第191話 アゼルの城、再び

 突然飛び出てきた魔人ルシアに一時騒然となるイリアたち。

 しかし、リノンだけはそれを予知していたかのように平然と彼との応対を始めた。。


「やあやあルシア少年。キミが起きるのを待っていたよ。何、僕と戦いたい? いやいや、キミにはもっと重要な仕事があるのさ。そう、ウチの大切なシロナを完璧に修理するという大事な仕事がね」

 リノンは大仰な仕草で語り、最後は人差し指を立てて「ねっ」と付け加えた。


「…………何だこの男は? 頭に虫でも湧いてるのか?」

 そのリノンにルシアはドン引きしたように一歩下がる。


「ちょっと待ってよリノン。ルシアにシロナの修理を任せるつもり?」

 突然ルシアと交渉を始めたリノンに不安を覚えたイリアが慌ててかけつける。


「そうだよ、何か問題があったかな?」

 リノンはイリアに実にいい笑顔で返す。


「あるに決まってるでしょ! シロナはクロムさんが長年の研究の果てに完成させたオートマタだよ。それがルシアにいきなりできるわけないじゃない。ね、ルシア、ルシアもオートマタを作った経験とかないよね」

 イリアは一応の確認をしようとルシアにも話を振る。

 彼女に声をかけられて、ルシアはやや赤面しながらも、

「オートマタ? 経験なんてあるわけがないだろ。一応の知識として学習したことがある程度だ」

 そのような経験はないと、はっきりと答えた。


「イリアも相変わらず正攻法が好きだねえ。僕が提案するモノなんて裏技以外ありえないっていうのに。いいかい? 『シロナは魔人クロムが作ることができる』、これは世界における真実だ。それを僕の焦点化リアルフォーカスで『シロナは魔人が作ることができる』と誤読する。これで条件は成立さ、時間は多少かかるかもしれないが、今からホーグロンに戻るよりは早くシロナを元に戻せる」


「え、それで大丈夫なの?」

 リノンの説明を聞いてもなお不安そうなイリアは、リノンとルシアの顔を何度も見る。


「まあもちろん、魔人ルシアの同意があってのことだけどね。どうだいルシア少年、少し僕らのためにボランティア慈善活動なんてしてみないかい?」


「ふざけるな、オレになんのメリットがあってそんなことを───」

 しなければならないんだ、とルシアが言い切る前にリノンは彼の耳元に近づき、


「イリアの好感度を上げるチャンスだよ少年。好きな子に好かれたいなら好きな子の好きなことを自分の好きという気持ちを隠しながらしてあげるといい」


「???」

 リノンの「好き」というワードの連続混入に混乱するルシア。


「つまりはさ、下心なしであなたの役に立ちたいと思っていると証明するのさ。例えば、困っている彼女の仲間の為にキミの力を貸してあげる、とかね」


「!? そうなのか。よし、イリア、話はわかった。そのオートマタのことはオレに任せろ」

 リノンの言葉で乗り気になったルシアは胸をドンと叩いてこの件を了承したのだった。




「お~い、話はついたよ。この魔人ルシアくんにシロナの新しい魔石核を作ってもらう。だが、さすがにこんな野っ原で何日かかるかわからない作業をさせるわけにもいかない。今日だってもう日も落ちてきたしね。というわけで魔王アゼル、『城』を出してくれ」

 アゼルのところへと戻ってきたリノンは突然そんなことを言いだす。


「は? 何言ってんだお前は」

 そんなリノンにアゼルはゴミを見るような視線を向ける。


「だから城だよ城。僕も知識を同期したから知ってるよ、キミは任意で魔城を出せるんだろ? さ、早く早く、今のキミなら造作もないはずだよ」

 しかしそんなアゼルの視線を気に止めることもなくリノンは要求を続けた。


「人を簡易宿屋代わりにするなっての。……だがまあそれがシロナのためになるなら仕方ないか。いいか、これはシロナのためにするんだからな」


「はいはいツンデレツンデレ。いやあいいねぇ、キミみたいな出張ホテルがいてくれると今後野宿とは無縁じゃないか」

 あっはっはと、リノンは高笑いしている。


「…………お前だけ追い出すっていう選択肢もあることを忘れるなよ。ふう、『顕現せよ王の棺、その偉容をもって我が王権をここに示せ、アゼルクアルカ』」

 アゼルの呼びかけとともに周囲一帯が黒い空間に包み込まれ、次の瞬間には巨大な魔城が出現した。


 そしてアゼルたちは魔城アゼルクアルカの一階フロアに転移する。


「うわぁ、何度経験してもスゴイ能力だよねコレ。ねえこれって魔王以外にもできるの?」

 エミルは辺りを見渡しながら興奮した様子でアゼルに聞く。


「こういった魔城は基本的に魔王の系譜にしか扱えん。逆に言えば魔城をその魂に宿すことが魔王の条件と呼べるのかもしれんが」


「拙者は前回は意識がなかったから初めてでござるが、いざ目にすると壮観だな」

 シロナも表情には出ないものの静かに感動している。


「まあ今回は前と違って迎撃モードではないから静かなもんだがな。というか英雄ラクスにほとんどの罠と魔物を撃破されているからもう迎撃モードに入ることはできないが」


「そうなんだねアゼル。でもこうやって安心できる場所を用意してもらえるだけで凄く助かるよ」

 イリアはぴょんとアゼルの横に立って彼の手を握った。


「!? イリア?」

 そしてその光景を見て少し狼狽するルシア。


「さて、それじゃあ魔王アゼル、適当に集中できる部屋にシロナと僕とルシア少年を案内してくれるかい?」

 リノンはそんな彼の注意を逸らすようにパン、パンと手を叩き、アゼルに案内を促す。


「ああ、それじゃあ静かな部屋に転移させるから変な抵抗するなよ」

 そういってアゼルが指をパチンと鳴らすとリノンが指定した3人の姿が掻き消える。


「お、スゴーイ。この城の中なら何でもありだねアゼルは。ちなみにこの1階って多少暴れても大丈夫? そろそろユリウスとカタリナが起きるから稽古の続きしてあげようと思うんだけど」

 エミルはユリウスとカタリナを抱えてアゼルに確認をとる。


「魔法ありのお前だと安心はできんが、今のお前なら多分大丈夫だろう。あとその二人をあまりいじめるなよ」

 

「いじめじゃないし、可愛がりだし。それにこれはアタシにとってもいいリハビリになるからね」

 エミルは深呼吸しながら自身の魔奏紋の状態を確認する。

 うっすらと彼女の腕に浮かび上がる黒い紋様。少しずつではあるが彼女の状態も回復に向かっているようだった。


「それじゃあ私たちはどうするイリア?」


「そうだねアミスアテナ。…………あ、アゼルお願いしてもいい?」

 イリアは申し訳なさそうに上目遣いでアゼルを見る。


「ん? 何だ?」


「私ね、アゼルの部屋に行きたい」

 

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