第187話 揺れるアゼル
リノンから唐突にイリアの未来を告げられたことにより、茫然自失となるアゼル。
「嘘、だろ? 俺と一緒にいることで、イリアが、不幸になる?」
冥府の大沼の水面に両手をついて、アゼルは放心していた。その湖面に写るのは、ある絶望を突きつけられた男の顔。
「いいや、嘘じゃないさ。この魂に誓ったっていいとも。あいにくとどんな不幸なのかは口にできないが。僕が未来を言葉にすると、それが本当に確定してしまいかねないからね」
リノンはそう言ってふわりと毒竜の肩から飛び立ち、アゼルの目前へと着地した。
そして彼が先ほどまで座っていた毒竜ヴェノム・ハデッサはまるで巨大な彫像のように動かなくなる。
「今、世界の時間を止めた。というか僕たち二人だけに時間の流れを焦点化してある。だからいくらでも悩む時間はあるよ。……それで、どうする? イリアの不幸な終わりの側に必ず君がいるというのなら、それを回避する方法は分かりやすいだろ。君が彼女の側から離れるか、死ぬかだ」
リノンは放心しているアゼルの顎を引き上げて、その瞳を見据えて選択を迫る。
「…………だが、今の俺はアミスアテナの封印で死ぬことも、イリアから離れることもできないんだぞ」
アゼルはまるで突然ハンマーで殴られたかのように混乱する頭で、どうにかその言葉を絞り出す。
「ああそれか。大丈夫、それもすぐに解決するさ」
「解決する、だと?」
「もちろん、それもまもなくね。だからそんな言い訳探しはしなくていいよ魔王アゼル。今の君に必要なのは選択だ。イリアの側に残るのか、それとも……」
「はっ、何だそれなら答えは簡単だろ。俺は今まであの
アゼルは半笑いになりながらゆらりと立ち上がる。
「────そうかい、それは良かった。思ったよりも決断は早かったようだね」
そういってリノンはゆっくりとアゼルから離れていく。
まるで、何かの射線から逃れるように。
「おい、お前っ」
「さて、止めた時間を解放するよ。ちなみに時間を止めた反動で今度は周りが速く動き出す。それと実は君がさっき心ここにあらずだった時に、あの毒竜は君に向けて大技を放つ直前だったんだよね」
その言葉を聞いてアゼルが毒竜ヴェノム・ハデッサに視線を向けると、毒竜の咢に周囲の魔素が高密度に収束しており今まさに解き放たれる寸前だった。
「お、あれはまるでさっき君が僕に放った技と同じ魔素粒子砲だね。まあその規模はかなり大きいようだけど」
完全に射線から外れて安全圏へと移動したリノンは実に暢気に毒竜の様子を解説する。
「ちっ」
もはや回避は不可能なタイミングと判断したアゼルはリノンに悪態をつく余裕もなく、すぐさま魔剣シグムントを構えて極技アルス・ノワールの発動準備に入る。
「おっと、ここで朗報だ。君が次に今の能力以上の力を引き出そうとしたとき、君の魂魄はアミスアテナから解放されて君のもとへと戻る。それで晴れて君の疑似的な不死は消えて、同時にイリアの側にいないといけない理由もなくなるよ」
「─────だからどうした。願ったり叶ったりじゃねえか! アルス・ノワール!!」
まさに今、毒竜から放たれた暗黒の巨大なレーザーに対してアゼルは最大の技を繰り出す。
「ウォオオオオオオオオ!!」
迸るアゼルの黒き極光、しかしその光を抉り穿つように毒竜の魔砲がアゼルに向けて直進する。
「ハッ、本当にクソ強いなこの竜は。それじゃあキサマのお望み通りに、限界を超えてやるよ!」
アゼルはその宣言と同時に自身の魔素炉心を可能な限り、いやその限界以上に回し燃やす。
それとともに、ピキッ、ピキッと何かが開く音をアゼルは聞いた。
そしてどこからともなく黒く深い霧が現れてアゼルの中に取り込まれていく。
「ん、この感覚は」
自身の力が確かに底上げされたのを感じるアゼル。
「おめでとう魔王、君の魂は君の中へと還元された。これでいつでも死ぬことができるよ」
乾いた拍手とともにアゼルを祝福するリノン。
「ふざけるなよ、これだけ力が戻ればこんなクソ竜ごときに負けねえよ」
魔剣シグムントから放出される魔光が威力を増して毒竜のそれを押し返し始めた。
「まあ確かに力が戻ったことで君に勝ちの目が出てきたね。────ああ、そういえばきちんと確認してなかった。これで毒竜に勝ったら、君はイリアから離れるんだっけ?」
「あぁ? そんなの決まってるだろ。────俺は、イリアから…………イリア、から」
リノンに即答しようとしたはずのアゼルは、自身でもわからない謎の感情によって答えに詰まってしまう。
「おや、これはおかしいね。君はさっきはっきりと口にすると言ってたはずだが。それじゃ改めて聞こうか。────
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