第208話 イリアVSアルト

 対峙するイリアとアルト。


「リノン!」


「はいはい、わかったよイリア」

 イリアの呼びかけに、リノンは手にした聖剣アミスアテナを彼女へと投げる。

 イリアは振り向きもせずにアミスアテナを受け取り、ためらわずに抜剣した。

 そして威嚇のようにアミスアテナを前に構えて、アゼルを背中に隠すように位置どる。


「うふふ、本当に面白いわ。子猫を守る母猫。いいえ、まさに他人の男を横取りした泥棒猫って感じね」

 対するアルトもイリアがアミスアテナを手にする間に、右手に流麗な黒い魔剣を顕現させていた。

 アゼルの魔剣シグムントと比べると一回りも二回りも小さな片手剣である。


「ちょっと、お前ら……」

 そんな緊迫した様子の二人に声をかけて止めようとするアゼル。


 しかし、


「少し黙っていてくださるお父様? 私、この子とちょっと遊んでみたいの」

 アルトの瞳と魔剣が妖しく赤色に光ると同時に、アゼルは次の言葉を継げなくなっていた。


「遊ぶ? ふざけないでください、私は守るんです。アゼルは絶対に渡さない。それに、アナタがアゼルの子供だなんて、まだ信じてませんから!」


「あら、随分と強がるのね勇者イリア。魔王様本人が私を娘だって言っているのに、どこに疑う余地があるのかしら」

 イリアに対するアルトは余裕綽々しゃくしゃくな様子で会話を続けていく。


「それは、だって、……そう、本当に血の繋がった親子ならあんなキスなんてするわけないじゃないですか」

 イリアはアルトとアゼルが再開した時の口付けを思い出して糾弾する。……それを思い出すだけでも、イリアの心に嫉妬の炎が燃えてしまうのを必死にこらえて。


「本当の親子ならキスなんてしない? それはどうかしら? …………本当にどうなのかしら? 私は余所よその家庭なんて知らないからそれは分からないわね。だけどね、告白するけど私ファザコンなの。だってそうでしょ? たった7歳の頃にこんなにカッコよくて素敵な父が失踪したのよ。それは父親にコンプレックスを抱いたって不思議じゃないと思うわ。だから私はお父様としても魔王アゼルが大好きだし、──男としても魔王アゼルが大好きなの、わかる?」

 アルトは本来なら秘すべきであろう心情を、恥ずかし気もなく言い切った。そしてその代わりにアゼルの顔が本当に恥ずかしそうに真っ赤になっていた。実の娘が、しばらく見ない間に大変なことになっていると。


「そ、そんなの普通じゃないです」


「知っているわよそんなこと。流石にお母様がいる手前お父様をどうこうしようだなんて思わないし。でもそれは貴女だって同じでしょ? 妻子ある人を好きになっちゃって、それって普通のこと?」

 アルトは微塵の動揺もなく、イリアだけを言葉で追いつめていく。


「それは、だけど。でも私はアゼルが、……そう、アゼルは帰りたくないって言ってるんです。だから私はアゼルを守るの!」


「はあ、話題をすり替えたわね。まあいいわ。問答じゃ答えなんて出ないでしょうし、少しだけ勝負してみる? 私が負けたら素直に帰ってあげる」


「言いましたね。その言葉、信じますよ!」

 その言葉と同時にイリアはアルトへと踏み込んでいく。


 真っ直ぐに聖剣アミスアテナをアルトへと斬りつけるイリア。


 それに対して、アルトは魔剣で打ち合うことを選ばずに二人の間の空間に積層の魔素骨子を展開することで押しとどめる。


「う~ん、お父様と勇者の一戦をとはいえ、これじゃ数秒ももたないわね」

 アルトの言葉どおり、イリアの聖剣は編み込まれた魔素骨子を容赦なく引き裂きほどいていき、ついにはアルトの肉体へと迫る。だがそれはアルトの魔剣も同様であった。

 イリアの聖剣とアルトの魔剣が同時にヒットしてお互いを弾き合う。


「痛ったぁ。剣撃としての威力はほとんど削いだはずなのに、聖剣が身体に触れただけでこんなに痛いの?」

 アルトの紫を基調としたドレスは脇腹の辺りが切り裂かれて彼女の肌が露わになり血が滲んでいた。しかしそれも数秒もしない内に肉体とドレスともに修復されていく。


「でもそれよりも、私の魔剣を本気で打ちこんだのにほとんどダメージなしってことの方がこたえるわね」

 彼女が見つめるイリアの脇腹。そこも先ほどのアルトと同様に防具が破れて彼女の肌が露わになっているが、薄く赤くなっているのみでまともなダメージが入ったとは言えなかった。


「たとえアナタが、……仮に魔王の血縁の力を持っていたしても、私の前では意味をなしません。ですから、諦めてひとりで帰ってください」


「ふふ、面白い。性能では明らかに私より優位なのに、貴女の方がいっぱいいっぱいだなんて。そんなにお父様に家族がいたことを否定したいの」

 戦闘において不利と悟りながら、アルトは薄い笑みを見せてイリアを挑発する。


「っ、黙って!!」

 イリアは感情に急かされるように再びアルトへと斬りかかる。


 その真っ直ぐな剣撃をアルトは容易く魔剣で受け止める。


「イリア、冷静になって。完全に太刀筋も読まれちゃってるじゃない」

 そんなイリアをたしなめるアミスアテナの声。


「ああそういえばこの聖剣は喋るんだったわね。───────偉大なるお父様の力を封印した罪は重い。いずれ貴様は破壊させてもらうぞ」

 アルトがアミスアテナに意識を向けると、彼女の口調はまるで『王』の威風を纏ったかのように変化する。


「カチン、小娘風情が私を、真なる聖剣を舐めないで欲しいわね。イリアがちょっと冷静になってくれたら、貴女なんか真っ二つなんだから」

 アルトの威圧にムキになったアミスアテナは売り言葉に買い言葉といった様相で言い返す。


「おおコワイコワイ。────だけどいいの、勇者イリア? もしも私を間違ってでも殺してしまったら、魔王様はそれでも貴女を愛してくれるかしら?」

 まるで、その心臓を撫で上げるかのように、アルトはイリアに向けて囁いた。


「え?」

 その言葉によって完全に硬直するイリア。


「あは、本当に面白い子よね貴女。うん、お父様が懸想けそうしてしまうのも分かるわ」

 アルトは鍔競り合っていた魔剣を振り切り、一方的にイリアを後退させる。


「だから私も貴女を壊しがいがある」

 そういってアルトは魔剣を目の前に掲げ、


「全ての花は我が前に頭を垂れる。解き放て魔剣グラニア」


 この場の全てを対象にして、その魔剣の力を解放した。

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