第174話 シロナ帰宅

「!? シロナじゃねえか! お前、無事だったんだな」

 シロナの顔を見たクロムはシロナのもとへと駆け寄り、彼の両肩を掴んで心配する。


「無事、かと聞かれると返答に困るでござるが。幸いなことにこうして動く分には支障はない。主こそ身体を悪くはしていないか?」


「?? おう、おれは元気で病気ひとつかかっちゃいねえよ。だがシロナ、その口ぶりだとどこか調子が悪いのか?」

 クロムは心配そうにシロナの身体をあちこちと見渡す。


「ああ、それについては私から説明しよう。失礼するよ刀匠クロム殿」

 そこへ慇懃無礼に芝居がかった口調でリノンが店内に入ってきた。


「何だお前は?」

 当然のことながらリノンを怪しむクロム。


「私の名はリノン・W・W。何でも知ってる大賢者さ。君も150年ほど長生きしているんだから名前くらいは聞いたことがあるだろ? クロム殿」

 リノンは仰々しく礼をしながらも上目遣いでクロムをニヤリと見上げた。

 

「……確かに大賢者リノンといえばよく聞く名前だ。とても胡散臭い男だってな」

 大賢者を自称する男の言葉をクロムは実に嫌そうな顔で受けとる。


「おやぁ、そんなウワサが流れているのかい? おかしいなぁ、僕を褒め称えるタイプのウワサしか世間には流れていないはずなんだが」

 リノンはわざとらしく頭を搔く。


「だからだよ。生まれが特殊なせいでな、世の中で勝手に流れる噂話なんてのは信じないことにしてるんだ。とくに、そいつの良い噂しか流れてないとなると逆に疑いたくなるってもんだろ?」


「ああそうか、君は人間以上の長寿にして、魔族以上に人生に厚みを持って生きているんだね。そりゃあ50年前後の知性を対象として流していた風評なんて見抜かれてしまうか。いやこれは一本取られたね」

 リノンはまったく反省していない様子で笑っている。


「それで? シロナは今どんな状態なんだ?」

 クロムはリノンの軽口にこれ以上付き合いたくないと、話をシロナのことへと戻す。


「ん? そうだね、実はシロナは本当であれば死んでいる状態なんだ。それを私が今、世界を騙して生きていることにしている」

 事の重大性に対してリノンは実に軽い口調でそのことを話した。


「!? 死んでいる状態だと? なんでそんなことになってるんだ?」

 そしてクロムは当然のごとく驚き取り乱す。


「まあそこは私も直接その場を見たわけではないが、シロナは英雄ラクスが使用した『人形殺し』によって機能停止させられたそうだ。ま、状況証拠的に彼女は究人エルドラであり、遺物アーティファクトの能力を使用したと見て間違いないだろう。博識な君ならこの言葉の意味はわかるだろ?」


「ああ、まあな。あの英雄が究人エルドラである可能性は高いとは思っていた。だがまさかそいつがシロナに牙をむくなんてな。一体なんでそんなことになったんだ?」


「それに関しては俺に責任がある」

 そこへアゼルが一歩前に名乗り出る。


「英雄ラクスは魔王である俺を討つ為に戦いを挑んできた。シロナはその戦いの最中にラクスに傷をつけられたんだ。いわば俺を守る為にシロナは今の状態になっている。責任は、俺にある」

 悔やむようなアゼルの言葉。


「アゼル、拙者は自分にできることを尽くしたまででござる。その上であの英雄が拙者の上を行った、ただそれだけのこと。だから、そんな顔をしないで欲しい」

 シロナはアゼルのもとへと歩みより、その肩を軽く叩く。


「────ま、シロナ本人がそう言ってるんだ。とくにおれから言うことはねえよ。それにこんなところで立ち話もなんだな、奥の座敷でゆっくり話を聞かせてもらおうか。茶くらいは出すぜ、ユリウスが」


