第192話 彼の部屋2

魔人ルシアがシロナの新たな魔石核の作成に取り掛かろうという頃、イリアたちは彼女の希望でアゼルの部屋へと入っていた。


「俺の部屋に来たいというから何かと思えば、そんな絵を見て楽しいか?」

 アゼルは手ごろな椅子に座りながら、一枚一枚じっくりと絵を鑑賞するイリアを眺めていた。


「もちろん楽しいよ。だってこの一枚一枚からアゼルの今までが伝わってくるんだもん」


「…………そういう楽しみ方もあるのか。まあ時間もかかるだろうし、そんな暇つぶしがあってもいいか」

 そんなことを呟きながら、アゼルは片手を軽く上げて魔素で構成されたスクリーンを浮かび上がらせる。そこには今まさに作業に取りかかろうとしている、リノンとルシアの姿があった。


 そして黒い寝台にはシロナが横たわっており、胸のあたりの衣服が大きくはだけて白磁のような肌があらわになっている。


『それじゃあシロナ、これからキミの魔石核の作成に入るから、キミにかけている焦点化リアルフォーカスを一旦解除するよ。しばらくはまた意識を失うことになるけど、こうしないと新しい魔石核の稼働状態が確認できないからね』


『了承したでござるリノン。それにルシア殿、ご迷惑をおかけする』

 シロナは、上半身だけを起こしてルシアに頭を下げる。


『ふん、別にお前のためにやるわけじゃない。だがお前には前に負けた借りもあるし、回復したらまた戦ってもらうからな。ほらさっさと始めるから横になれ』

 ルシアはそっけない態度でシロナを再び寝かせる。

 それと同時にリノンの焦点化リアルフォーカスの効果が切れたのか、シロナは目を閉じたまま何も喋らなくなった。


『さて、ここからが大変だよルシア少年』

 そういってリノンはシロナの胸に触れ、いくつかの謎の手順を踏むことでその胸部が開きシロナの機械的な部分があらわになる。


『え~と、クロム氏から預かった設計図に従うと、こうして……こうだっけ?』

 さらにリノンは複雑な工程をいくつか挟み、そうして無事シロナの魔石核を取り出した。

 それは球状の黒石に緻密な幾何学模様が幾層にも描かれたモノだった。


『それがコイツの核なのか?』


『そうだね、そしてこの核が機能しなくなっているからこそ、シロナは僕の力がないと目を覚まさなくなっている。キミに依頼したいのはこの魔石核の完全な複製さ』


『少しそれを見せてみろ。…………………………何だコレは? これは人間が作れるようなものじゃないぞ?』

 シロナの魔石核を手にしたルシアは、ゾッとした表情であらゆる角度からそれを検分している。


『もちろん人間ではなく、魔人が作ったモノだからね。つまりキミにもできる、……とはいっても期間を設定することはできないから、多少時間がかかっても構わないさ』


『多少時間がって気軽に言うなバカ野郎。これは本来十数年単位で取り組むものだろ。ったく、とりあえずはやってみるが、できなくてもオレのせいにするなよ』

 そういってルシアはリノンから受け取っていた毒竜の角を軽く手に取り、その一部を両手で包み込んでシロナの魔石核と同じサイズの球状の魔石に加工する。


『!? え、ルシア少年。今の加工どうやったんだい? ふつうは今の工程だけでもかなり時間がかかるだろ?』

 珍しくもリノンが驚きの表情でルシアと彼が作成した魔石を交互に見る。


『どうも何も、ひとまずは同一のサイズをイメージして必要な分だけを切り取っただけだ。残りが扱いづらくなるというならこっちも加工するぞ』

 そういってルシアは残っていた毒竜の角も球状の石に変化させてしまった。


『おやおや、これは驚きだよ。え~と何々、ああキミは自分の魔素を精製して銃弾にすることもできるのか。これも才能という奴だね。キミはこの世界で誰よりも魔素や魔石の精製・加工を得意としているのか』

 リノンは片手に深淵解読システムブックを取り出して、何事か語り始めた。


『何だ突然、気味の悪い奴だな。とにかく大変なのはここからなんだ。邪魔をするなら席を外せよ』

 ルシアはそれっきりリノンの言葉が耳に入っていないかのように集中し、設計図と元の魔石核を見比べながら慎重に新たな魔石の中に紋様を刻んでいった。


『いやはや、恐れ入るよ。僕の力を加味しても1週間は覚悟していたのに、これは随分な当たりを引き当ててしまったみたいだね。さて、魔王アゼル、こっちを見てるんだろ? 見てのとおり順調そのものさ。だから安心してイリアとイチャつくといい』

 リノンはそう言って頭上を見上げ、スクリーン越しに覗いていたアゼルと視線が合う。


「誰もイチャついてないだろうが。ちっ、本当に得体の知れない奴だな」

 アゼルは苛立ちとともに手を振ってスクリーンを掻き消した。


「え、アゼルどうしたの?」

 そんなアゼルの独り言が耳に入ったイリアは、絵の鑑賞を中断して彼を見る。


「何でもない、どうやら作業は順調らしい」


「そうなんだ、良かった」

 それを聞いたイリアは花のような笑顔を見せる。そしてその表情を見たアゼルは何を思ったのか、じっとイリアを見つめて考え込む。


「?? アゼル?」


「いやなにまだ時間があるようだからな、少し思い至っただけだ。そのまま絵を見るのを続けてろ」

 そう言ってアゼルは部屋の中を歩き回り、必要な道具を揃える。そして再び椅子に座り、脚を組んで画板に挟んだ真っ白な紙に何かしら描き始めた。


「あれ、アゼル、もしかして私を描いてる?」

 突然の彼の行動に驚いたイリアは振り向こうとするが、


「じっとしてろイリア、基本俺は風景画しか描いたことがないから難しいんだ」

 真剣な表情でイリアを見つめるアゼルに止められてしまう。

 アゼルは完全に集中して絵の世界に没入したように、一心不乱にイリアを描き続けた。


「随分と勝手な言い草よね。モデルにするならするで本人の了承くらい得なさいよ」


「いいよアミスアテナ、それに、もうアゼルには聞こえていないみたい」

 イリアは諦めたように手にしたアゼルの絵を見つめ、そして新しい描画に取り掛かる彼を想って静かにこの時間を過ごした。

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