第152話 魔王の部屋

「う、ここ、どこ?」

 気がついたエミルは、辺りを見回す。

 そこは広い暗がりの部屋だった。


「ここは俺の城、アゼルクアルカの最上階。いわゆる魔王の部屋だ」

 アゼルの声が部屋に響く。

 彼はこの広い部屋の中央に立っていた。


「魔王の部屋って、何か随分と殺風景なんだけど」

 エミルの言葉通り、一面を見渡しても本当に何もない部屋だった。


「まあ、普段ここを使用することはなかったからな。大抵は一階と、あとは……まあいい」

 アゼルは何かを言いかけて止める。


「これってハルジアに建っていた魔王のあのお城じゃないの? 消えたと思っていたら自由に出し入れできたのね。これならハルジアに突如この城が現れたっていうのも納得だわ」

 アミスアテナの声。先ほどアゼルにかけたような必死さは抜けて、いつものやや冷たい声音だった。


「まあ本来は自由に出せるんだがな。この封印された状態で出せるかどうかは賭けだった」


「それで、ここに逃げ込んでどうすんの? 立てこもり?」


「いやここは俺の城なんだから立てこもりじゃなくて引きこもりだろ。────いや違う、引きこもりじゃなくて籠城だ」

 アゼルは慌てて言い直す。


「今この城は迎撃モードに入っている。城に入ったが最後、迷宮化して罠と魔獣・魔物が跋扈するこの城から生きては帰れない。────────英雄でもなければな」

 そう苦い顔で呟いて、アゼルは目の前を右手で軽く払う。


 すると彼の前に魔素で構成された巨大なスクリーンが表示された。

 そこには城の外にいるラクスが映し出されていた。


「お、これスゴイ!! ね、アゼル。これってどんな技術?」

 その光景にエミルが驚いてアゼルに喰いつく。


「仕組みは知らん。この城を初めて顕現させた時からできていることだからな。音声も拾うぞ」


『…………ったく、突然引きこもるとかやめて欲しいわ。こっちは鎧も壊されてこのままじゃ赤字なんだからさ~。もう結構戦ったし、これ以上引き延ばされたくないんだけどなぁ』

