第195話 告白
イリアたちの馬車は旅の道すがら、見晴らしの良い平原でしばしの休息に入っていた。
馬車の中ではユリウスとカタリナが地獄のような修行ゲームを生き延び、今は疲労困憊で眠ってしまっている。
さらに外ではエミルとシロナがその続きとして、模擬戦とは名ばかりの実戦に限りなく近い、…………実戦を行なっていた。
ただし、現在のエミルは戦闘用の魔法がほとんど使えないため、シロナが優位かつ彼女にしては派手さの少ない戦闘ではあるが。
「う~ん、休憩の時間にバトルを始めるとか彼女たちは戦闘バカなのかな? それともバカなのかな?」
その光景を眺めながら、到底自分には理解できないとリノンは笑顔で毒を吐く。そして彼の手には何故かアミスアテナが握られている。
「ちょっとリノン様、何でイリアから私を取るんですか? それにイリアも素直に渡しちゃうし」
納得のいかない彼女は抗議の声をリノンに挙げた。
「まあまあいいじゃないかアミスアテナ。たまにはイリアから離れることも覚えないと、いずれつらくなるよ」
涼しげな様子で、リノンはいっそ冷たいくらいの言葉を吐く。
「それは、……でもそれはまだずっと先の話で」
「まったく、これじゃあどっちがどっちに依存してるか分かったものじゃないね」
アミスアテナの態度にリノンは呆れたように呟く。
「ともかく、イリアにとって大事な節目なんだ。キミがいたらつい口を出しちゃうだろ?」
「え? そんな何かが今から起こるんですか? だったらなおさら現場にいないと」
「いやぁ、キミの覗き見、盗み聞きの趣味はどうかと思うよ? はぁ、初めて会った時はこんなんじゃなかったのにな」
「リノン様にその辺りをとやかく言われたくはないんですけど」
そんな風に二人が賑やかに喋る声が聞こえないほどに離れた場所に、イリアとアゼルはいた。
「アゼル、どうしたの? こんなとこに呼び出して」
イリアは少しの不安と、確かな想いを胸に秘めて彼の呼び出しに応じていた。
「いや、別に大した用事じゃなくて、いつものことなんだが。まだ封印をしてないだろ? あまり人前でするのもどうかと思って呼んだだけだ」
「そう、なんだ。でも珍しいね、アゼルから封印のことを持ち出すなんて。何かあったの? せっかく大元の封印が緩んだのにキスしたがるなんて」
「だから、人聞きが悪いだろうが。別にそれが目的でこんな話をしてるわけじゃねえよ」
アゼルはやや恥ずかし気に頭を搔きながらイリアに答える。
「そうなの? ……残念。ま、いいや、それじゃあ早くしようか」
そう言ってイリアはアゼルのもとへと歩み寄る。
あまりにも自然に近づくイリアにアゼルは驚きつつも、目的である
しかし、
「イリア?」
いざ口付けをしようとしたところで彼女の違和感に気付く。
彼女の肩が、震えていた。
緊張で額に軽く汗をかき、その頬は薄く紅潮している。
そして、イリアはアゼルの胸を両手で押して彼から少し距離をとったのだった。
「あはは、私、ダメだね。もう、アゼルの顔をまともに見れなくなっちゃった」
彼女は俯きながらそんなことを言う。
「イリア、どうしたんだ? 何か、あったのか?」
アゼルは心配するように声をかけ、そして内心では一つの可能性に思い至っていた。
「うん、ダメだ。私、ちゃんと、けじめをつけなきゃ」
イリアはアゼルからさらに一歩距離をとって、彼の顔を真っ直ぐに見つめる。
「ねえ、アゼル。聞いてくれる?」
勇者イリアの、いや、少女イリアの真剣な眼差し。
「ああ、聞くぞ」
それをアゼルは、正面から受け止める。
「私ね、アゼルの前に立つとドキドキするの。アゼルの顔を見るとほっぺたが赤くなって自分がどんな顔をしているかわからなくなるの。アゼルのことを想うと、夜も眠れなくなるの」
「……ああ」
「ずっと、アゼルのことを考えちゃう。勇者としてそんなんじゃダメってわかってても、それが止められないの。アゼルが魔王だってわかっていても、この想いが止まらないの。勇者とか魔王とかじゃなくて、1人の女の子として、私はアゼル、貴方のことが好きなの」
真っ直ぐで、純粋で、それこそ無垢純白なイリアの告白。
「……ああ、そうか。─────そうだったんだな」
深く、心に沁み込ませるようにアゼルはその告白を受け止めた。
「ア、アゼルは、アゼルは私のこと、好き?」
純粋ゆえに、純真ゆえに、イリアはさらに一歩踏み出した。
「………………」
だが、アゼルの答えがなかなか返ってこない。
「アゼル?」
不安そうにアゼルを見つめるイリア。
今彼女は、自分がどこに立っているかもわからないほどに緊張していた。
グラグラと入れ替わる地面と空、確かなのは彼女の前に彼が立っていることだけ。
「イリア、俺はお前のことをとても大切に想っている。お前の存在が今じゃ俺の救いになっている。お前から好きと言ってもらえて、とても、とても嬉しい。ああ、正直に言おう。俺はお前が好きだ、お互いの立場など関係なく、俺はお前のことが好きだ。だけど、だけどなイリア、…………俺は、」
アゼルから返ってきた回答。それは確かにイリアを好きだと言っていた。
しかし、
「~~~~~様ぁ」
どこからか、このイリアたちの空気を壊す声が聞こえてくる。
「??」
突然の邪魔に、声の出どころを探してアゼルはキョロキョロと辺りを見回す。
「え、アゼル?」
そのアゼルの様子に、イリアも遅れて第三者の声が聞こえたことに気付いた。
「~~~~様ぁ!」
声は徐々に近づいてくる。
アゼルがその方へ振り向くと、そちらから1人の美少女が手を振りながら走り寄ってきていた。
その少女は美しい紫色のウェーブがかかった長髪に、切れ長の目をした端正な顔立ち、細いウエストと形の美しい胸、濃い紫色で斜めにスリットの入ったパーティードレスにハイヒールという出で立ちだった。
「アゼル、あの人、誰?」
「……知らん、誰だ?」
アゼルは唖然とした表情で走ってくる少女を見ている。だんだんとはっきりとしてくる顔立ちからすると年齢は17歳前後といったところだろう。
「~~~ぅ様!!」
そしていよいよイリアたちへと迫ってきた彼女は、…………一向に立ち止まる気配がなかった。
「何だと!?」
彼女は一切の減速をすることなくアゼルへと抱き着き、そして、
彼の唇を奪った。
「~~~~!?」
あまりに唐突な出来事に抵抗の遅れるアゼル。
数秒の後に彼女は唇を離して、
「久しぶり~、元気にしてた?」
とアゼルに抱き着いたまま話しかける。
「ちょっと貴方、アゼルに何してるんですか!!」
そんな彼女をイリアは明らかな怒りをにじませてアゼルから引き離そうとする。
「ちょっと引っ張らないでよせっかくの再会なのに。って、他に人がいたんだ。全然目に入らなかったわ」
イリアに引き剥がされた彼女は、ここで初めてイリアの存在に気が付いたようだった。
「ふ~ん、貴方が、」
そして彼女はイリアの顔を値踏みするように見て、
パシンッ
何ひとつ遠慮することなく、イリアの頬を強く
「!? えっ?」
突然の彼女の行動に、痛みよりもまず理解が及ばないイリア。
そのイリアに彼女はただ一言、
「初めまして、ずっと会いたかったわ。この
とだけ、言い放った。
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