第156話 ラクスVSアゼル

 魔王城アゼルクアルカの最上階、魔王の間と呼ぶにはあまりにも殺風景な空間でアゼルは英雄の到来を座して待つ。


 彼が座るのは玉座などとは程遠い、先ほど即興で作った魔素で構成された四角い箱だ。

 魔王の権威などは見せるべき民があってこそのもの。であれば、今彼がそれを放棄するのも致し方ないことだろう。


 民もなく、部下もなく、自国から離れたこの場所にて、彼は自身の死と向き合わねばならない。


 少しずつ、聞こえてくる。


 コツコツ、コツコツと死の足音が。


 この部屋に唯一繋がる階段から、彼女が現れる。


「随分と、遅かったな」

 現れた人物へアゼルは声をかける。


「かなり手こずっちゃってね。やっぱり強いや、この子」

 現れたのは英雄ラクス、その手には魔法使いエミルが猫のように首根っこを掴まれている。


「殺したのか?」


「いやいや、私は人間は殺さないよ。私が人間のがわにいる以上トラブルの元だしね。でも危うく殺しちゃうところだった。というか、直前でこの子が気を失わなければ確実に殺してたよ」

 ラクスはそう言ってエミルを階段の近くにそっと寝かせる。

 比較的キズの少ないエミルに対して、ラクスは血まみれだった。


「かなりやられたみたいだな。そいつはやっぱり強かったか?」


「今まで戦った人間のなかじゃダントツだよね。とくに魔力無限のエミルちゃんとかヤバ過ぎ。本当に死ぬかと思った」


「ふ、いいざまだ。それで、英雄。俺を殺す力は残っているのか?」


「もちろん、彼女に比べたら消化試合みたいなものだもの」


「ちっ、本来なら怒るべきところだが、そいつエミルと比較されると少しつらいな」


「分かってもらえて嬉しいわ。というわけで私も疲れちゃったから素直にここで死んでもらえるかしら、ってあれ勇者ちゃんは?」


「ここには来ない。だからアイツのことは忘れろ」


「ふ~ん、奇襲のための罠って感じじゃないしまあいいか。勇者ちゃんがいないなら聖剣を壊すってことができないし、『魔神殺し』を使わせてもらおうかしら」

 そう言ってラクスは自身の『ふくろ』に手を伸ばそうとする。


「いや、さすがにそれはゴメンだな。もうお前にその『ふくろ』を使う時間は与えん」

 アゼルが立ち上がると同時にラクスの頭上から幾百もの魔石が降り注ぐ。


「!? 痛っ、イタタタタタタタ!!」

 慌ててラクスは身をよじって回避するも、それを追尾するように魔石の弾は彼女を襲っていった。

 エミルとの戦いでダメージと疲労が蓄積しているラクスにとって、決して無視できないダメージが加わっていく。


「もう痛いって。まさかこんな隠し玉があったなんてね」


「この城の中であれば空間的な死角はない。せっかくの馳走だ、腹がいっぱいとは言わんだろうな。ほらだ」

 アゼルの言葉とともに前後左右、上下問わずにラクスを魔弾が襲う。


「ウソ!? この攻撃はさすがに厄介かな」

 星剣アトラスを盾代わりにするラクスだが、それでも躱せない魔弾が彼女の体力を確実に削っていく。


「って、これってもしかして高純度の魔石じゃない!? 結構なお宝なのにもったいない」


「───キサマらはどうしてこう、…………構わん、いくらでも持って死んでいけ」


 アゼルの放つ魔弾はさらに勢いと数を増してラクスを攻め続ける。


「イタタ、お宝に打たれて死ぬのは私の趣味じゃないしなぁ。ここは捨て身で攻めますか!」

 覚悟を決めたラクスは大剣を盾のようにしてアゼルに向かって突進した。その間もがらあきの背中へと魔弾の射出は続くが、それでも彼女の勢いは止まらない。


「手負いの獣かキサマは! だったらこれならどうだ?」

 アゼルが先ほどまで座っていた黒い箱が四散し、辺り一帯に濃密な魔素の霧が充満して視界を遮る。


「目くらまし? だけどこんなのあなただってよく見えないでしょ!」

 ラクスは大剣で大きく周囲を薙ぎ払って、威嚇しながらアゼルの接近に備える。


