第181話 ルシアと再会
イリアたちの乗る馬車がハルジア側からアスキルド側へと向かう最中、突然止まってしまう。
「おい大賢者、どうした?」
何事かと御者台へ顔を出すアゼル。
「いやなに、少年が道に立って通せんぼしてるものでね。一応止まってあげたのさ」
リノンの視線の先には一人の若い男が立っていた。
「少年? ってコイツは────」
「そこの馬車! オレの名はルシア。お前たちの中に強いヤツはいるか? 修行のために手合わせ願いたい。…………ん? そこにいるのは魔王か?」
馬車の前に現れたのは、魔人の少年ルシアだった。
「げっ」
ルシアの顔を見てアゼルは非常に嫌そうな顔をする。
「おや、君の知り合いかい魔王アゼル?」
「知り合いってほどじゃない。ただ時々絡んでくるうっとうしいガキだよ」
「アゼルどうしたの? って、あれ? ルシアだ」
アゼルと同様にイリアも荷台の方から顔を出す。
「おお、イリア! 久しぶりだな。会えて嬉しいぞ」
ルシアはイリアの顔を見た瞬間、本当に嬉しそうに笑う。
「え、うん。私も嬉しいけど、ルシアは何してるの?」
「武者修行の真似事だとよ。というかコイツ、俺たちが中にいるって知らないまま声かけたんだろ。まさかあちこちでこんな事してるんじゃないだろうな」
「勝手にお前が答えるな魔王。イリア、お前に相応しい男になるために修行を重ねてきた。この前は英雄を名乗る女とも戦ってきたぞ。レベル255とかいう化け物だったが」
ルシアの口からしれっととんでもない話が飛び出る。
「!? お前英雄ラクスと戦ったのか!? こんな調子で勝負ふっかけてよく生きていられたな」
さすがにアゼルも驚いた様子で表情が固まってしまう。
「本当に死ぬかと思った。だがオレが何度も立ち上がっているうちにアイツは帰ってしまったぞ」
「ああ、お前がいつまでたっても負けを認めないもんだから、アイツも根負けしたんだな。まさかあの英雄にそんな勝ち方があったとは」
アゼルにはその光景が目に見えるように思い浮かんでしまう。
もちろん、それは本当に勝ちと言えるものではないし、彼女にそもそも殺す気がなかったが故のことだったのだろうが。
「それでルシア、もしかして今日も私たちの誰かと戦うつもりなの? 今日はエミルさんもシロナも調子が悪いし、大事な用があるからあまり相手をしてられないんだけど」
「大丈夫だイリアすぐに済む。ここで魔王に会った以上、お前を倒してオレがイリアに相応しいことを証明する」
ルシアはアゼルを指差して打倒魔王を宣言した。
「う、まためんどくさいことを。…………おい大賢者、お前なら手早くコイツを片付けられるんじゃないか? コイツは打たれ強い上に意志が固いから俺がやると時間がかかる」
「お、早速僕を頼ってくれるとは信頼の証かな? いいよいいよ、それなら僕の腕前を見せようじゃないか。それに、彼は魔人なんだろ? ──実に好都合、ぜひ確保しておきたいしね」
「ん??」
アゼルはリノンの最後の言葉の意味が理解できなかったが、リノンはそれを気にすることなく軽快に馬車を降りてルシアの前に立った。
「何だお前は? オレが戦いたいのは魔王だ」
ルシアはリノンが出てきたことへの不満を隠さない。
「まあまあ少年、君の気持ちも分かるが世の中には序列というものがある。魔王と戦いたければ、まずはこのパーティーで最弱の私を倒して見せるがいい」
リノンはルシアの不満げな態度も気にすることなく芝居がかった振る舞いをする。
「ふん、レベルは80か、確かに他の連中と比べると弱いらしい。だが職業が大賢者とは一体なんだ?」
ルシアは灰色の髪を掻き上げ、現れた蒼色の左目でリノンを見据えて解析する。
「おや、随分と正確に情報を読み取られてしまった。君は相当貴重な眼を有しているようだね。いったいご両親はどちらの生まれかな?」
「親のことなどオレは知らん。それよりお前、何だ、何かおかしいぞ。次のレベルまでの経験値が…………??」
ルシアは目を凝らしながら怪訝な表情をしている。
「おっとそこまで見えてしまうのかい。ちょっとネタバレはまだ遠慮したいから、手早く済ませてしまおうかな。ところでルシア少年、君は気絶とか失神とかをしたことあるかい?」
リノンは唐突に話題を変えて質問をする。
「何だ突然? …………経験はある。だがもう二度とあんな醜態をさらしはしない!」
以前アゼルに完膚なきまでに負かされた時のことを思い出し、それを振り払うようにルシアはリノンに魔聖剣オルタグラムを向けて走り出す。
「なるほどなるほど、強い意志とタフネスが強みなのかい。だがまあ一度でも気絶したことがあるなら十分」
リノンは自身へと迫りくるルシアの剣をのんびりと眺め、
「!? 消えた!?」
次の瞬間にはルシアの眼前から消え去っていた。
「後ろだよ後ろ、ほらトンッ」
いつの間にかルシアの背後へと移動していたリノンは手刀でルシアの首を軽く叩いた。
「お前、いつの、間に─────」
そしてそのまま、ルシアは振り向くこともできずに気絶してしまう。
「うん、ミッションコンプリート。『魔人ルシアは攻撃を受けて気絶する』、一度でも戦いで気絶したことのあるヤツはこんな構文が成り立つから実に楽だねえ」
そんなことを言いながらリノンはルシアを抱えて馬車に戻った。
「どうだい魔王アゼル、君のオーダー通りの仕事だったろ?」
リノンは汗ひとつなく実に清々しい笑顔をしている。
「お前のその力、本当に何でもありなんだな」
だがアゼルは素直にリノンを褒める気にはなれずに、なんとも言えない表情をしていた。
「別に何でもありってわけじゃないさ。僕の力はいわばサイコロで好きな目を出せる程度のものでしかない。サイコロの中に出したい目がなかったらどうしようもないのさ。例えば死んだことのない奴は殺せない。傷ついたことのない奴は傷つけられない。ま、便利ではあるけれど万能ではないことは覚えておいてくれ」
「それでリノン、そのルシアは大丈夫なの?」
一部始終を見ていたイリアが心配そうに声をかける。
「もちろん、ただ気絶してるだけさ。時間がくれば目を覚ます。彼の存在は後で重要になるから馬車の中で丁重に寝かせておいてくれ」
そう言ってリノンはルシアを渡して、再び御者台に座る。
「さて、条件は揃った。いよいよ冥府の大沼、そしてかの毒竜とのご対面といこう」
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