「はい、すぐに準備します」

 クロムの言葉にすぐ反応して早速準備に取り掛かるユリウス。


「あ、ユリウスずるい。私も手伝うから」

 それに慌ててカタリナがついていった。


「いつの間にか随分とこの家に馴染んでんだな、あの二人」

 その光景をアゼルは驚いた様子で眺めていた。


「ほんの1週間で家事のほとんどを乗っ取られちまった。まあ上がっていけよ」

 クロムに促されて店の奥の座敷へと案内されるイリアたち一行。


 そして案内された部屋は珍しいことに入室する際に履き物を脱ぐタイプのモノだった。


「刀神の里カグラは全ての建物がそういったルールでな。かなり昔に感銘を受けてから、おれの家も同じように作ったんだ」


 クロムに促され、イリアたちは部屋の真ん中に置いてあるテーブルを中心に各々好きな座り方で着座していく。


 クロムとシロナは正座、アゼルとリノンとエミルは胡坐をかいて、イリアは乙女座り、そしてユリウスとカタリナは緊張のためか席を外して座敷の外からこっそりと中を覗いていた。



「───────────────なるほどな、直撃ですらないほんのわずかな掠り傷だけでシロナは機能停止してしまったわけか。究人エルドラの技術力、予想はしていたがまさか本当にそこまで異常なレベルだったとはな」

 クロムは唸りながらここまでの話を聞いていた。


「なあ、さっきから出てくる究人エルドラってなんのことだ?」

 先ほどから話にいまいちついていけないアゼルから質問が飛ぶ。

 

旧時代パストエイジに君臨していた連中のことじゃなかった? ま、アタシも詳しくは知らないけどさ」


「そのエミルくんの認識で正しいさ。今となっては遠い昔にこのハルモニア世界を支配していたのが究人エルドラ、その能力値はあらゆる面において今の人間の10倍はあったみたいだね。そして英雄ラクスも十中八九その究人エルドラで間違いない、というわけさ」


「そうなんですね。ラクスさんのあの異様な強さはそういった理由があったんだ」

 イリアはふむふむと納得するように頷いている。


「あの英雄みたいなのがゴロゴロいた時代があったのかよ。ゾッとするな」


「まあ全員が全員、能力値の限界まで鍛え上げていたわけではないだろうけどね。あはは、でも君たち魔族も運がいいよ。もし間違えて彼らが栄華を誇っていた頃にこのハルモニアに乗り込んでいたら、全滅したのは君らの方だからね」


「なんだと?」


「仮に魔素が流入してきても彼らは平気だからさ。今の人間と違って究人エルドラには99%の確率で魔奏紋が顕れる。もしかしたら英雄ラクスにも魔奏紋が顕現してたんじゃないかい?」


「あ~、確かにあったよ。それじゃあ究人エルドラの連中はみんなが魔法使いになれるんだ。……なんだかな~」

 エミルは胡坐をかきながらダルマのように左右へと揺れている。


「まあそれでもエミルくんほど魔法への適性を持つ究人エルドラはいなかっただろうけどね。君もそのあたり、自身の異常性を自覚しておきなよ」


「そんなのリノンに言われたくないっての」


「おいおい話がそれてるじゃねえか。それで賢者さんよ、シロナを元に戻すにはどうしたらいい? アンタの話じゃ魔石核が傷ついているってことだが」

 クロムが脱線していた話を元へと戻す。


「うん、そうだね。僕が解析したところ現在シロナの魔石核は機能していない。ということは理論上は新しい魔石核と交換すればいいわけだけど、どうだい刀匠クロム?」

 リノンは自分の仮説を試すようにクロムを見る。


「…………大きな問題が二つある。ひとつはシロナに使用している魔石は純度99%の特級品だ。市場じゃまず手に入らない。そしてもうひとつはおれがもう一度シロナの魔石核を再現できる保証がない」

