に一番にお父様にこれを見せて褒めてもらいたかったのになぁ」

 そう言ってアルトは顔を上げ、わざとらしく寂しそうな遠い目をする。


 すると、


「がはっ!」

 アゼルの肉体への重圧がさらに高まって地面へと強く押し付けられる。


「あら、お父様ったら今の話を聞いてさらに私に申し訳なく思っちゃったんだカワイイ。──まあもちろんそのためにこの話をしたんだけどね。ところでそこの勇者イリアも気分はどう? そんな風に這い蹲っているあたり、貴女も内心では私に負い目を感じてるんでしょ?」

 アルトはアゼルの隣で同様に押さえつけられるいるイリアに目をやる。


「そんな、ことは、ないですから。だって貴女と、アゼルは、関係ない」

 苦しそうな表情でその言葉を絞り出すイリア。


「本当必死で可愛いわね貴女。あ、そうそう。私のお母様、つまりは魔王様の妻よね。そのお母様ったら本当にお父様にぞっこんでね。だからお父様が家出した時は可愛そうで見てられなかったわ。今でも毎日、夜になると窓を開けてお祈りしてるの。『早く魔王様が帰ってきますように』って。────ああ、そんなお母様が勇者と魔王様がキスしてたなんて知ったらどんな風に思うのかしら?」

 アルトは優美な仕草で自身のあごに指を当ててわざとらしく首をかしげる。


 すると、


「ぐあ!」

「きゃあ!」


 イリアとアゼルの両名ともがさらなる重圧が加えられたかのように地面に押し付けられる。

 度重なる重圧により、そのまま地面にめり込んでしまいそうな勢いだった。


「うんうん良きかな良きかな。この程度のお話で心苦しくなる当たり二人ともまともな感性をしてるわよね」

 そんな二人の様子をアルトは実に嗜虐的な笑みを浮かべて見つめていた。


 そこへ、


「そこまでにするでござるよ。拙者の仲間がそれ以上いたぶられていくのを見過ごすことはできない」

 今まではことの成り行きを見守っていたシロナが出てきた。


「ふぅ、─────なんじゃ、人形風情が妾に用でもあるのか? ふん、別に魔剣グラニアの力が及ぶのはこの二人に限った話ではないぞ」

 シロナに対するアルトの口調は先ほどまでと大きく変わり、彼女は魔剣グラニアをシロナへと向ける。


「ここしばらくの貴様たちの動向はので知っている。貴様は自動人形の分際で多くの魔族を斬り殺し、それを今もなお悔やんでおるのだろう?」

 アルトはイリアやアゼルに向けていた嗜虐的なものとは違う、強者が弱者に向ける蔑みの視線でシロナを見つめる。


「くっ、それは……」

 自身の苦悩と後悔の核心を突かれて動揺するシロナ。


「妾はいずれ魔王軍も支配下におかなけらればならない身であるが故に知っておる。いったいあの戦いで何人の同胞が犠牲になり、一体どれだけの民が悲しむことになったかをな。どれ、その一つ一つを丁寧に教えてやろうか?」


「ぐっ」

 そのアルトの発言によりイリアたちと同様の重圧が加わったのか、シロナも膝を屈して身動きが取れなくなる。


「────良い、人形風情が罪を自覚するなどそれこそ万死に値する。だが、それについては我が父との戦いにおいて既に決着がついておるようだしの。しばらくはそこで石のように固まっておるがよい」

 彼女の言葉通りに石のように動けなくなったシロナの横をアルトは悠然と通り過ぎていく。


「さて、────問題は貴様らじゃな」

 そして彼女が見つめるのは二人の人物、つまりはエミル・ハルカゼとリノン・W・Wワールドウォーカーだった。


「おや、僕らがどうかしたのかな? なかなかに面白い見世物だったとは思ってるけど」

 リノンは今までの一連の流れを「面白い」と評してアルトと向き合う。


「いやなに先ほど説明した通り、我が魔剣グラニアは妾に負い目を感じる者にのみ通用する魔剣だ。そして妾は貴様たちの各々の性格も概ね把握しておる。のう、そこの二人、妾に少しでも負い目を感じたり後ろめたさを感じることはあるか?」

 アルトから放たれる問い。それに対して二人は、


「「いや、全然」」

 完全にシンクロして答えていた。


「……だろうよ。貴様たちは妾に対してどころか誰に対してもそのような感情を抱くことはないだろうからな」

 そうアルトは二人を評する。

 エミルは自身に一切恥じることのない真っ直ぐな生き様から。

 リノンはどんな恥も一切気に留めることのない厚顔無恥な生き様から。


「あれ? 何か僕の方だけ失礼な評価を受けなかった?」


「何、気にするな。貴様ほど失礼な生き物はいないのだ。故に貴様に対して失礼などということは絶対にありえん」

 そう言ってアルトは純粋な嘲笑をリノンに向ける。


「なんと、随分な言い草だね。だがまあそれは甘んじて受けようじゃないか。自覚的なクズである僕はどんな罵倒にも動じないよ」

 だがリノンはそんな嘲笑もどこ吹く風で何故か堂々と胸を張っていた。


「黙っていろこの残念生物が。─────して、どうしたものか? 我が魔剣の能力は貴様らに通じないわけだが、この状況でお前たちはどう動く?」

 アルトから二人に向けての意思確認。

 そこには、敵対するのであれば全力で潰すという明確な彼女の意志が込められていた


 そして、その問いを待っていましたかというように、


「そんなの決まってるじゃん。アンタはアゼルの娘でつまりは次の魔王、ってことは当然強いんでしょ? だったらもちろん戦う!!」

 元気いっぱいに手を挙げてエミルが答えたのだった。

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