第193話 もう一度
ルシアがシロナの魔石核作成に着手した翌日、
「よし、完成したぞ!!」
彼の満足した声が響き渡る。
「え、何だって!? もう完成したのかい? いくらなんでも早すぎるだろう」
同じ部屋でアイマスクを着けて仮眠をとっていたリノンが飛び起きる。
「ふん、どういうわけか集中力は切れなかったし、オレにはできるという確信が絶えず湧いてきたからな。つい徹夜してしまった」
そう言いながらもルシアはリノンに完成した魔石核を手渡した。
「おお、確かに完成してる。いやぁ本当にキミには驚かされるね。もちろん僕のバックアップがあってこそだけど、流石にこのペースは驚嘆せざるを得ない。キミの手先の器用さと不屈の精神があってこその偉業だよ」
リノンは手にした魔石核を確認しながらも、彼にしては珍しく手放しでルシアを褒め称えた。
「別にお前に褒められたかったわけじゃない。これでイリアが喜ぶのならオレはそれでいい」
「そうか、そうけしかけたのは僕だったね。だが、これはお礼をしないと僕の気がすまない。どうだい、予備のつもりに残していた残りの魔石、キミが貰ってくれないか?」
リノンはルシアが加工して球体となったもうひとつの魔石を彼に渡す。
「ん、くれるというなら貰うが、これはそんなに価値があるのか?」
「もちろん。それは非常に貴重な純度99%の魔石さ。もし換金すれば一生遊べるほどのお金が手に入るし、他にも触媒の用途など多数の使い道がある。キミの好きなように使うといい」
「そうか、覚えておく」
そういってルシアは懐にその魔石を収めた。
「さて、それじゃあシロナにも目覚めてもらうとしようかな。なあ、魔王アゼル! 聞こえているかい? 僕たちを一階のフロアに集めてくれ」
リノンが大きな声で要望を伝えると、十数秒後に彼らは昨日集まっていた一階のフロアに転移させられていた。
「これで良かったのか? 大賢者」
フロアにはアゼルを始め、メンバー全員が集まっていた。
「ああ助かるよ。みんなに集まってもらったのは他でもない。シロナの魔石核が早速完成した。この短時間で完成したのは間違いなくルシア少年の功績だ」
そういってリノンはルシアの背中を軽く叩く。
「そうなんだ、ルシアありがとう!」
それを聞いたイリアは嬉しそうに彼の手を握る。
「べ、別に大したことじゃない」
手を握られたルシアは恥ずかしそうに顔をそらしていた。
「さあそれじぁあシロナに起きてもらうとしよう」
リノンは完成した新たな魔石核を手際よくシロナの胸部に収納する。
その様子をユリウスとカタリナも固唾を飲んで見守っていた。
だが、なかなかシロナが目を覚ます様子はない。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
それを見て心配になるアゼル。
「魔石核は完璧だったし、問題ないはずだよ。あとは核に刻まれている魔積回路が起動すればシロナは目覚めるさ。だけど確かに自然的に起動するまでには時間がかかるかもしれない。どうだい魔王アゼル、キミが直接魔素を送り込んでくれないか?」
「直接? …………どうやって?」
嫌な予感を感じながらもアゼルは聞き返す。
「どうやってって、こう魔石核に手を添えて魔素を送ればいいじゃないか」
何を当然のことを言ってるのかとリノンは訝しむ。
「ああ、それでいいんだな、安心した。最近はこういう時に口付けしろだのという要求が多かったからな」
「は、僕にその趣味はないから安心してくれ。だけどそこのアミスアテナが残念そうな気配を漂わせているあたり、嘘でもその提案をした方が良かったかな?」
リノンは冗談めいて笑う。
「ちょっと、リノン。わ、私は別にそんなこと思ってなんかないんだから……少ししか」
「そんな嘘をつかれてたまるかよ。それじゃあこれでいいんだな」
アゼルはシロナの心臓部、魔石核が搭載してある場所に手を置いて、ゆっくりと魔素を送り込む。
すると、白磁の陶器人形のようだったシロナに少しずつ「生」の気配が漂い始めた。
