第167話 製鉄の街ドットリング

 英雄ラクスとの戦いによって機能不全に陥ったシロナを救うために、イリアたちはかつての仲間である賢者リノンを探して製鉄の街ドットリングに辿り着く。


 だが、そのドットリングに向けて出立する前に魔法使いエミルから大事な報告があった。


「ん~、やっぱりダメだ。ゴメンみんな、アタシ魔法が使えなくなったっぽい」

 エミルは手をグーパーさせながらそんなことを言う。


「え、エミルさんどうしたんですか!?」

 エミルの突然の告白に驚くイリアたち。


「なんか魔力を上手く生成できないみたいなんだよね。多分ラクスとの戦いが原因だね。あの時アタシ未完成の魔法を使っちゃったから」

 驚く周囲に対して、本人はさして気にしない様子で淡々と語る。


「そうか、お前ほどのやつがそこまでムリをしていたとはな。……すまん」

 ラクスとの戦いの原因となったアゼルは申し訳なさそうに頭を下げる。ちなみに彼は今、動けずに意識のないシロナを背負っていた。


「なんでアゼルが謝るのさ。アタシは戦いたい相手と思い切り戦った結果こうなっただけ。単にアタシが未熟だったの。それに、シロナをそんな風にした相手に一矢報いるくらいはしたいでしょ」

 寂しげにエミルは笑ってシロナに視線を向ける。


「ったく、早くこいつには起きて貰わないとな」

 そういってアゼルはシロナを背負い直す。


「あ~、そういう意味じゃイリアもしばらくまともに戦えないから、みんなも知っていてね」

 そこへイリアの聖剣アミスアテナもこの機会にと一言付け加えた。


「アミスアテナ!? 私は大丈夫だよ、まだまだ戦えるから」

 イリアはアミスアテナの発言に驚き、元気なポーズをとってみせる、と同時に少しふらつく。


「ほらみなさい。血を失い過ぎて歩くのもやっとなんだからムリしないの」

 から元気を見せるイリアを優しくアミスアテナはたしなめる。


「確かにな、あの英雄相手にイリアはよくやった。あの時お前が流した血を俺は忘れない。しばらくはゆっくりしてろ。戦いが必要なら俺がやる」

 そういってアゼルは片手を出してイリアの頭をなでるのだった。


「アゼル、……うんわかった。そうする」

 それにイリアは恥ずかしそうに頷く。


「なにじゃれてんのよ。まさか勇者のパーティーなのに五体満足なのが魔王だけだなんて、シクシク」

 アミスアテナは本気か冗談かそんなことを言う。


「待てコラ、俺もお前の封印のせいで五体満足にはほど遠いっつーの」


「いいじゃない、この前また封印が緩んじゃったから今の状態でもレベル40くらいはあるわよ。それだけあればその辺の相手には負けないでしょ」


 そう言われたアゼルの姿は12才くらいの美少年である。背負っているシロナの方がやや身長が高いが、身体機能は見た目以上にあるため平気そうに背負っている。


「……まあ、少しは手足が伸びたから色々と楽にはなったがな」


「うん、今のアゼルもカッコ可愛くて好きだよ」

 イリアは何故か嬉しそうにアゼルの顔を覗き込む。


「……うるせぇよ。どうせもう少し成長したらお前のストライクゾーンから外れるんだろ?」


「ちょっとアゼル、私を変態みたいに! そんなことないもん、どの年齢のアゼルも格好いいと思ってるんだよ」


「ん、そっか。────ありがとな」

 アゼルは恥ずかしげにイリアから視線を外してそう呟いた。 


「ちょっと、イチャついてないで早く行くわよ。このあたりはまだ大境界の近くだから強い魔物が襲ってくることもあるのよ」


「分かってるしイチャついてなどおらんわ! ったく、本当に戦力が俺だけとかスゴいなこのパーティ」


「ま、アタシも魔法が使えないだけだから魔族相手でもない限りはまともに戦えるからね。それじゃさっそくドットリングに行こっか」

 魔法が使えなくなったにも関わらず、明るくエミルは皆を促す。


 こうして彼女らはフロンタークから製鉄の街ドットリングまで向かっていった。


 途中で山賊や野盗、魔物の群れと遭遇することもあったが、アゼルとエミルがそれを容易く追い払う。


 その間もアゼルはシロナを背負い続け、一度も重いとも、疲れたとも、その役を誰かに代わってくれとも言わなかった。

 

 それが、イリアにはとても嬉しく感じられたのだった。




「さてと、やっとドットリングに辿り着いたわけだけど」

 エミルは額の汗を拭う。


「……なんか随分と暑いとこだな。ここはどんな街なんだ?」

 

