第194話 そして大境界へ

 魔人ルシアと別れたイリアたちは再び馬車にてフロンターク方面に向かっていた。


 今現在、馬車の中ではエミル、シロナ、ユリウス、カタリナは、移動中も修行だというエミルの発言のもと単純なゲーム形式の修行をしていた。


 それは片手を挙げる合図とともに顔面に飛んでくるエミルの低威力・超高速のパンチを避けるというだけのもので、残る三人に向けてランダムに発射される。


 パンチが来たときには回避し、そうでない場合には身動きをしてはいけないというもので、ミスをしたら簡単なお仕置きが待っている。


 これは反射神経と動体視力、そして何よりも戦闘における避け勘を鍛えるゲームだが、このメンバーの中にシロナが混ざっているのがミソ、いやミスであった。


 三回に二回はパンチの直撃を受けるユリウスやカタリナと違い、シロナは完璧以上に完璧にエミルのパンチを避ける。


 初めの内は冷静に威力を調整していたエミルも、あまりにも華麗にシロナに回避されることで徐々に熱が入り、パンチの威力が少しずつ上昇していく。


 もちろんそんなことをされてたまらないのはユリウスとカタリナで、段々と痛いではすまない威力になるエミルのパンチを実戦さながらの必死の思いで回避していく。

 それがさらにヒートアップするとお仕置き覚悟で動かなければ回避が間に合わなくなり、彼らの避け勘はただの移動時間にも関わらずみるみる内に磨かれていった。



 そして、そんな彼らから少し離れた場所でイリアは膝を抱えて座っていた。


 ルシアの告白が尾を引いているということもあるだろうが、それ以上に何かを考え込んでいる様子でもあった。それ故にアミスアテナも彼女に声をかけることをせずにずっと口を閉ざしている。


 アゼルはそんなイリアの様子を気にしながらも、考えの邪魔になってはいけないと彼女をそっとしており、今はリノンと今後のことについて話をしている。


「なあ、今俺たちが向かってるのはフロンタークの方なんだよな」


「そうだよ魔王アゼル。フロンタークのだよ」

 アゼルの問いに意味深な笑みを浮かべてリノンは答える。


「~~~~っ、じゃあはっきり聞くぞ。……これから大境界に行くのか?」

 もやもやしたように頭を搔き、アゼルは意を決して本命の質問をする。


「そうだね、人間領と魔族領の狭間『大境界』、そこへ行かないといけないね。というかそこを越えて魔族領アグニカルカへと踏み込まないといけない。それがイリアの目的だから」

 自身の現状に煩悶しているアゼルを気にする様子もなく、リノンは飄々と答える。


「…………あっ、そうだ。ホーグロンに行かなくてもいいのかよ? シロナが完全復活したってクロムに教えに」

 アゼルは病院に行かずにすむ言い訳を探す子供のようにそんなことを言い出す。


「シロナはこの前帰ったばかりじゃないか。彼の状態が大きく変わったわけでもなし、それは手紙で十分に事足りることだよ。ちなみにもうすでに僕専用の伝書鳩をクロム殿のところに飛ばしているからそちらも問題はないさ」


「ちっ、随分と手回しがいいな」


「まあ、それが僕の取り柄だからね。どうしたんだい魔王アゼル、

 頬をニヤリと釣り上げ、意地悪げな笑みを見せてリノンはアゼルに問い返した。


「帰りたくはねえよ、……今は」

 それをアゼルは顔をそらしながら、ボソッと答える。


「まあ、朧気にだが事情を把握している者としては君の気持ちはわからなくもない。だが、いつまでも逃げられるものではないし、君はイリアの為に逃げないと決めたんだろ?」


「────本当にてめえは、知ったような口をききやがって。だからこうして逃げ出さずにこの馬車に乗ってるんだろうが」


「はは、そうか。それはすまない。だがまあ安心するといい、僕の読みと予定だとあと数回は大境界を越えるまでに波乱があるだろうから」


「ん? というか予定とか言ってる時点で犯人はお前じゃねえか」


「はっはっは、随分と耳聡い。だけど全ての犯人が僕ではないし、そもそもその犯行が誰かの幸せを目的としたものかもしれないだろ? 推理小説の最後だけを読んで犯人がわかっても意味がないのだよ名探偵。その犯行計画と動機をつきとめなければね」


「お前ほど語るに落ちる犯罪者もいないだろうが、確かに俺には分からないことばかりだ。聞けば教えてくれるのか?」


「そうだね、君が知っておかなければならないことは教えよう。例えばそう、イリアのことだ。君の魂は君自身に返却されたけど実はイリアと君の魂のリンクは続いている。つまり彼女が死んだら君も死ぬ、っていう縛りは継続する。そして君とイリアがキスをしたらある程度の封印がかかるのも変わらない」


「…………まあそこは予想はしてたよ。要はイリアを守ればいいだけの話だ」


「ふむぅ、正しくはあるが理解は不十分だね。そもそも諸事情あって封印対象である君とのキスがトリガーになってはいるが、イリアのレベルが下がるシステムは本来は彼女のための安全機構だ。彼女が限界を超えないようにするためのね」


「ん? おい、それはどういう───」

 リノンの言葉に強く反応するアゼル、しかしそれをリノンは人差し指を彼の唇に当ててそっと制する。


「声が大きいよ魔王アゼル。今はそうだね、イリアが長い時間レベル99の姿でいることは彼女のためにならないってことだけ覚えておくといい。その理由はいずれわかる日が来る。さしあたっては彼女の気が晴れたらまたお互いに封印をかけるといい。また封印は緩んでいるだろうけど、今の姿でいるよりはずっといいからね」


 その台詞を最後に、リノンは口数少なくなり御者の仕事に専念してしまう。

 馬車はゆっくりとフロンタークへと向かう。


 その間、アゼルの胸中はイリアを心配する気持ちでいっぱいだった。

 

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