「う、……あ」
シロナから漏れ出る吐息。
「いいねぇ、その調子だよ。少しずつ魔素の量を増やしていって」
「ああ、これで目を覚ませよ、シロナ」
アゼルも熱い思いを乗せて、より強くシロナに魔素を注入していった。
「─────うぅ、…………ああ」
そしてついに、シロナが目を覚ます。
「──────アゼル、か。それに皆も。……おはようでござる」
「ああ、おはようシロナ。少し寝坊したな」
それを、アゼルは優しい笑みで迎え入れた。
「良かった、シロナ! 良かった」
目を覚ましたシロナに真っ先に抱き着いたのは、エミルだった。
「このバカシロナ、勝手に死ぬなっての。今度同じことになったら許さないからね」
シロナを抱きしめながら、エミルは瞳にうっすらと涙を浮かべていた。本当の意味でシロナが回復し、ようやく安心することができたようだ。
「気をつけるでござる。エミルとのリベンジマッチも残っているしな」
そのエミルの背中をシロナはポンポンと優しく叩く。
「おや、エミルくんが泣くとは珍しいこともある。……まあ、わからなくもないけどね」
リノンもこの時ばかりは、彼女を茶化すのを控えるのだった。
「うん、良かった。良かったよ、ルシア、ありがとうね」
イリアはルシアの手を両手で握って、強く礼を言った。
「……そうか、イリアの役に立てたのなら良かった」
静かに誇らしく、ルシアは微かに頬を赤く染める。
その光景を、アゼルは横目で見ながら、
「────よし、話すことも色々あるだろうがひとまずこの城を消すぞ」
と通達する。
「え~、せっかく居心地いい場所なのに、そんなに急がなくてもいいじゃないか」
「そうだそうだ~、この城は魔素で満たされてるからアタシも落ち着くんだけど」
リノンとエミルが珍しくタッグを組んでアゼルに抗議する。
「おいおい、魔王の城で居心地を良くするなよ。あんまり長くこの城を顕現させていると周辺住民に見つかってすぐに噂になってしまうだろうが。必要がないならさっさと畳まないといけないんだよ」
「ああ、そういうことかい。それなら僕の力を使えば解決するけど、どうせすぐに出立するなら関係ないか。それにできることなら使用する指も温存しておきたいしね」
「そういうことだ、それじぁ城をしまうからな。『泡沫の夢城よ、我が魂の内に還れ』」
アゼルの宣言とともに城の全てが黒い霧のように霞み、その全てがアゼルの中に吸い込まれていく。
そして彼らは朝日が昇る平原へと放り出された。
「あれだけ大きい城を出したり消したり、本当便利なものね」
やや呆れた声でアミスアテナが呟く。
「でも俺、感動しました魔王様。これだけの大規模な魔素の行使、やっぱり魔王様は凄いですね」
ユリウスは瞳をキラキラと輝かせてアゼルを見ている。そしてそれはカタリナも同様に。
「なるほど、同じ魔族であるこの子らの方が、魔王のこの秘技がどれだけすごいのか肌で感じ取れるみたいだね。それでどうだいシロナ、新しい魔石核の調子は?」
「うむ、今のところまったく問題ないでござる。以前の状態と比べて違和感を感じるところはないな」
「それは素晴らしいことだよ。ルシア少年の熱意が、クロム殿のそれにきちんと追いついたということだからね。まあもちろん僕のサポートがあってこそだが」
「ルシア殿、改めて礼を言わせてもらうでござる。この度は大変お世話になった、ありがとう」
シロナはルシアを前に深く頭を下げる。
「前も言ったろ、別に大したことはしていないし、お前の為にしたことでもない。たまたまオレの得意分野が活きただけの話だ」
「ふふ、謙虚な御仁だ。ルシア殿がどう思おうと拙者が感謝しているのは確か。いつの日か勝手にお礼させてもらうのでそのつもりでいてほしい」
「別にいらんと言っているのに、……好きにしろよ。それより今オレにとって大事なのはイリアだ」
そういってルシアはイリアへと大きく振り向く。
「私?」
そんなルシアをポカンとみるイリア。
(ん? また嫌な予感が……)
そして謎めいた虫の報せを感じ取るアゼル。
