第171話 シロナ復活
「シロナ! 良かった、良かった~」
「もう、馬鹿シロナ! アタシにリベンジされる前に死ぬなっての」
目を覚まし、身体を半分起こしたシロナをイリアとエミルが抱きしめる。
イリアは周囲を気にすることなく涙を流し、エミルもその瞳は強く潤んでいた。
「拙者は、───もしかすると死んでいたのか? ……あやつは、英雄ラクスはどうなったでござる」
イリアたちの反応にキョトンとした様子のシロナ。どうやら彼はラクスとの戦いで時間が止まっているようだった。
「あいつにはみんな負けたよ。だが、お前のおかげでみんな生きてる。お前が俺たちを明日に繋いでくれた」
アゼルは精一杯の親愛を込めて、起きたばかりのシロナに声をかける。
「そう、か。すまないアゼル、気を遣わせたでござる。────して、拙者がこうして目を覚ましたということは、やはりリノンと再会できたのだな」
シロナはイリアとエミルの肩越しに立役者であるリノンを見つけた。
「やあ、久しぶりだねシロナ。こんなカタチで君が運ばれてきたときはどうしたものかと思ったが、────うん、どうやらその表情を見るに君の迷いもだいぶ晴れたようだね」
リノンはここにきて賢者の名に相応しい深い瞳で、シロナのこれまでを見通したようなことを言う。
「リノン、迷惑をかけてしまったでござる。して、此度の対価はどうなっている?」
シロナは当然のようにその言葉を口にする。
「対、価?」
その単語に驚くアゼル。
「どうしたんだい魔王? こんな奇蹟、代償があって当然じゃないか。僕は言わなかったっけ? 僕の『力』は僕のためにしか使わないと」
「────確かに、言っていたな」
「僕の『
「……もし、お前がシロナに力を使うのをやめたら?」
「もちろんシロナは元の状態に戻るだけさ」
実に軽く、薄く、賢者はありのままの事実を説明する。
「お前らは知ってたのか?」
イリアとエミルの顔見るアゼル。
「知ってた、というか予想はしてたよ。リノンがタダで言うこと聞いてくれるわけないし」
頭の後ろで手を組みながらエミルは言う。
「私も、後で何か言い出すかな、とは思ってた。でも大丈夫だよアゼル。リノンはこういうことはがめついから、払えない対価は要求しないよ」
イリアもやや不安げながらもアゼルにそう答える。
「…………」
沈黙するアゼル。
払えない対価は要求しない、それはつまり払える対価であれば何であれ要求することに他ならないからだ。
「さて、こんなことで時間をとっても仕方ない。じゃあ僕の要求する対価を言うよ」
「───────────────」
アゼルは息をのむ。
「それはね、僕をまた仲間として旅に同行させて欲しい」
ニコニコとした笑顔でリノンはそう言った。
「え? それでいいのリノン? 元々リノンにはこっちからお願いするつもりなのに」
意外なリノンの要求に驚くイリア。
「そんなこと言ってイリアは僕に斬りかかってきたじゃないか。いや、わかるよわかる。僕のことを認識できないように『力』を使ったのは僕の勝手だし、それがわかった時は決していい気持ちじゃなかったろう。だけどまあそれは必要なことだったんだ。君が何も経験せずに真っ先に僕のところに来たって、僕は君に何も教えてあげられない。だって僕は真のロクデナシだからね。でも君は多くを学びまた僕のところまで来た。だからこちらからお願いしたいのさ、僕を仲間にして欲しいとね」
そう言ってリノンはイリアに向けて大仰な礼をする。
「リノン。うん、もちろん。また私の仲間になって。あ、仲間になる以上これからはあくどいことはしちゃダメだよ」
「あはは、もちろんもちろん。僕に悪いことなんてできるはずないしね」
((あ、コイツは絶対また何かやらかす))
リノンの態度にそう確信するアゼルとエミル。
「ああ、あとずっと黙っているけど、君もそれでいいのかい? アミスアテナ」
リノンはイリアの腰に差してある聖剣に向けて言葉を振る。
「───────────────、ええ。もちろんよリノンさ、……リノン」
彼と再会してから一言も発していなかったアミスアテナは口ごもるように返答した。
「さ、それじゃあ今後のことについて話そうか。さきほど言った通り今現在シロナの命は世界を誤魔化して僕が繋いでいる。でもいつまでもそうしてるわけにはいかないだろ? 何より僕の指を1本潰してしまってるしね」
「リノンの指なんていくらでも潰れてていいけど、確かにシロナの命運をずっとリノンに握っていて欲しくはないね。どうにかできんの?」
飄々と話すリノンへエミルは辛辣に返す。
「できるというか、しないと僕も困るのさ。まあとりあえずシロナの現状を把握しようか、『
リノンが何事か単語を口にすると、彼の左手に分厚い本が現れる。
「ん? 何だそれは?」
「コレ? 僕が賢者たる
リノンはその本をパラパラとめくりながらそんなことを言う。
「…………、まだ名前を紹介をした覚えはなかったが?」
アゼルは警戒心を一段階上げてリノンから一歩距離をとった。
