第153話 ラクスVSエミル

 数多の罠、数多の魔物を蹂躙して、ラクスは笑いながらアゼルの魔城を踏破していく。


 そう、彼女は笑っていた。


 未知に挑み未踏を切り拓く、冒険者としての本来の顔がそこにはあった。


 彼女とて、生まれた頃から英雄などと呼ばれたわけではない。始まりは駆け出しの冒険者。そこから数多くの偶然と奇蹟を経て彼女は英雄ともてはやされた。


 だが、それが彼女に幸せをもたらしたのかは定かではない。


 何故なら英雄とは力の隔絶の証明である。

 万人では成し遂げられない偉業もって人は英雄と呼ばれる。

 ならば、天空を駆け、街々を襲う竜を大地へと叩き落としたことは間違いなく偉業であり、それを成し遂げた彼女は人の形をした異形だった。


 以来、彼女と苦楽をともにした仲間は少しずつ彼女から離れていく。


 彼女を嫌いになったわけではない。

 元来、彼女の屈託のない笑顔、熱い義侠心、底知れない潜在力が魅力となって彼女のもとに人が集まっていったのだ。

 竜を叩き落とそうと彼女は彼女、何も変わるところはない。


 だから、彼女を嫌いになったわけではないのだ。


 ただ、ひたすらに誰も彼女についていくことができなくなっただけの話。


 野を駆ける獣が、天を舞う鳥に追いつけないように。


 川を泳ぐ魚が、深海の生き物には決して辿り着けないように。


 彼女が当たり前のように呼吸する世界に、彼女のかつての仲間は誰もついてこれなかっただけなのだ。


 同じ人間でありながら、同じ人間の形をしながら、肉体の規格が違う、命の規格が違う、到達しうる人生の規格が絶望的なほどに彼女は他者と隔絶していた。


 それを彼女は、どう受け止めれば良かったのか。


 孤独は彼女をさらに高みへと至らせ、


 孤高は彼女を異境へと辿り着かせる。


『ダンジョン』、誰一人として生還したものがいないというそこは、何故か彼女と噛み合っていた。


 そこで手にする武具も、アイテムも地上では決して見ることのできない異質なものばかり。


 そしてその分、そこに出現する敵も異常なほどに強かった。


 始めの一年は毎日死にかけていた。


 次の一年はどうにか死にかけずに逃げ回る手段だけは確保した。


 最後の一年は、可能な限りの武具・アイテムを収集することでかろうじて彼らと渡り合い、そして自身の成長が限界を迎えたことを知った。


 独りの限界を知り、彼女は『ダンジョン』から帰還する。


 そこで彼女が知ったのは魔族が人間領に侵攻し、そして勇者たちによって撃退されたという、彼女からしてみればなんとも間の抜けた話だった。


 ダンジョンに潜って三年、彼女は既に世間では死亡したことになっており、所属していたギルドからも籍を抹消されていた。


 彼女が帰還したことに驚き喜ぶ声もあったが、今さら帰ってきて何になる、といった言葉をかけられたのも確かだ。


 しかし彼女はとくに気にしない。

 自分の席などこの世に初めからあったかどうかさえ不確かなのだから。

 周囲とどうしても噛み合わない自分自身。

 生まれる時代を間違えたのではないかと真理に辿り着いたのも一度や二度ではない。


 だから、彼女が興味を抱いたのは魔族を撃退したという勇者たち。


 わずか数名で戦局をひっくり返したという異常性。


 もしかしたら自分と同類なのかもしれないという淡い期待を胸に彼らの噂を集めた。


 結果はなんとももどかしい。


 肝心の勇者はどうにも彼女が期待する相手ではないようだった。


 魔族に対しては圧倒的だが、どうにも人工的な匂いが強かった。

 調整された無味無臭、漂白されたような無垢純白は綺麗さ以上のおぞましさが感じれたからだ。


 そんな彼女の気を引いたのが、最強の魔法使い。


 傍若無人、破壊の化身、やりたいようにやって好きなように駆け抜ける彼女の逸話はどれも彼女の胸を震わせた。


 もしかしたら本当に、自分と同類なのかもしれない。


 そんな期待が英雄ラクスの頭から離れない。


 実際に戦ってみて、まだまだラクスが格上であることは明らかだが、彼女ならその差を埋めてくるのではと願わずにはいられない。


 アゼルの魔城の中層まで攻略した彼女は、次の上層へ向かうための階段に目をやる。


 ふと、彼女の耳に音が届く。


 淀みのないリズム、美しいメロディー、人の紡ぐ確かな歌声が聞こえてくるのだ。


 コツ、コツとその階段から下りて来た歌姫は、『歩く災害』『最強の魔法使い』と呼ばれるエミル・ハルカゼだった。


「エミルちゃん、意外にも歌が上手なのね。でもそれは余裕のアピールのつもり? もし挑発だっていうなら大した効果はないわよ。あなたが強いことは十分理解したし、油断してあげるつもりはないんだから」

 ラクスからエミルへと声がかけられる。


「──────────♪」

 しかし、エミルはそんな声が聞こえているのかいないのか、瞳を閉じたまま歌唱を続けていた。


「ちょっと~、少しはこっちに意識を向けてよ。寂しいじゃない」

 そんなラクスの声かけも空しく、エミルの歌は響き続ける。


「おーい、…………ってまさかエミルちゃん、!?」

 ラクスが慌てて大剣をエミルへ向けた時、彼女は静かに歌を終えた。


 それと同時に灼銀の光を放つ莫大な魔力の波がエミルの周囲を駆け巡る。


「『神歌大壮しんかたいそう』、大魔法10発分の魔力とありえないほどの超詠唱。実戦じゃ絶対に使う機会なんてないと思っていたけど、一応習得しておいて良かった」

 絶対的な強敵を前にして、エミルの瞳に楽しみの色はない。


「覚悟して、紅き英雄。シロナの仇をとらせてもらう。アタシは、アタシが勝つまで絶対に殴るのをやめない」


「─────────」

 エミルの圧に思わず息をのむラクス。

 超越者たる英雄ですら震わせる威容をもって、最強の魔法使いが駆け出した。

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