「色々と想定外のことが重なったが、今回オレは元々イリアに会ったら伝えたいことがあったんだ」
ルシアは真剣な表情でイリアの両肩を掴み。
「イリアと初めて会って、自分の無力さを痛感して、オレは少しでも強くなるために旅をした。まだまだオレは未熟で、力が足りないことを何度も思い知った。だけど、それでも少しは強くなったと、変わったと思っている。そして、イリアを想う気持ちはあの時からずっと変わらない。まだ弱いというなら強くなる、バカだと言うなら少しでも治して見せる。だからイリア、オレの側にいてくれないか? オレは、やっぱりお前が好きなんだ」
とても真っ直ぐな瞳、とても真っ直ぐな言葉で、ルシアはイリアに想いを伝える。
それに対して、イリアは、
「────うん、ルシア。貴方が変わったのは凄い分かるよ。自分と誰かを傷つけなければ生きることすら危うかった貴方が、今は誰かを助ける気持ちを手にしている。誰にも真似できないことを貴方は成し遂げた。私ね、嬉しかったよ、シロナを助けてくれて。多分、少し前の自分なら、それだけで貴方の気持ちに応えてもいいと思ったかもしれない」
ゆっくりと、誠実に、答えを紡いでいく。
「だけどね、ルシア。ごめんね、ルシア。私ね、ルシアの気持ちには応えてあげられない。私ね、好きな人ができたの。多分生まれて初めてなの。その人のことを想うと、心がよくわからない気持ちでいっぱいになるの。だから、ごめんねルシア。────ごめんね」
ルシアの告白を断るイリアの瞳には、大粒の涙が溢れていた。
「……すまない、イリア。お前を泣かせてしまったな。そんなつもりじゃ、なかったんだ」
ルシアは目をそらさず、悲し気な顔でイリアを見つめていた。
「ごめんね。……ごめん」
「いいんだイリア。気にするな、オレの心は折れていない。見ろ、オレの剣オルタグラムを、傷一つないだろう? オレは強くなった、だからお前が悲しむ理由は一つもない」
ルシアは自身の魔聖剣オルタグラムをイリアに見せてそう言った。彼の言うとおり傷ひとつない刀身、────イリアに見える部分に限っての話だったが。
「それにイリア、初めてなのはオレも一緒だ。こんな気持ちは初めてでコントロールできないのはオレも一緒だ。だからきっと、結局はお互いに好きにやるしかないんだ。オレもこの気持ちに決着がつくまで好きにやるし、イリアもその気持ちに決着がつくまで好きにやるしかない。そういう意味じゃお互いさまだ」
ルシアはイリアに向けて手を伸ばそうとして、途中で何かに気付いたように引っ込める。
「そうだ、オレはまだ旅の途中だったんだ。少し寄り道が過ぎたらしい、また次の場所に向かわないとな」
ルシアはそう言ってイリアたちを残して歩き去っていく。
その背中に、
「おい、ルシア。シロナのこと、感謝している。俺も、何かあった時にはお前に借りを返す。だから、死ぬなよ」
複雑な表情をした、アゼルの声がかかった。
「うるさい、魔王。お前がオレの敵であることは変わらん。いつか必ずオレはお前を超えてみせる、その時までお前こそくたばるなよ」
それにルシアは振り向くことなく、ただ拳だけを掲げて遠くへと行ってしまった。
この場には、イリアのシクシクとしたすすり泣きだけが残る。
「いやはや、彼の気持ちには気づいていたし焚き付けもしたが、まさかこんなに早く動きだすなんてね。若さという奴を甘く見てたよ」
そして空気を一切読まないリノンの独り言が響く。
「お前の差し金だったのかよクソ賢者」
「差し金とは人聞きの悪い。僕は彼の背中を押しただけで、走り出したのは間違いなく彼自身の足だ。それに、若さを甘く見ているのはキミも同じ。次は自分の番だって、覚悟はあるのかな?」
白亜の人形は目覚めて、魔人の少年は去った。
成長し、大きくなり、複雑に絡み合うそれぞれの気持ち。
賢者の残した言葉が何を指しているのか、答えが出る瞬間はそう遠くない。
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