「製鉄の街ドットリング、文字通り製鉄を主な産業としてる街だよ。だから製鉄所があちこちにあって他の街よりもリアルに熱気があるんだよね」

 手団扇うちわで顔を煽ぎながらエミルは言う。


「確か黒鉄の秘跡がこの街の近くにあるんでしったけ?」

 イリアも熱そうに額の汗を拭っている。


「そうそう、そこで採取した『原鉄』をこの街に運搬して製鉄、加工してるんだよ」


「『原鉄』? てっきり鉄鉱石とかいうモノを採掘して、鉄を溶かし出しているものだと思ってたのだけど違うの」

 エミルの説明がアミスアテナの思っていたものとは違ったのか彼女は疑問を示す。


「アミスアテナも随分と昔の知識を持ってるね。確かに大昔はそうだったらしいし、今でも一部の地域じゃそうやって鉄を作ってるとこもあるみたいだけど、黒鉄の秘跡が発見されてからはその製法はほとんど廃れたらしいよ」

 エミルは頭の後ろで手を組みながらあっけらかんと語る。


「何だ、その秘跡に鉄の秘密の製法でも隠されてたのか?」


「え? 違う違う、その秘跡自体が超高純度の鉄でできていたの」

 アゼルの予想をエミルは簡単に否定する。


「ん? …………まさか」

 そのエミルの態度でアゼルは恐ろしい予想を立ててしまった。


「それで当時の天才は気づいちゃったんだよ。鉄を手間暇かけて精製するより、その秘跡を壊して既に完成した鉄を採掘する方が早いんじゃないかってね」


「壊すっておいおい、歴史への敬意もなにもないな」

 エミルの言葉にアゼルは唖然とする。


「まあ敬意だけじゃ人間生きていけないしね。選択肢としてはありなんじゃない? それにその選択だって決して楽な道じゃなかったみたいだし」


「どういうことだ? ただ壊して再利用するだけだろ?」


「それがその秘跡、旧時代パストエイジのモノみたいでね、制作技術が今とは桁違いなの。ただ壊すだけでも結構な手間がかかるからそれ専門のプロがいるくらいだし、それにそこで採れた『原鉄』も現代の技術じゃ簡単に加工できないから、超高温の炉で溶かしてから再利用してるの。悲しい話、そうやって再精製した時点で鉄の質は本来の『原鉄』より数段落ちるらしいからね」


「何だそれは、効率が悪すぎるだろ。それなら元来の製法で作った方がマシじゃないか」


「そう思う? だけどその質が数段落ちた鉄ですら、現代技術で一生懸命精製する鉄よりも何十倍も品質が良いの。そんなんじゃ鉄を精製する技術よりも、秘跡を破壊する技術の方が発達するのは仕方ないんじゃない? その秘跡の方だって、アタシたちの文明が1万年続いたところで壊しきれないし、壊せたところで使い切れないらしいからね」


「おいおい、昔の人間ってのはそんなにすごかったのか? というか時代が進んだのに文明のレベルが落ちるってどうなんだよ」

 このとんでもない話を聞きながら、アゼルもついには呆れ顔になってしまう。


「文明のレベルが下がったってよりは、文明の担い手が代わったってのが正しいけど。究人エルドラについて説明するのもちょっと時間がかかるし、それはまた今度ね。今はシロナを起こす為にリノンを探さなくちゃ」

 盛大に脱線していた話をエミルはもとに戻し、この製鉄の街を訪れた本来の目的に触れる。


「この街で変な新興宗教が流行っているって話でしたね。リノンに突き当たればいいですけど」


「まあ十中八九ここにいると思うよ。ひとまずばらけて怪しいとこがないか探してみよ。とりあえず胡散臭い何かを見つけたら報告する感じで。間違っても1対1で相手しないように」

 エミルは大事な注意事項として最後に一言を付け加える。


「ん、1対1だと何かマズイのか?」


「リノンとタイマンだとまず間違いなくいいように手玉に取られるから。その辺は実際に会ってみないと実感できないかも」


「そんなもんか? ま、お前がそう言うなら聞いておくかな。それじゃあとりあえず3人に分かれるぞ」

 とアゼルが口にした矢先、街の片隅から、


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。安いよう! 効くよう! 人生に疲れた人、明日のことでお悩みの方、生きる希望をなくしたそこのあなた! さあいらっしゃい、いらっしゃい。安心安全の格安宗教『夢見るクスリ』が、そんな皆様のモヤモヤをなかったことにしますよ~」


 実に能天気で、それでいて耳から離れない怪しい声が響いてきた。


「おいエミル」


「うん、アゼル。…………あれだね」


 ドットリングに到着早々、彼らは目的の対象を発見する。

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