第151話 王の城

「え、シロナ?」


 ラクスから受けたダメージから回復して目を覚ましたエミルが目にしたのは、崩れ落ちるシロナの姿だった。


 地面に倒れるシロナにエミルが素早く駆け寄る。


「シロナ、シロナ。どうしたの、目を覚ましなよ。────悪い、冗談でしょ?」


「あ、エミルちゃん目を覚ました? ゴメンねその人形、私が壊しちゃった」

 友達から借りたオモチャを壊してしまったかのような軽さでラクスは詫びを入れる。


「………………」

 エミルはそれに何も言わず、ラクスに目を向ける。


「────へえ、意外。エミルちゃんもそんな眼ができるんだ。ますます気に入っちゃうな。でもどうするの? 魔力も空っぽでしょ、もう一度お寝んねしてみる?」

 そのラクスの挑発にエミルが間髪入れずに乗る、その前に、


「そいつに何をした、人間風情が!!」

 怒りに身を任せたアゼルの魔剣がラクスを襲っていた。


「あれ、魔王からこっちに来てくれるなんて手間が省けるわ、ねっ!」

 ラクスはその魔剣を素手で捉え、右手に持ったままの人形殺しでアゼルを斬り裂いた。


「がふっ」


 アゼルは右の肩口から左の腰のあたりまで大きく斬り抉られ、そしてバキバキッと『人形殺し』が砕け散る。


「あ~! 壊れちゃった。流石に魔王の魔素骨子をこれで斬るのは強引過ぎたかな。でもまあこれで魔王を討ち取ったしいいかな───ってあれ?」

 ラクスの違和感。

 明らかな致命傷を与えたにも関わらず、左手で掴んだ魔剣から力が抜ける気配が一向にない。


「───アルス、ノワール」

 アゼルの唇が微かに動く。

 それと同時に莫大な魔素がアゼルの魔剣シグムントから放出される。


「ウソ! 何でまだ生きてんの!?」

 掴んでいた魔剣からの直撃を受けてラクスは10mほど吹き飛ばされた。


「クソッ、直当てなのに大したダメージになってねえ」

 アゼルは身体を駆け巡る激痛を堪えながら、悪態をつく。

 いやそれは、激痛と呼ぶのも生ぬるいほどの死の痛みだ。だがそれすら、今のアゼルであれば数秒と言わずに回復していく。


「いやいや左手痛かったし。にしてもそれが聖剣の言っていた魔王の不死ね。確かに、死んだはずなのに死なない相手は厄介だなぁ。それじゃあ本当に勇者ちゃんの聖剣を壊すしかないけど、…………流石にこれ以上あなたたちの悪役になるのは気が引けるし」


「ならどうする。引き下がるか?」

 期待はしないものの一応聞いておくアゼル。


「ああちょっと待ってね。何かいいのがあったと思うから」

 そういってラクスは再び『ふくろ』の中を漁り始める。


「『魔王殺し』『魔王殺し』、何かそんなのなかったかなぁ。あ、あれだね『魔王殺し』とかお酒の名前みたい」

 この状況でありながらまったく緊張感を見せない彼女は、歴戦のアゼルやエミルを前にしてなお異質であった。


「あ、コレいいんじゃない?」

 ラクスは袋の中から一振りの剣を取り出した。


「────────────!?」

 その剣を見た瞬間、わけも分からずにアゼルから大量の冷や汗が噴き出す。

 特別に大きいわけではない、特別におかしな形状をしているわけではない、ただその剣が纏う紫焔のオーラが明らかに不吉だった。


「ゴメンね魔王、『魔王殺し』持ってなかったわ。代わりにコレなんだけど、どう? 『』、これなら逝けそうじゃない?」

 手にした剣を肩にトントンと当てて、ラクスは笑顔で聞いてくる。


! あれはダメ! あれは死んじゃう。あの剣はきっと私の中に封印されたあなたの魂まで破壊するわ!」

 必死な声。アゼルには初め、それがアミスアテナの声だとは分からなかった。

 それほどまでに彼女が真剣にアゼルのことを心配していたからだ。


「……言われなくても、アレのやばさは肌で感じてる。なあ、その剣もあれか? かすりでもしたら即死なのか?」


「あは、使ったことないからわかんない。ねえだから、使わせてよ?」

 艶やかな色気すらともなって、ラクスは一歩アゼルに向けて踏み出す。


 シロナを失い、エミルすら魔力の尽きた状態。元々対人間戦では力を発揮できないイリアは既に心を打ち負かされている。


 絶対絶命で逃げ場すらないこの状況でアゼルは、


「エミル! シロナを拾ってこっちに来い!」

 アゼルは大きくバックステップしてイリアのもとまで下がる。


「え、アゼル?」

 突然近くに飛んできたアゼルに驚くイリア。彼女もシロナを失った衝撃とラクスとの問答によりギリギリの状態だった。


「ほい、アゼル。シロナ連れてきたよ。何か手があるの?」

 エミルは小さな身体でシロナをどうにか担いでアゼルのもとに駆けてくる。


「え、何。ここに来て逃げ出すつもりかな。…………逃げられる、つもりかな?」

 とくに慌てた様子もなく一歩一歩近づくラクス。

 それはそうだろう、戦闘不能者を抱えて逃げ切れるほど彼女は甘くない。そして彼女からすればアゼル一人を斬ればそれでいいのだから。


「さあ、どうかな。大英雄からは逃げられないってやつか?」

 アゼルははぐらかしながら右手に魔素を収束させていく。


「だが、俺は魔王だからな。こんな場所で死ぬことなど許されんさ!」

 そう言ってアゼルは右手を天高く掲げた。


『顕現せよ王の棺! その威容を持って我が王権を示せ。魔王城・アゼルクアルカ』


 アゼルの宣言とともに、頭上に強大な黒い闇の空間が生まれて広がりアゼルたちを飲み込む。

 そして闇が晴れて現れたのは、


「え、何コレ? お城?」


 巨大で荘厳な、漆黒に染め上げられた魔城だった。

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