第190話 毒竜打倒、それから
毒竜ヴェノム・ハデッサの角を見事手に入れたアゼルとリノンは悠々と冥府の大沼から帰還した。
「というか突然大人しくなったなあの毒竜、また沼の中に潜っていったぞ」
「それはそうだとも、毒竜の認識から僕らを除外したからね。縄張りを侵す者がいない以上、彼が暴れる理由もないさ」
アゼルとリノンは他愛もない話をしながら馬車のもとへと帰ってきた。
「二人ともお帰り!」
戻ってきた二人に、ずっと待っていたイリアが駆け寄っていく。
それを、リノンが両手を広げて待ち構え、
「おお、イリア。無事にヴェノム・ハデッサの角は手に入れたとも。わざわざハグしに来てくれるなんて嬉しいねって、あれ?」
イリアに華麗にスルーされた。
「お帰りアゼル! 大丈夫だった? 怪我しなかった? リノンが殺したくなるほどウザくなかった?」
イリアはアゼルの胸に飛び込み、下から見上げながら矢継ぎ早に心配の質問をする。
「ああ、身体は大丈夫だイリア。あとリノンはあれだ、殺したくなるほどウザかったし、実際殺そうとしたが死ななかった。まあ、色々あったがなんとかなったよ」
アゼルはイリアの瞳が直視できずに視線をそらしながら、それでもポンと彼女の頭に軽く手を乗せる。
「えへへ、それなら良かった」
それをイリアは幸せそうな笑顔を浮かべて受け止めていた。
「おいおい、僕が殺されそうになったってワードを聞かなかったのかい? イリアはいつも僕には冷たいなあ」
「それよりリノン! 魔王の封印に何か細工をしたでしょ!? さっきの戦いの最中に私のコアから何か抜けていったんだけど」
イリアの抱擁の代わりにリノンにはアミスアテナからの厳しい糾弾が待っていた。
「ああそれかい、もちろんしたとも。この前キミと二人きりで話をしたときにこっそりとね。今キミの封印の中から魔王アゼルの魂部分だけは彼に返却されているのさ」
リノンはさも素晴らしいことをしたかのような態度でアミスアテナに説明する。
「ちょっと、何勝手なことをしてくれてるのよ、このポンコツ大賢者!」
しかしアミスアテナはこのリノンの行為がお気に召さなかったようで彼を強く罵倒した。
「ひどい言い草だなあ。だけどおかげでキミもかなり楽になったろ? 以前は魔王を封印するためにキミのキャパをかなり圧迫していたみたいだし、実は限界寸前だったはずだよ」
「え、本当なのアミスアテナ?」
それを聞いたイリアは心配そうに自身の聖剣を覗き込む。
「う、まだ頑張れたわよ、まだ」
「ハ、そこまで無理しないといけないなら最初から封印するなって話だ」
「まあ仕方ないさ、彼女の想定よりキミの存在力が大きかったって話だからね。それにキミの魂を解放したおかげで彼女の能力にも余裕が出来たし、魔王の残りの力は完全に封印できたわけだ」
リノンは何でもないことのようにさらなる事実を付け足す。
「何? ということは──」
「今後は今までのように少しずつキミの封印が緩んでいくことはなくなったよ。アミスアテナを完全に破壊でもしない限りは無理さ、そして魔族であるキミは無垢結晶であるアミスアテナを壊すことなど到底不可能。どうだい、これぞ完璧な封印だろ?」
「ふざけるな! それじぁあ俺はこれからずっとこのまま…………、まあいいか」
リノンの話を聞いてアゼルは一瞬激昂するかと思いきや、すぐに冷静に落ち着いていた。
「おや、予想外の反応だね。自分の力に未練はないのかい?」
「ん、ないわけではないが、正直今のままでも大した不便がない。そりゃ楽はできなくなったかもしれんが、俺は別に楽がしたいわけでもない。力をこうやって封印されてから気付いたが、俺は生まれ持った力だけで随分と近道をしてきてしまったみたいだからな。今みたいに少しずつ戦いかたを学んでいくのは、正直楽しいんだ」
どこか清々しい表情でアゼルは言う。
「へえ、本当に正直な気持ちみたいだね。ショートカットやチート上等の僕としては非常に耳が痛い話さ。──さて、そろそろここに来た本題に戻ろうか。シロナを完全復活させないとね」
リノンは話題を逸らし、二人をシロナたちのもとへと促していく。
「シロナ、エミルくん、こちらは無事ミッションコンプリートだよ。そっちの修行も区切りはついたかい?」
「お疲れでござるリノン、それにアゼル。魔石を手に入れてもらい、感謝だ。修行は…………見てのとおりだ」
シロナとエミルの側には疲労困憊で動けないユリウスとカタリナが横たわっていた。
「お疲れ~二人とも。ユリウスもカタリナも筋が良いからついしごいちゃった。1時間くらいは起きないんじゃないかな。それにしてもリノンまた何かやらかしてたでしょ。アゼル大丈夫? リノンを殺したくならなかった?」
「それはさっきも聞かれたよ。そして殺せなかったが正解だな」
「まったくキミらは、僕の命を何だと思ってるんだい。まあこれ以上僕が茶々を入れると話が進まないから自重するとしよう。シロナ、早速だけどキミの治療を始めようか」
リノンは毒竜の角を取り出してシロナを促す。
「ん、それは望むところでござるが、主クロムもいないここでするつもりなのか?」
「ああそうさ、僕はできることはさっさと済ませてしまいたい
そう言ってリノンは懐から筒状に丸められた一枚の用紙を取り出す。
「それってもしかしてシロナの魔石核の設計図? でもそれがあってもその毒竜の角の魔石を加工できる人がいないじゃん」
リノンが広げた設計図を覗き込みながらエミルは重大な欠落を指摘する。
「そんなことはないよエミルくん、条件は整ったって言ったろ。…………そろそろ起きるよ」
彼がそう口にすると同時に馬車から物音が聞こえる。
そして次の瞬間には、
「いたなさっきのクソ賢者! 俺はまだ負けてない! もう一度戦え!!」
ぐっすり眠って元気いっぱいの魔人ルシアが飛び出してきた。
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