第189話 決意
「俺は、俺は─────」
毒竜の咆哮と鬩(せめ)ぎあいながらも、アゼルはリノンの問いへ答えを出そうとしていた。
「どうしたんだい、魔王アゼル。悩む必要はないだろ、キミの縛りは今すべて解き放たれた。ここでその毒竜に勝ったのなら勝ったで、好きなところに行くといいさ」
アゼルを冷たく突き放すようなリノンの言葉。
それに対して、
「違う、俺は、イリアとともにいる」
俯(うつむ)きながらも力強く、アゼルは答えた。
「へぇ、何で? キミにそんな資格があるのかい? 魔王であるキミに、イリアの不幸の鍵となるキミに、それに─────」
「ねぇよ! 俺に資格なんてあるわけないだろ! だけど、それでも俺はあいつと一緒にいたいんだ」
嗚咽(おえつ)をこらえるように、アゼルはその言葉を吐き出した。
「何だい、200歳にもなって随分とわがままな奴だなキミは。そんなのは僕だけの特権だっていうのに。…………どうして、そう思うんだい? それでキミは、どうするんだい?」
リノンからアゼルを追いつめるような雰囲気が消え去り、彼は優しく続きを促した。
「俺は、イリアが俺の為に流した血を忘れない。俺は、イリアが俺の為に流した涙を忘れない。イリアとともに生きたいと願った明日を、俺は絶対に忘れない。だから、俺はあいつの為になら世界の全てだって背負ってみせると、そう思ったんだ」
そう言って彼は、顔を上げた。
「ほう、そうか。世界を背負うとは大きくでたね。キミに、その覚悟があると?」
「ああ、やってやるさ。だからあいつを不幸になんかしない。世界を背負うついでだ、イリアにのしかかる不幸だろうと全部背負ってやるよ。だから、俺が死ぬのはここじゃないんだ!」
アゼルの目が見開き、今初めて毒竜を正しく見据える。
「悪いなヴェノム・ハデッサ。俺の都合のために、お前の大事なモノ、貰うぞ」
アゼルの言葉に反して魔剣シグムントは出力を落としていき、毒竜の魔素粒子砲が魔剣に直撃する。
「魔王アゼル、まさか君は、」
目の前の光景に驚くリノン。
アゼルの魔剣に直撃しているはずの毒竜の魔光は何の破壊運動も起こさずに、まるで魔剣に喰われているかのようだった。
「魔王に必要なものは莫大な魔素を生成し、その魔素を保有する魂の器だ。それが今ここに還ってきた以上、この程度喰らい尽くせないで何が魔王かよ!」
アゼルはヴェノム・ハデッサから放たれた魔素の奔流を全て取り込み、さらにそれを魔剣シグムントの刀身で加速させた。
シグムントから解き放つ魔素をさらに集束して加速させる無限機構。その永遠とも思われるエネルギー活動が魔剣の切っ先へとゼロ収束していき、
「アルス・ノワール・ゼロ!!」
魔剣から放たれる超高速、超高密度の一条の黒き光が、毒竜ヴェノム・ハデッサの額を貫いた。
沈黙する巨大な毒竜。
「お見事、アゼル。キミは全ての条件をクリアした。そう、毒竜を殺さずにその魔石のみを手に入れることも含めてね」
キーンと甲高い音とともに宙に舞う毒竜の角。
アゼルのアルス・ノワール・ゼロは、毒竜の額のその角のみを正確に貫いていたのだ。
「ちっ、まるで全てがお前の手のひらの上だったような言い方だな」
リノンの言葉に多少の苛つきを感じながらも、アゼルはどこか煩悶の落ちたような顔をしていた。
「手のひらの上だなんてそんなことないさ。物事がどっちに転ぶかなんて僕にもわからないことだし、それに僕はキミがここで死ぬという選択肢も全然ありだと思ってた」
「なおの事悪いわ!!」
「いやまあ、それでもキミがあの毒竜の角を折ってくれないと困ったのも事実さ。実はアレ、確認した時に目標の純度99%に届いてなかったんだ」
「何!?」
「だからキミとあの毒竜を散々煽って盛大に戦ってもらい魔石の純度を上げる必要があったのさ。ほら、その怪獣大決戦みたいな戦いのおかげで無事に純度99%の魔石が入手できたよ」
そういってリノンは、いかなる手管で引き寄せたのか、手にした毒竜の角をアゼルへと見せる。
「何だよそりゃ、やっぱりお前の手の平の上じゃねえか」
アゼルはいい加減に疲れたのか、呆れ果てた顔をしていた。
「それは仕方ない。世界も神も、魔王すら謀りにかけてこその大賢者だからね」
対してリノンはこれまた悪びれもせず、実に気持ち良さそうに笑うのだった。
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