第158話 弱い人

 アゼルに向けて断罪の剣を振り下ろそうとしていたラクスに、突然現れたイリアが血濡れの聖剣を叩きつける。


「!?」

 ラクスは『魔神殺し』でそれを迎え撃つが、聖剣と衝突したその瞬間に、爆撃のような衝撃が起きて大きく吹き飛ばされた。


 イリアはラクスへ追い討ちをかけることなく、アゼルへと振り向く。


「イリア、お前、どうして、出てきた?」

 星剣アトラスが胸部に突き刺さったままのアゼルは、息も絶え絶えな様子でイリアに問いかける。


「どうしても何も、アゼルボロボロじゃないですか。その傷が回復できないなんて、やっぱりムリしてたんですね。今封印を解きますから」

 そういってイリアは血だらけの手でアゼルの頬に触れて口付けをする。


 優しい光が二人を包み、イリアは元の姿を取り戻す。

 アゼルも、封印が解けたことでみるみるうちに傷が癒えていった。


「ああ、何かちっこくなってると思ったら、やっぱり勇者ちゃんで間違いなかったのね」

 『魔神殺し』を肩にのせてラクスは言う。


「それで? そんな血だらけになってまであなたは魔王の味方をするの? それって本当に勇者の使命? これ以上邪魔するようならあなたから殺すけど」

 冷たくはっきりと、ラクスはイリアに最後通告を突き付ける。


 それにイリアは、


「きっとこれは、『みんな』が望む勇者の使命なんかじゃありません。でもそれでも、私はここにいます。勇者になるように望まれ、勇者として生きるように託された私ですが、でもそれでも私はここでアゼルを守ります」


 堂々と胸を張って答えた。


「どうして? そこのそいつはにとって悪い魔王での世界の敵だよ。それを勇者ちゃんが守る理由がどこにあるのかな?」


「違います!」

 決して折れることのないであろう強い瞳で、イリアは英雄ラクスと向き合う。


「この人は強い魔王なんかでも、世界の敵なんかでもないんです! ただ静かに夢を見つめていたい、どこにでもいる弱い人なんです!」

 静かに、愛おしむように彼の10年間、彼のこれまでに思いを馳せてイリアはアゼルを守るように立ち塞がる。


「私の守りたい『人』は、見届けたい『想い』はここにありました。たとえそれが勇者としての在り方から外れることだとしても、イリア・キャンバスはアゼル・ヴァーミリオンを守り抜きます」

 魔王を殺そうとする英雄に対して、一歩も臆することなくイリア・キャンバスはそう言った。


「そう、ならここでもろともに死になさい。一応あなたの名誉のために。勇者は先んじて魔王と戦って敗れ死んだということにしてあげる」


「構いません。それでも私たちはここで生き残ってみせますから!」


 血染めの聖剣を傷だらけの手で握りしめて、一人の少女が英雄に立ち向かう。

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