第154話 神歌大壮

 ラクスに向かって真っすぐに駆けてくるエミル。


 それを見てラクスはやや拍子抜けする。

 これでは初撃の彼女の方がまだ速かったと。


 無駄はない。無駄はないが最高速が絶対的に足りていない。

 そんな考えを浮かべ、仕方なしに真正面から迎え撃とうとラクスが一歩踏み出したとき、


「っと、あれ?」

 彼女は躓いた。

 足元の石床にわずかな段差でもあったのか、戦いの最中とは思えないマヌケさでラクスはバランスを崩す。


「崩拳!」

 そんなラクスに遠慮することなく、エミルは強化された拳を彼女の腹に叩きこむ。


「くっ」

 数メートル後方に飛ばされるラクス。どうにか態勢を整えようと後ろに何歩からたたらを踏んだところで彼女は、しりもちをついた。


「え、ウソ!?」

 戦いにおいてあるまじき致命的な隙。

 そんな隙をエミルが見逃すわけもなく、


「風神の情けをここに、『エアリアル・ショットガン』」

 ラクスの隙の大きさに合わせた最大効率の魔法を詠唱する。

 エミルの全面に12の空気の弾丸が構成され、それがしりもちをついているラクスに向けて正確無比に音速を超えて放たれる。


「痛っ、イタタタタタッ」

 しかし、通常であれば再起不能になるはずの攻撃さえ、ラクスはあたり前のように耐えて立ち上がろうとする。


「ちょっと、さっきから何かおかしいんだけど、あれ?」

 彼女は立ち上がりながら違和感に気付く。

 手にしている星剣アトラスが重い。普段の2,3倍の重さはあるのではといったところだ。

 それに加えて、


「ん、なんか身体も重いなぁ。この数時間で太ったとかだったら、私ショックなんだけど。ねえ、エミルちゃん、何かしてる?」

 あまりの異常の連続に疑念を抱くラクス。


「当然、『神歌大壮』は単純な自己強化魔法じゃないよ。これは。アタシ自身の能力をこの環境で可能な最大値にまで引き上げて、相手の能力をこの環境下での最低値まで引き下げる、だけじゃない。この空間で起こる事象全てを、アタシには都合よく、相手には都合悪く展開するつまらない魔法だよ」

 本当につまらなさそうに、エミルは言う。


「げ、何それ。私そんなの聞いたことないんですけど」

 口を開けて唖然とした表情のラクス。


「ま、自作だからね。本来は雨乞いとかの環境操作魔法をアタシなりにアレンジしたものだし…………原型はほとんど留めてないけど。これは色々条件が整わないと使えない、実戦向きじゃない魔法だからね。だけど今回は特別、どんなにつまらない魔法だってアンタに勝つためならなんだってやってやる」

 そのエミルの瞳には「どうしてもコイツに勝ちたい」という強い意志が宿っている。


「エミルちゃんがそこまでしてくれるのは光栄だけど。やっぱりあれ、あの人形くんを壊したことを怒ってる?」


「別に、アンタはアタシの憧れだったからいつかは越えたいと思ってた。それがたまたま今日だっただけ。アンタがあのドラゴンを倒した日、アタシも遠くからそれを見てた。強くて、綺麗で、輝いていて、そんな強い人間がいるんだって嬉しかった。アタシもロクデナシなりにそんな風になりたいって憧れた。でもそれも今日まで、アタシはアタシの仲間を傷つけた奴を絶対に許さない!」

 エミルはそういって再度駆けだす。


「って、やっぱり怒ってるじゃん」

 対するラクスも重い身体と大剣に力を入れて立ち上がる。


 ぶつかり合う力と力。


 しかし、初めはエミルに傾いていた均衡も徐々にラクスへと戻っていく。


「よし、なんか掴めてきたよ~。色々と不利になる感じだけど、全体的に三倍の力で動けばなんとかなりそう。躓きそうになったら逆に踏み抜く。身体と剣が重いなら力いっぱい持ち上げる。どんな不幸だっていつもの三倍頑張ればどうにかなるものでしょ!」

 ラクスは謎の理論を展開しながらも、事実エミルを押し返していた。


「普通は三倍頑張れる余力なんて残してないっての、この脳筋!!」


「いやそれエミルちゃんには言われたくない!」

 ラクスのフルスイングがエミルの腹部に炸裂する。


 激しく壁に叩きつけられるエミル。


「──それに、エミルちゃんのこの魔法、使ってる間はお得意の大魔法使えないんでしょ?」


「あ~、バレちゃってた?」

 壁にめり込みながら、エミルはぺろりと舌を出す。


「私が一番警戒してるのがそれだからね。さっきから一発もこなければそりゃわかるよ」


 言葉通り彼女はエミルの大魔法を一番の脅威に感じていた。

 規格外の耐久力を誇るラクスに確実なダメージを与えるエミルの大魔法。いくら彼女と言えど、あとほど連続で喰らってしまえば倒れざるをえない。


「それで、もうネタ切れ? 大魔法を喰らう隙はさすがに見せてあげないよ」


「…………よっと、あともうひとつだけ、あるよ」

 身体のバネを使ってエミルは起き上がる。


「本当は対シロナ用に開発してた魔法、まだ未完成だけど。ラクス、アンタを実験台にしてあげる」


 エミルとこの空間を、そしてラクスを覆っていた灼銀のオーラが消失する。


「へえ、それは光栄。神歌大壮ってのは解いてくれたんだ」

 ラクスの身体から不調感が消えて、手にする星剣アトラスも通常の重さに戻る。


「先に謝っとくけど、この魔法、調整してないから。──殺したらゴメン」

 エミルが大きく息を吐いて、そして周囲の魔素を身体の隅々にまで吸い込む。


 彼女の魔奏紋が灼銀の輝きを取り戻し、


「オーバー・イグジスト」


 その全ての魔力をもってエミルの位階を引き上げた。


「!?」


 エミルの全身を灼銀のオーラが立ち昇る。

 彼女の髪、瞳ですら灼銀の光に染まっていく。


「いくよ、ラクス。覚悟はいい? 今度はアタシの拳の一発一発が大魔法だ」

 

 正真正銘、自身の存在証明すらチップに換えてエミルは最後の賭けに出た。

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