第206話 謎の美少女の正体
良く晴れた昼下がり。
見渡しの良い平原にて三人の男女が向き合っていた。
一人は魔王アゼル、漆黒の衣に身を包んだ、長身で見た目二十代後半の顔の整った男性。
もう一人は勇者イリア、白銀の長い髪、同じ色の美しい瞳をした十代半ばの少女。
そして最後の一人は正体不明の謎の美少女、紫色のウェーブがかった長い髪をした
今この三者の間には得も言われぬ緊張が走っていた。
それもそのはず、つい先ほどまで勇者イリアは魔王アゼルに対して一世一代の愛の告白をしていたのだ。
しかしアゼルがその返事をする間もなく、突然そこへ現れた謎の美少女がアゼルの唇を奪い、あまつさえイリアの頬をはたいて言い放ったのだ、…………『泥棒猫』と。
今イリアは叩かれた頬を左手で押さえてジンジンとそこが赤く腫れていくのを感じていた。
「おいキサマ、何の真似だ!」
アゼルはイリアと謎の美少女の間に割って入ってイリアを庇うように立ち塞がる。
右手は軽く開いていつでも魔剣を顕現できる用意をして、臨戦態勢一歩手前といった様子だ。
「あれ? そっちを庇うんだ。私、ショックだな」
対して謎の美少女は戦闘準備に入ったアゼルを気にすることもなく、わざとらしく悲しそうな素振りを見せる。
「何で俺がお前を庇うと思ってんだ。イリア、大丈夫か?」
アゼルは謎の少女への警戒を維持しながらも、背後のイリアを気遣う。
「ありがとアゼル、でも大丈夫だから。ちょっとアナタ、突然人の顔を叩いてくるとかなんなんですか! それも『泥棒猫』だなんて、全然意味がわかりません」
一時呆然としていたイリアも現在の状況を自分の中で整理して自身に非がないことを確認したのか、改めて憤慨した様子で謎の美少女に詰め寄った。
「へえ、思ったよりも気概があるのね貴女。────うんうん、いいわ。…………なかなかに楽しめそう」
だが謎の少女はイリアの言葉にも動じることもなく、ペロリと舌なめずりをしてサディスティックな笑みを浮かべる。
そこへ、
「何だい何だい? 随分とおかしな展開になっているようだけど。う~ん、これは…………
イリアたちの様子がおかしいことに気付いた大賢者リノンがこの場に現れる。
彼の手にはイリアから一時預かってある聖剣アミスアテナも握られていた。
「ちょっとリノン、そんなんじゃないから! ただいきなりこの女の子が出てきてアゼルにキスしたから私は怒ってるだけ!」
リノンの軽口が気に入らなかったイリアはやや怒り気味に答える。
「──────それってまんま修羅場じゃないの」
イリアのその返答に、アミスアテナが思わず口をこぼす。
「おーい、なんか盛り上がってる?」
「む、知らない御仁でござるな」
そしてそこへ二人で模擬戦をしていたエミルとシロナも駆けつけてきた。
「あらあら、手早くことを済ませたかったのに、賑やかになってきちゃったわね。ふ~ん、貴方たちが魔王軍を少数で敗北させたっていう勇者のパーティーなのね」
紫髪の彼女は現れたリノンたちを値踏みをするように見渡す。
「ほう、一目見ただけでそれがわかるということはキミもただ者ではないようだね、ってシロナ?」
リノンが彼女と対話を試みようとしたその時、シロナが既に聖刀の柄に手をかけて謎の美少女へと強く踏み込んでいた。
「『
「え!?」
謎の少女はまるで瞬間移動のように目の前に現れたシロナに驚く間もなく、その一撃は彼女に一切の抵抗の機会も与えずに腹部を直撃した。
それにより彼女は弾丸のように飛ばされていく。
「あいすまぬ、刀が滑ったでござる」
「ってシロナ、何してるの!?」
突然の仲間の凶行に驚くイリア。
「まあ待つんだイリア。今のはシロナの自動反応みたいなものだろう。シロナは『星を斬る』という気概のもとで魔族も含めてあらゆる生物を斬り殺すことはなくなったというだけで、魔族と相対した場合の攻撃性を失ったわけじゃない。───まあつまりは、」
シロナを責めようとするイリアをリノンは制止し、
「ああ、あの子魔族だったんだ」
飛ばされていった彼女を見てエミルはそう呟いた。
そして、シロナの一撃によってどこまでも飛んでいくかと思われた謎の少女は、10数メートルほど飛ばされたところで空間に浮くように停滞していた。その背後にクモの巣状の魔素骨子を展開させて。
「アイツ、魔素骨子を空間に固定してセーフティーネットにしたのか。随分と器用なマネを」
アゼルはアゼルで謎の少女の手腕に素直に驚いていた。
「もう、前もって知っていたはずなのにさすがに速いわねそこの
そして当の彼女は先ほどまでとは雰囲気を一変させていた。
彼女から滲み出る黒色の魔素が周囲の空気を浸食していく。
「ってこの魔素の量は大貴族級じゃない。というか前に戦った四天王とかいう連中よりも段違いに強いわよ」
謎の美少女から溢れ出る魔素を見て、アミスアテナが驚きと緊張の声をあげる。
「貴様何者だ? 俺の知っている限り、今のアグニカルカでセスナ以外にそれほどの力を持った者はいないはずだ」
アゼルも彼女の変容を見て脅威とみなし、いよいよ魔剣を顕現させて戦闘態勢に入っていた。
「ウフ、ウフフフ。いいわ、いいわ、本当に最高! ねぇ、魔王様。もっと言ってくださらない? お前は誰だって。お前はどこのどいつだって。アハ、アハハハハ!」
だがどうしてか、アゼルの言葉がツボにでも入ったかのように少女は歓喜の笑いを上げる。
「何だお前は、気持ち悪い。ああ言ってやるよ、お前はどこのどいつで一体誰なんだ!!」
目の前の得体の知れない少女に対して、アゼルは語気をさらに強めてその言葉を言い放った。
その言葉を聞いた彼女は、まるで絶頂したかのように身を悶えさせて、
「アハ、言った、本当に言った! もう本当に最高にカッコよくて可愛いんだから。やめてよ、今から先のことを考えたら興奮しすぎて、イッちゃうじゃない。────ええ、答えてあげるわ魔王様。私の名前はアルト・ヴァーミリオン。貴方の、『娘』よ」
緊張しきったこの空間に、衝撃的な発言を放り投げた。
続く刹那の沈黙、
そしてその直後に
「「「「「はぁ!?」」」」」
誰もが口を開けて驚きの声をあげていた。
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