第175話 ユリウス、カタリナ

 シロナの状態を確認するというリノンたちと別れたイリアたちはユリウスとカタリナのもとへと向かった。


「ユリウス、カタリナ、さっきはバタバタとしてろくに構ってやれなくてすまんな。どうだ、元気にしていたか?」

 アゼルは彼らに気さくに声をかける、しかし二人は何故か戸惑っている様子だった。


「え~と、あなたは魔王様、で合ってるんですよね? また姿が変わられたものなので」

 申し訳なさそうに確認をとるユリウス。


「ああ、この前はもっと幼い姿だったからな。また封印が緩んだんだ。説明がなくてすまんな」


「ということは、そっちのお姉ちゃんは、イリア?」

 ユリウスの影に隠れていたカタリナが、そっと顔を出してイリアを見る。


「うん、そうだよ。アゼルと一緒に私もちょっと成長しちゃった。というか元はもうちょっと大人なんだけどね」

 イリアは見栄を張るように胸を張る。


「何が大人だっての、イリアはもう元の姿とほとんど変わらないくらいには成長したでしょ。もうそこから先の成長の見込みはほとんどないんだからあきらめなよ」

 そんなイリアの肩を諭すように叩くエミル。


「ちょっとエミルさん! 元々の私はまだ17歳なんですから、そんな未来の芽を摘むようなこと言わないでくださいよ~」


「そうね、アタシみたいに身体の成長が13、4歳くらいで止まる大人もいるけどね」

 エミルは意味深な笑顔を浮かべてイリアを見る。


「う、なんて不吉な」


「でもまあ確かにイリアの成長は遅いし、一度はレベルの上限にまで達してるわけだから本当に身体の成長は17歳くらいで止まるのかもね」

 そしてトドメの追い打ちをかけるアミスアテナ。


「ちょっとアミスアテナ~」


「そんなに気にすることか? 俺たち魔族とかは成年期を迎えたら100年単位で姿が変わらないんだぞ。イチイチ自分の容姿を嘆いてはいれないだろ」

 アゼルはイリアの悩みがイマイチわからないような様子で首をかしげる。


「え~、それはアゼルが元々カッコいいからそう思うんだよ。背も高いし顔も整ってるし」

 イリアは不満げにアゼルの腕を引っ張って揺らす。


「やめんかイリア。俺だってできることならもうちょっと貫禄のある容姿で安定したかったぞ。髭もロクに生えんし、髪は薄くならんし、皺もほどんどないしな」

 アゼルは本当に悩ましそうに自身のあごを撫でている。


「……ちょっとこの魔王、全世界の人間のお父様たちを敵に回しそうね。ま、その辺りアグニカとはだいぶ違うかな」

 アゼルの物言いにアミスアテナは呆れ、そして最後に小声で少しだけ付け足した。


「でも最初に会った時はイリアのことを同い年だと思ってたんだけどな。今の姿を見たら本当にみたいだ」

 本当に感心した様子でユリウスが呟く。


「!?」

 そしてそのユリウスの『お姉ちゃん』というワードに過剰に反応するイリア。


「『お姉ちゃん』? 私、お姉ちゃんかなユリウス」

 

「そんなに何度も言うなよイリア。元々の歳を考えたらあたり前だろ」

 不貞腐れたようにそっぽを向くユリウス。

 その、真面目な少年が少し不機嫌に目を逸らすさまが、実に可愛らしくイリアの目に映り、


「ちょ、イリアダメよ! 絶対にこの子たちを抱きしめるとかしちゃだめだからね。今のあなたの能力だと前みたいな気絶じゃすまないんだから。二重の意味で事件よ」

 イリアから漂う妖しい気配にいち早く気づいたアミスアテナは慌ててイリアを制する。


「う、もちろんわかってるよアミスアテナ。…………でも、あのくらいの子を見るとなんかあの頃を思い出して」

 ふと、イリアから邪な気配が消えて、彼女は昔を思い出して遠い目となる。


「…………ま、二人とも元気そうで安心した。それじゃあ二人とも、時間があるうちに荷物はまとめておくんだぞ」

 そんなイリアをさておき、アゼルはユリウスとカタリナに告げる。


「「えっ?」」

 そしてキョトンと驚く二人。


「いや、『えっ?』って言われてもな。いつまでもクロムの家に世話になっているわけにもいかんだろうが。二人の母親だってアグニカルカで心配しているだろ」


「それは確かに、そうなんですが」

 イマイチ煮え切らない返事のユリウス。


「もう少しだけここにいちゃダメかな魔王様。私たちがいないとクロムさん心配だし」

 カタリナも縋るようにアゼルを見つめる。


「いや、どんだけ心配されてんだよクロムは。…………まあまだ残っていたいというなら構わんが、そこは俺が勝手に決めていいことじゃないからクロムに相談してみろ」

 アゼルは頭を搔きながら二人に答えた。


「「やったー!!」」

 その言葉に喜ぶ二人。


「いやいや、どれだけ懐かれてんだよ。いいか、クロムが了承したらだからな」

 念を押すアゼル。


「「はい!」」

 ユリウスとカタリナはそれに元気よく返事をしていた。


 その光景を見ていたイリアは、


「ねえ、アミスアテナ。たとえ種族が違ってもこんなに仲良くなれるんだよね」

 ひとつの希望を見つけたようにそんなことを言う。だが、


「…………あのクロムは魔人で半分は魔族よ。人間と魔族が仲良くするのとはわけが違うわ」

 イリアの言葉に冷たく返すアミスアテナ。それは、イリアが何を言いたいのかを分かっているがゆえに。


「でも、そのクロムさんだって魔族と人間が愛し合ったから生まれたんだよ。もしかしたら人間と魔族が分かり合える道だって」

 イリアがそう言いかけたところで、


「その考えはそこで止めておきなさい。何の犠牲もなく得られる融和はないわ。かつてこの世界は、魔族が流入する前から人間同士で争いを繰り返していた。それが仮初めにも協力し合うようになったのはこの世界の半分を魔族に支配されて手を組まざるを得なくなったからよ」

 

「───────────」

 返す言葉がないイリア。


「多くの血が流れ過ぎた。もし魔族と人間が手を取り合う時が来るとしたら、今までに失われた以上の犠牲を払わざるをえない時だけでしょうね。そして覚えておきなさいイリア。もしその時が来たら、勇者と魔王、その二人は間違いなく断罪されるわ。…………平和の象徴としてね」


「何で、私とアゼルが?」

 薄々答えがわかっていながらイリアは問い返す。

 

「あの英雄と戦った時にわかったんでしょ? 魔王は人間にとっての断罪の対象であり、逆から見れば勇者こそ魔族にとっての殺すべき対象。私が覚えておいて欲しいのはコレだけよ。人間と魔族が手を取り合った先にあなたの幸せはない。─────忘れないで」

 アミスアテナの冷たい言葉。

 だがその言葉の中には、イリアに対してこれ以上ない真摯な思いが詰め込まれていた。

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