「あいにくだな、俺の支配下にある魔素の中ならお前がどこにいるかなど手に取るようによくわかるぞ」

 アゼルは黒い霧の中でラクスの位置を完全に見定めて、魔弾を放ち続ける。


「っく、────────────────────ねえ、魔王。随分と接近戦を嫌がるんだね。この一方的に有利な状況で直接攻撃にこないなんて」

 ラクスはアゼルの猛攻に耐えながら、一つの事実を指摘する。


「………………」


「それに、ちょっとずつだけど、魔石の質が落ちてるよ。もしかして、準備してた魔石はもう使いきっちゃった?」

 彼女は大剣を手放し、左手を掲げる。

 すると、彼女の腕に向けて魔素の霧が集まっていき、視界が徐々に晴れる。


 彼女の左腕の魔奏紋が容量ギリギリまで魔力を蓄えたのか、煌々と赤く光を放っていた。


「さすがに魔王の魔素は濃厚だね。それでどうする? さっきから攻撃の手が止まってるけど」

 ラクスは再び大剣を手にアゼルへ向かって斬り込んでいく。


「…………」

 アゼルはそれを無言で迎え撃つ。


 激しく鈍い、魔剣と大剣の衝突する音。


「ぐっ────」

 明らかに押し込まれたのはアゼルの方、


「ほらやっぱり、明らかに外で戦った時よりも出力が落ちてる。その姿、形だけを取り繕ってるんでしょ? そんなハリボテで私に勝とうとか、舐めないでよね!!」

 ラクスは力まかせに魔剣ごとアゼルを壁に向かって吹き飛ばす。


 弾丸のような勢いで壁に叩きつけられるアゼル。

 今のアゼルにとってはそれだけでも死に至りかねない衝撃である。


「ぐぁっ、──────────んじゃねえよ」

 壁に叩きつけられ、瀕死の状態になりながらもアゼルは何事が呟く。

 今の、封印を無理やり誤魔化している状態では、アゼルの回復力も著しく低下している。


「何? 何か言った?」


「お前に、勝ちたいんじゃねえよ。俺は……生きたいんだ」


「そう? だけどあなたはここで死ぬわ」

 冷たく彼女は彼の未来を決定する。


「例えそうだとしても、できることが残っているうちは自分は自分をやめられない、そう言った奴がいたからな。生きるってのはきっと、そういうことだろ」


「…………」

 それにラクスは答えず、ゆっくりとアゼルのもとへと歩いていき、そして、


「ガハッ!!」

 アゼルの胸に大剣を突き立てた。


「魔王、あなたの気持ちも理解できるわ。さあ、何かできることはまだ残ってる? それを見届けたら『魔神殺し』で殺してあげる」


「ふん、ここでお前に殺されようが殺されまいが、俺の人生は既に詰んでる。……そしてお前たち、人間もな」


「? どういうこと?」


「いや、きっとお前には関係ない。お前ほどの強さがあれば、きっと関係なく生き延びるだろうさ」


「む、その言い方は何か腹立つけど、まあいいわ。それをあなたの遺言ってことにしてあげる」

 ラクスは迷うことなく『ふくろ』から『魔神殺し』を取り出した。


「あ、そうだ。どうして勇者ちゃんと一緒に戦わなかったの? 多分だけど、あなたの弱体化もそのせいなんでしょ?」


「────あいつは、まだこれからの命だからな。あいつはこれからいっぱい悩み学び覚えることがあるんだ。俺みたいなくたびれた命と一緒に死なせるわけにはいかんだろ。……そういうのは、イヤなんだ」

 アゼルは曇りひとつない、穏やかな顔でそう言った。


「そっか、それじゃさよなら魔王。うん、やっぱりあなたイイ男だから、一度くらいは寝ておきたかったな。……バイバイ」

 アゼルに迫る確実な死、存在ごと抹消しようというその剣が振り上げられたその時、


「はぁぁぁああああああ!!!!」

 アゼルが背にしていた黒い壁が激しく崩れる。


 そこから現れたのは、


「この人は、この人だけは殺させない!!」

 泣き腫らし、聖剣と両手を真っ赤な血で染めたイリアだった。

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