「いやなに、余計な手間をひとつ省いただけさ。この調和世界ハルモニアに関する情報ならいくらでもこの本を介してアクセスできる。魔王アゼル・ヴァーミリオン、魔族の魔界脱出時に生まれ現在は200歳。魔王在位は約190年だが10年前に彼らの国アグニカルカを出奔しているため事実上はそこから空位期間となってる。ふむふむ、それで肝心の出奔の理由は、っと」
リノンは途中で言葉を止める。それはアゼルが彼の首元に魔剣を突き付けていたからだ。
「それ以上、喋るな」
アゼルは常軌を逸した目でリノンを睨みつける。
「ふむ、OKOKわかったよ。個人情報だものね。ま、これはこの本の力を示すためのただのデモンストレーションだからさ。だってイリアやエミルくんのスリーサイズを口にすることもできるけど、誰も興味ないだろ?」
「な、リノン! そんなことまでその本に載ってるんですか!?」
寝耳に水とイリアが顔を真っ赤にする。
「当たり前だろ? 何だいイリア、君のスリーサイズはこの世界に属していないとでも思っていたのかい?」
「アタシは興味あるなぁ、そんなことを口にしてリノンがこの世に生きていられるかとか」
エミルは乾いた笑みを浮かべながら拳を鳴らしていた。
「おっと、殺意だけで背すじがゾクゾクするとか、また怪物度合を上げたねエミルくん。安心したまえ、二人とも情報の変動はほぼゼロに等しいからわざわざ口にしたりしないさ」
「だ・か・ら! 少しは成長してるから!!」
プッチンと切れたイリアはアミスアテナを思い切りリノンに叩きつける。
「アハハ、痛い痛いイリア。にしてもあれだね、アミスアテナは相変わらず切れ味が悪いなぁ」
「プチッ、イリア許可するわ。血の一撃をこの男に喰らわせましょう」
アミスアテナは冷めた口調で言い放つ。
「了解アミスアテナ」
「了解じゃねえだろイリア。またフラフラになったら大変だろが」
それをいつの間にか冷静なっていたアゼルが軽くイリアの頭にチョップして止めた。
「痛ぁ、アゼル。痛かった」
少し涙目でアゼルに抗議するイリア。
「はいはい、すまんすまん」
それを投げやりにイリアの頭を撫でて謝罪するアゼル。
「────────ふむ、本当にこの1年は無駄ではなかったようだね」
その様子をしみじみと眺めて、リノンは小声で呟いていた。
「あ、そうだリノン。アタシ魔法が使えなくなっちゃったんだけど何かわかる?」
「ん? そういえばさっきからエミルくんはひとつも魔法を使っていなかったね。どれどれ腕を見せてごらん」
そう言ってリノンはエミルの手をとり、左手の本と見比べながら何やら分析をする。
「ふむ、君も随分と無茶をしたようだね。魔奏紋の一部がひどく傷ついている。今はその防御反応で全ての魔奏紋がシステムダウンしているのさ。時間の経過で少しずつ回復するとは思うけど、傷ついた魔奏紋の何画かはもう元には戻らないかもしれない」
エミルの腕を見ながら真剣に語るリノン。
そこには先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はなかった。
「…………そっか。まあその程度で済んでたのなら良かった。ありがとリノン」
「一応言っておくけど、その原因になった魔法はもう使わない方がいいよエミルくん。限界を越える魔法みたいだけど、仮に完成したとしてもその代償に君のどこかに後戻りできない損傷を生む可能性が高い」
「ん、覚えとく。あとアタシの話に逸らしといてなんだけど、その本にシロナのことはなんて書いてあるの?」
「ああそうだったね。ふむふむ…………どうもシロナの動力源たる魔石核が損傷しているようだね。人間で言えば心臓が止まっているようなものだ。だから戦闘行動はやめておいた方がいい。というか今の状態ではまともに戦えないだろうからね」
「なるほど、つまり拙者を完全に元に戻すには新しい心臓、魔石核を用意する必要だあるということでござるな」
「そういうことになるね。だが君の心臓に成りうる魔石は非常に希少だ。入手できる場所も限られている。ん~、その中で一番難易度が低そうなのは冥府の大沼に生息している毒竜から手に入れる方法だね」
リノンは手にした本のページを捲りながら必要な情報を引き出していく。
「冥府の大沼? アスキルドの東にあるやつだね」
「アスキルドか、ここからだと少し遠いが、まあ仕方ないか」
「……あの、その前に一度ホーグロンに寄ろ?」
イリアがしずしずと申し出る。
「クロムさんにユリウスとカタリナを預けたままだし、それに、一度シロナをクロムさんに会わせた方がいいよ」
彼女の言葉の後に続くわずかな沈黙。
それは、「いつでも会える」と思いながらも一度はシロナを失いかけた後悔からくるものだった。
「────そうだな、シロナも意識を取り戻せたことだしそれがいいかもな」
「ま、そだよね。アタシも賛成」
「イリアの言う通りね。反対する理由はないわ」
「ふむ、僕はどちらでも構わないよ。先にそのクロム氏に会うことで準備できることもあるしね」
「皆の気遣い痛み入るでござる」
シロナは目を閉じ、頭を下げた。
こうしてイリアたちは製鉄の街ドットリングをあとにして、聖刀の街ホーグロンを目指すのだった。
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