 深刻に眉を寄せながらクロムは言う。


「ん? どうしてだ、シロナを作ったのはお前なんだろう?」


「ああ、100年以上かけて無心でな。とくに最後の1年はろくに覚えちゃいねえ。だから今まったく同じことをしろ言われても自信がねえんだ。……すまねえな」

 悔しそうに俯くクロム。


「何、気にすることはないさ。命を生み出す奇蹟にそういったことは付き物だ」

 意外なことにそのクロムに対してリノンが真っ先に理解を示す。


「それにどんな奇蹟だろうと一度起きてしまえばただの事象だ。その奇蹟の担保についてなら僕に任せるといい」

 そして胸をポンと叩き、気軽に難題を安請け合いした。


「おいおい、大丈夫かよ」

 それに対して不安げな表情を見せるアゼル。


「ん~、大丈夫じゃない? リノンは一般的なことにおいてまったく信用しちゃいけないけど、裏技とか抜け道とか難易度が上がるにつれて信頼度も増していくから」

 これに関してはエミルはとくに問題視はしていないようだった。


「となると問題は魔石ですね。純度99%の物ってそんなに珍しいんですか?」


「ああ、おれが手に入れたのもほとんど偶然だ。というか、おれにその魔石を渡したのは英雄ラクスだ」


「え!? 何でラクスさんが?」


「昔ちょっと世話してやったことへのお礼だとさ。その時に渡されたのがアイツが叩き落としたドラゴンの瞳、龍眼だ。シロナの魔石核にはそれを加工した物を使用している」


「ということはラクスは知らず知らずのウチにシロナの誕生に関わっていて、そのアイツがシロナを機能停止に追い込んだってことかよ。本人が知らないこととはいえ因果な関係だな」

 すっきりしない顔でアゼルが呟く。


「戦いの上でのことだ、もし顔を会わせたとしてもおれはあの英雄を責めようとは思わんよ。まあそれもシロナがこうして生きていてくれるからかもしれんが。その点については大賢者リノン、遅ればせながら心から礼を言わせてもらう」

 クロムは頭をリノンへと深く下げる。


「別に僕は大したことはしていないさ。それに僕にとってもシロナは大事な仲間だ。それこそ助けるのに理由はいらないよ。ああ、あと魔石については心当たりがあるから安心してくれ」


「心当たり?」


「冥府の大沼にいる毒竜の角さ。この面子なら問題なく入手できるだろう。さて、まあこの辺りでお互いの事情は十分に共有できたんじゃないかい? そろそろ実務的な話に移ろうじゃないか」

 リノンは立ち上がって皆の注目を集めて話を進行しはじめる。


「実務的っていうと、どんな?」

 疑問符を浮かべるイリア。


「具体的にはシロナの身体について色々と把握と調整をしておきたいのさ。それにあたってはクロム殿ともちろんシロナに協力してもらう必要がある」


「ふむ、もちろん協力を惜しむつもりはない。むしろコイツのためにそこまで手間をかけてくれて感謝の言葉もないほどだ。ここでは道具も揃っておらんしおれの工房へと案内しよう。だがまあ、さすがに全員は入らんな」


「それなら僕とシロナ以外は各自自由にしておくといい」


「まあ、ここはリノンとクロムのおっちゃんに任せるしかないかな」

 切り替えの早いエミルはさっそく立ち上がって部屋を出ていく。


「そうですね。ユリウスやカタリナともゆっくり話もできてないし、行こっかアゼル」

 イリアも隣のアゼルを促して立ち上がる。


「ああ、そうだな。シロナ、何か異常があったらすぐに言えよ」


「アゼルは心配性でござるな。またアゼルにも苦労をかけるかもしれないが、よろしく頼む」

 シロナはアゼルを安心させるように柔らかい笑みを見せた。


「では僕たちは早速その工房に向かうとしようかな」


 こうしてイリアたちは一時リノンたちと別れるのであった。

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