外伝 神魔謀逆の賢悠譚‐愚かな賢者の備忘録-
第197話 リノンの独白
私にも、忘れられない罪がある。
いや、忘れてはいけない罪がある。
ああ、自己紹介を忘れていたね。私の名前はリノン・
たまたま生まれ持っていた類まれなる資質と比類なき知性によって深淵の叡智へと手が届いてしまっただけの男。
そう、それだけの男さ。
私が生まれたのは魔族がハルモニアに流入してくる時から遡ること100年前、何の変哲もない町で、特別さとは無縁の両親のもとで生まれた。あ、いや拾われたが正しいか。
別の場所でも語った気がするけど僕は今の世間一般でいう人間とは違う規格、
幸いなことに、貴重なことに、僕の両親はひたすらに善良な人たちだった。良識を持ち、悪徳を好まず、捨てられいる赤子を思わず自分らの本当の息子として育ててしまうようなお人好しだった。だから、僕は彼らの子供でいい。
この世界のあらゆる謎に興味を覚えた僕だったけど、たったの一度も自分の出生についてだけは知りたいとは思わなかった。
私はそんな両親のもとで育ち、彼らも私が捨て子だとはついぞ教えようとはしなかった。だがしかし困ったことに私の鋭い知性は気付いてしまう。どうやら僕と彼らの間に血の繋がりはないのだと。
そんなわけで私は知りたいと思った、僕の正体は一体何かと。
ここで勘違いしないで欲しいのは、私が知りたいのは自身が何者かであるということだけで、誰の血を引いているかを知りたいわけではないということ。人によっては同じだと思うかもしれないけど、そこは全く違うのだと理解して欲しい。
それで私は二十歳を前にして旅に出る。自身を知る旅、まだ知ることのない、誰も知らない叡智を手にする旅へ。両親は寂しがっていたが、若者が外の世界へと興味を抱いて親元を離れるのはそう珍しいことではない。ただ申し訳ない気持ちがないわけでもなかったので、ことあるごとに手紙だけは出すようにした。
そこから先は深淵の叡智を手に入れるまで特筆すべきものがほとんどない。私は世界中を巡り多くを学び、多くを活かし、多くの名声を得た。私の知恵を借りることで10年以上は国の文明が進んだと表彰されることもあった。
だが、私の自尊心はそんなモノでは満たされない。そんな小手先の知恵で感謝されても困ってしまう。自分はこんなモノではない。僕はもっと高みへと行ける。ほんの少しだけ傲慢だったかもしれないけれど、私はそれでも更なる叡智を求め続けた。
そのような日々を送り続けた私は20代も後半に入った頃に「真海」、今でいう「ダンジョン」へと足を踏み入れる。
賢い私はすぐに察した、「あ、これはなんかヤバイ。一歩間違えれば即死する」と。しかし未知への興味が私を突き動かす。俗に「好奇心猫を殺す」とはよく言ったものだ。いやまあ、私は猫ではないから殺されることはなかったけど。
まあこれは臆病ととるべきか、賢明ととるべきか判断が分かれるところではあるだろうが、私はダンジョンに入ってすぐの一つ目の部屋であるモノを見つけてすぐに引き返した。
いや、別に危険なモノを見つけたわけでも、強大な敵と遭遇したわけでもない。ただ、私が入った部屋の中央には台座に載せられた四角い青白く輝く箱があり、そこにこう書いてあった。「深淵なる叡智を求めし者よ、触れるがいい。さすれば汝、世界を改変しうる権能、未来を読み解く権能、そしてこの世界の全てを知りうる権能を手にするだろう。ただ…………」とね。
どうだい? なかなかに胡散臭いだろう? 賢い人間ならここで取る選択肢は一つだ。
そう、私は迷わずその箱に触れたね。
え、何でかって?
そりゃ怪しすぎて逆にイケると思ったからさ。
私が箱に手を触れると、青白い輝きは一層激しくなっていった。そしてそれが収まると僕の左手には分厚い本が、右手の五指は意味深に輝き、そして頭の中では世界を俯瞰して眺める新しい視点が出来上がっていた。
僕がその変化に驚いていると箱に記されていた言葉の「ただ、」から先の文字が浮かび上がってきた。
そこには「引き換えに汝は世界に縛られ、世界者の一人ワールドウォーカーに定められる」と書かれていた。
ん? 何か新しい単語が出てきて混乱したかい?
別に大した話じゃない。要は世界をその足で巡って観測を続けるだけの簡単なお仕事をやれってだけの話。その代わりにこの世界を歩くことに関しては完全に保証するよってね。ほら、僕の今までの行動とさして変わりないだろう?
あ~、あと変わったことと言えば僕の姓は
マイナスに対してプラスが多いんだ、僕は有益な取引をしたと言えるだろう。
探し求めていた叡智を手に入れ、さらには便利で都合の良い能力も手に入れた。
僕はとりあえず満足して意気揚々と両親の待つ実家へと帰ったね。
まあ、僕の実家は、というか住んでいた町は既に滅びたあとだったんだけど。
いや、別にその当時は珍しいことじゃない。多くの国が覇を競いあって、1年の内に片手じゃ数えられない程度の村や町が攻め立てられ、略奪を受けて皆殺しに合うのはよくあることだった。
だから、僕の両親が死んだこともそういった世の流れに沿った出来事でしかない。
僕はかつて自分の家であった場所に立ち寄り、偶然にも破壊を多少は免れていた机の引き出しを開ける。
そこには、僕が旅先から適当に書いて送っていた手紙が、全て大事そうにまとめられていた。そしてフラフラと放浪を続ける僕に送ることのできなかった手紙がいくつか、残念そうに添えられていた。
その中身は、僕の身体への心配、時折聞こえてくる僕の名声を喜んでいること、たまには、顔を見せに帰ってきて欲しいことが書いてあった。いや、最後の文は恥ずかしかったのか消そうとした跡がある。
僕はその時、何も言葉にできなかった。何を思えばいいのかわからなかった。どんな顔をすればいいのか、知りたかった。お笑い
余談ではあるけれど、僕の、両親の町を滅ぼした国は、僕の知恵を借りて文明が10年は進んだと感謝していたその国だった。
僕はそれから2年間、結局一度も手に入れた権能を使用することはなかった。
別に後悔があったわけではない。別に罪の意識があったわけではない。
僕はありのままに為すべきことを為し、辿り着くべき場所へと辿り着いただけ。
そこには善も悪もありはしない。
だからそう、ただ僕にはこの世界の無常さがひたすらに虚しかったというだけの話。
その証拠に、僕は2年経った日から何の躊躇をすることもなく手にした叡知の力を使いまくった。
何より真っ先に、事象を改変・改竄する力『
そして『
正直に言おう、あの時ほど楽しい時間はなかった。
まるで神にでもなった気分だった。
その中で、自分が今いる人間とは異なった存在、
ただ案外実践派な僕は
世界を巡り、知識を吸収し、未来を知って、
いったいどうなったと思う?
そう、僕は飽きていた。
どんな賞賛も、数多の栄光も、知を満たされる感動さえ、それが日常になれば人は慣れ、そして飽きてしまう。
ああ、随分と前置きが長くなったね。
今回話すのは、そんな頃に僕が1人の少女に出会った話。
忘れてはいけない、ひとつの罪の話。
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