第170話 焦点化
「痛いなぁ、キミは。僕が何をしたっていうんだい」
リノンはわざとらしくアゼルに殴られた頭をさすっている。
「キサマが何もしてないから怒ってんだよ! お前ならシロナを直せるって話じゃなかったのか?」
「知らないよぉ。僕はちょっとだけ物知りで、少しだけズルくて、ほどよくウザイだけの男だよ。エミルくん、いったい彼にどういう説明をしたんだい?」
「ん、アタシは別に間違った説明はしてないよ。物凄く物知りで、際限なくズルくて、信じられないくらいウザイ男でしょリノンは? ほら、アンタの自己評価と一緒じゃん」
エミルは冷たく蔑むような視線をリノンに向けている。
「あれれ~? 何か修飾してる言葉が違うような」
「リノンもいい加減とぼけてないでシロナを助けてください。誰もリノンがまともな手段を使うとは思ってないんですから」
業を煮やしたイリアもリノンをせっつく。
「ああ『力』を使えってことかい? でも今の条件じゃシロナを起こすことはムリだよ。彼は死んだって世界に記述されてるし」
急に真面目な表情でリノンは言う。
「こらリノン、余計なこと言わないの。アンタがそう認識しちゃったら覆しようがなくなるんでしょ? アタシがシロナをその状態にした奴から『言質』はとってきてるから」
そう言ってエミルはシロナの状態を診るリノンの横に立つ。
「へえ、そいつはなんて言ってたんだい?」
ニヤリと口角を上げながらリノンはエミルに聞く。
「『人間みたいに死んだわけじゃないと思うよ』だって」
「ん? ラクスが何を言ってたかなんて関係あるのか?」
アゼルはエミルたちの謎のやりとりの意図がわからずに思わず聞いてしまう。
「そうだねぇ、あると言えばある、ないと言えばない、とでも誤魔化しておこうかな。まあこの場合はシロナを死に追いやった張本人が『死んでない』と言っているところがミソだ」
「いや、さっきエミルが言っていたのは『人間みたいに死んだわけじゃないと思うよ』だろうが、さすがにそれは言葉を端折りすぎだろ」
「真面目だねぇ、魔王くんは。別にいいんだよ、自分に都合の良いように世の中の事実を切り取ってしまっても。そしてそれが僕の固有スキル『
「焦点化?」
「そう、ひとつの事実に焦点を当てて、その他からの世界の干渉を防ぐ便利なスキルさ。さっきまでだってエミルくんに僕が殴られていないのもそのスキルのおかげでね。エミルくんが僕と顔を会せれば暴力を振るってくることは火を見るよりも明らかだからね。その前に『エミルくんに暴力を振るわれていない自分』に焦点を当てたのさ。それによっていくら彼女が僕に暴力的なことをしようとしたところで、世界の焦点が合っているのは暴力を振るわれていない僕なわけだから、暴力を喰らうという事実自体が『なかったこと』になるのさ」
「あ~、やっぱりもう使ってたんだ。頭くるよねその力。戦闘技術とかなにもあったものじゃないし」
エミルは悔しそうにつぶやく。
「何だその能力は、そんなのありなのか?」
あまりにも突飛な力の解説に、アゼルは唖然としている。
「力の有無をアリかナシかで問うものじゃないよ。とりあえず目の前にあるんだから使ってしまえばいいのさ。まあこの『世界に対する詐欺』的な力、僕にはまったく似合わないんだけど愛用させて貰っているよ」
リノンはやれやれといった態度でそんなことを言う。
「ああ、お前にぴったりだし、お前にだけは与えてはいけなかった能力な気がするな」
そしてアゼルは淡々と、今までリノンから得た印象を元に感想を述べた。
「そうかい? それは光栄だ。それで話を戻すがシロナの死をなかったことにするためにどうするか。君にはわかるかい?」
「?? シロナがこの状態になる前に焦点を当てればいいのか?」
「残念、僕が焦点化できるのは今現在のみ。リアルタイムで起きていることにしか対応できない。過去に遡ってとか、未来を見据えてとかそんなことはできないんだ」
「もう、リノンさっきからまだるっこしいよ。だからアタシがその客観的事実をここに持ち込んだんでしょ」
「横やりで正解を言うのは感心しないなぁエミルくん。君は僕の力を知ってるだろうけど彼は初めてなんだ。僕は新規のお客さんにもわかりやすい説明をする主義でね」
「誰が客だ、誰が」
「まあここまで来たらいっきに話を進めようか。エミル君は『人間みたいに死んだわけじゃないと思うよ』という実行犯の言葉を持ってきた。これはこの犯人の素直な感想であり、ひとつの事実だ。だがこのままでは何の役にも立たないので事実を都合よく切り取ろう。『死んだわけじゃない』、このワードのみをね」
リノンはそう言ってニヤリと悪い笑顔を見せる。
「おいおい、それじゃまるで意味が変わるだろ」
「
リノンがそう口にした時、彼の中指が淡く輝いた。
そして、それと同時に、
「…………む、ここは、どこでござるか」
白亜の人形剣士、シロナがゆっくりと目を覚ましたのだった。
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