 どこからかラクスの声まで聞こえるようになった。


 そんな彼女は、手放していた星剣アトラスのもとへ歩いていく。


「これで諦めて帰ってくれれば御の字だ」


 しかし、そんなアゼルの希望もむなしくラクスは大剣を手に彼の城と真正面から向き合っていた。


『とりあえず上から下まで切り崩せば出てきてくれるかな? 起きな、アトラス』

 そんなラクスの言葉とともに、星剣アトラスは巨大化していく。

 そして剣の刀身が40mほどになったところで、ラクスは大きく振りかぶった。


「!? あの英雄、この城ごと斬るつもりよ!」


「────────────」


『いっけーーーー!!!! ってあれ?』

 彼女が振りかぶった剣は城を両断することなく、城に触れる直前で止められていた。


『あ、魔素の多重障壁だ。──勇者ちゃんなら関係なくぶった切るんだろうけど。私じゃこれを破る方が手間がかかりそう』


「…………ふう、さすがにこの城の結界は破られなかったか」

 安堵の息をもらすアゼル。


「さて、あの英雄様は帰ってくださるのかしら」

 アゼルたちがスクリーンに注視していると。


『ズルはダメだったかぁ。まあ仕方ない、正面から乗り込みますか。これもひとつの迷宮攻略だし、お宝探しながら行きましょ』

 ラクスは魔城の正面の巨大な扉を押し開いて中へと入っていった。


「ねえアゼル、ちなみに鍵とかは付けられなかったの?」


「鍵? おいおい魔王の城だぞ。そんな器の小さいマネできるか。誰が来ようと、格と力をもって平伏させるのが正しい魔王城の作法だ」


「……アゼル、意外とそういうとこ古いんだね。まあ歳喰ってるから仕方ないか。それにアタシもこれで終わらせるつもりはないし」

 そういってエミルは部屋の中に満ちた魔素を体内に取り込んで自身の魔力に変換していく。


「こちらから攻めるつもりか? アイツが疲弊してここに上がって来たところを迎撃するつもりだったが」


「アゼル本気で言ってる? あの女がその程度で弱体化するとは思えないけど」

 エミルはラクスの映っているスクリーンに目をやる。

 そこには、快活に笑いながら罠を、魔物を捩じ伏せていく彼女の姿があった。


「────────本当に人間かよ、この怪物は」


「人間だよ、ラクスも、アタシも。だから負けの言い訳にはできないし、勝つまでアタシはやめるつもりはない。シロナを傷つけたアイツを許すつもりも」

 エミルの瞳が鋭くなるのと同時に、彼女自身の肉体も灼銀に輝いていく。


「もう行くつもりか?」


「一人でいいよ。イリアは戦える感じじゃないし、一緒だとむしろアタシの戦い方が制限されちゃう。それにアゼルも、アイツの目的はアゼルだし、一撃でももらうと終わっちゃうんだから」

 最後は寂しそうにシロナを見て彼女は言った。


「────────────ああ、頼む。この城の中にいる限り、俺の加護がお前に届く。つまりはなんだ、魔素を無限に供給し続けるから、好きなだけ魔法を使え」


「サンキュ、アゼル」

 そう言って、最強の魔法使いと呼ばれる少女は歌を口ずさみながら城の下層へ向かう階段を下りて行った。



「さて、と」

 アゼルはエミルの気配が遠ざかるのを感じながら、シロナのもとへと歩み寄る。


「アゼル、アゼル。シロナが目を覚まさないの」

 そこには涙で目をはらすイリアの姿もあった。


「…………」

 アゼルはシロナの状態を確認する。

 その中性的で美しい顔は、今にも目を覚ましそうなほどに安らかだった。それゆえに、いつまでも目を覚まさない可能性も同時に内包している。


 目立った傷はこの状態に陥る原因となった右腕のかすり傷のみ。

 彼の着物にいくつかの汚れや傷みはあるが、あれだけ英雄ラクスと戦っていながらシロナの受けたダメージはごくごくほんのわずかなものだけであった。


「……まったく、貴様には敵わんな」

 アゼルはそう口にして、シロナに軽く手をかざす。

 すると黒いオーラがシロナを包み込み、次の瞬間にはシロナは消えていた。


「!? アゼル、シロナをどうしたの?」


「この城の中で比較的安全な場所へと転移させた。おそらくここは戦場になるからな。エミルの強さを俺は知ってるし信じているが、それ以上にあの英雄の力は規格外だ。念を入れておくにこしたことはないだろう。それより問題はお前だイリア。─────────戦えるのか?」

 アゼルからの真っ直ぐな問い。

 イリアはラクスとの問答のあとから明らかに戦意を失っており、それがシロナを失ったことでより顕著になっている。


「どう、イリア? あの怪物人間相手じゃ私はほとんど役に立たない。だから戦ってなんて無理は言えないわ。だけど、あなたは間違っていない。それだけは忘れないで」


「た、戦わなきゃいけないの。じゃないとみんな失ってしまう。シロナも、エミルさんも、ア、アゼル、も。でも、だけど、私はあの人が、コワイ。あの人と向き合うだけで、今までの私の全部が壊れてしまいそうで」

 自身の肩を抱きしめて、震えながらイリアは言う。


「私ができることは、あの人にもできてしまって。それは私が信じた生き方じゃなくても、容易くなせることで、それなら私は、勇者は一体何のためにいるんだろうって」

 そんな彼女をアゼルは静かに見つめていた。


「…………………このままだと、俺のためにお前たちは全滅。なら、どうするべきかは決まってるよな」

 半狂乱状態のイリアを前に、アゼルは小さくそう呟く。


「魔王?」

 ただ、アミスアテナにだけは、彼のその覚悟の声が聞こえていた。


「────────仕方がない、立てイリア。お前に見せたいものがある」

 アゼルはいまだ震えるイリアの手を取って強引に立ち上がらせる。

 

「!? アゼル?」


「こっちだ、来い」

 戸惑うイリアに構うことなく、アゼルはイリアの手を引いて部屋の奥の扉へと進む。


 その扉は、部屋の大きさに対しては小さく、決して城に見合った豪奢さはない。

 だが、誰かの小さな誇りが詰まったような作りをしていた。


 扉にはキチンと鍵穴がある。


 アゼルは右手に鍵を顕現させて、丁寧にその鍵を回す。


「─────────」

 少し緊張したようなアゼルの表情。

 彼はゆっくりと扉を開く。


 そこには、彼が一度も他人に明かしたことのなかった、小さな秘密が眠っていた。

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