第149話 英勇問答

 大境界の中央、エミルの大魔法により急速に風化してしまったドラゴンの死骸跡にて、


「あれ、勇者ちゃん。もしかしてこれで終わり?」

 ラクスは倒れ伏したイリアの首元に大剣を突き付けて問う。


 その少し離れた場所には吹き飛ばされて気を失っているアゼル、そしてシロナとエミルがいた。


 彼らはエミルの大魔法が終息した直後、いまだ健在であったラクスにものの十数秒で戦闘不能にされていた。

 ラクスとの攻防と大魔法に耐えることとで強く疲弊していたとはいえ、信頼する彼らがあっさりと敗北していく光景がイリアには理解できなかった。


 そしてラクスはそのままイリアを容易く組伏せてしまう。


「あきらめたんならそう言ってもらえると、お姉さん助かるかな」

 余裕の笑みで優しく諭すようにラクスは言う。


「っ、あきらめるわけが、ありません!」

 イリアは剣を突き付けられているのにも構わずにラクスの顔に向けて聖剣を振る。


 しかし、

「あれ、この程度?」

 ラクスはイリアの聖剣をかわすことすらしなかった。にもかかわらず、イリアの剣はラクスの頬を傷つけることすらできずに止まっている。


「さっきの勇者ちゃんの一撃はまあまあ痛かったのにね。私の防御力を差し引いたってこれはないでしょ。これじゃまるで人間だけは傷つけないようにされてるみたいじゃない」

 聖剣が頬に触れたまま、ラクスはニヤリと笑う。

 

「うるさいわね。あなたみたいにだれかれ構わず切りつける狂剣よりはずっとましでしょ」

 負けじと放たれるアミスアテナの罵倒。


「ああ、そういえばその剣喋るんだっけ? やっぱり胡散臭いから私にはムリだなぁ。特別な聖剣、特別な能力、……そして空っぽの器。見事に人間のために用意された勇者じゃない」

 ラクスは憐れむような目でイリアを見ている。


「何を、あなたは何が言いたいんですか!?」

 そんな彼女の態度にイリアは所在のわからない苛立ちを抱いてしまう。


「いやまあ、私もダンジョンから帰ってから色んな街を回って話を聞いてまわってたの。何せ三年も世間から離れてたからね。そして魔族が攻め込んできたことも知ったし、勇者ちゃんの活躍もたくさん聞いた」

 イリアに突き付けていた大剣を引き、肩に担ぎ直してラクスは語り始める。


「それを聞いて私なりに申し訳ないなとも思った。その時に私がいたら救えた命もあっただろうし。それに、稼ぎ時を逃したとも思ったね」


「稼ぎ時?」

 イリアはラクスの発言に嫌悪感を覚えて彼女の言葉を繰り返す。


「ん、何か気に障ったかな。もう勇者ちゃんは真面目で潔癖だね。だけどもう一度言うよ、誰かが困ってる時こそ私たち人でなしの稼ぎ時なの。そうでもなきゃ、私たちなんて平時には普通の人間にとっては厄介な異端でしかないんだから」


「ちょっと、さっきから私たち私たちって、あなたとイリアを一緒にしないでくれるかしら」


「そうね、一緒じゃないわ。私からすれば勇者ちゃんこそが異常だもの。あなた、助けた人たちから一切のお礼を貰わなかったんですって?」


「……それが、何だって言うんですか?」


「みんな言ってたわよ。『何て無欲で清廉潔白な勇者さまなのか』って」


「それでいいじゃない。何が言いたいのよ英雄さまは」


「え、それって気持ち悪いでしょ。無欲で清廉潔白とか、つまりは何も思わずに誰かを助けたってことだよね。そして魔族どもを殺し尽くしたってことでしょ」


「!?」

 イリアは恐怖でビクつく。

 彼女の指摘が何か恐ろしいものを暴いてしまいそうで。


「私が聞いてきた限りの話だと、勇者の行動には感情がなかった。誰かが困ってるから助ける。人間の敵である魔族がいるから殺す。それがあまりにも機械的で気持ち悪かった」


「何が間違ってると言うんですか。誰かが困っていて、それを助けることは正しいことです」

 必死に自分自身を保たせるようにイリアは言葉を絞り出す。


「だけど、その正しさは誰かに教えてもらった正しさで、勇者ちゃんの辿り着いた正しさじゃないよね。そんな空っぽの心で魔族を殺して世界を救うとか、そりゃ気持ち悪くて仕方ないでしょ」


「……何が、何が悪いんですか。もし仮にあなたの言うとおりだったとして、その正しさで世界を救えるならそれでいいじゃないですか。いったい何が間違ってるって言うんですか!?」

 イリアの感情を爆発させたような問い。

 それに対して、


「あれ、知らなかった? 世界は救うんだよ」

 ラクスは実にあっけらかんと真理を告げる。


「え、────楽しいから?」

 イリアにはラクスの言っていることが理解できなかった。


「ん、わからない? もし困っている人がいたらそれは面白そうだから助けるの。お礼に何か貰えるかなとか、役に立つ話が聞けるかなとか期待しながら助けるんだよ。だから逆につまらなそうだったら別に助けなくてもいいの。だってそれは私たちの義務じゃないもの。…………もしかして勇者ちゃん、世界を救うことも誰かを助けることも自分の義務だなんて思ってたのかな」

 まだ未熟な子供を諭すようにラクスは言った。

 対価を求めない無償の救済などただの欺瞞だと。


「面白い? 楽しい? 私にはあなたの言うことはわかりません。あなたの言うことは間違っています。たとえ義務でなくとも、自分にできる力があって困っている人や世界があるなら必ず手を伸ばすべきです。それを楽しいだなんて、それでは誰の気持ちにも寄り添えない」

 イリアは今にも泣き出してしまいそうな自身を抑えて、必死に自分の言葉を探して紡ぎ出した。


 だが、それを哄笑が遮る。


「はは、あははははは。やめてよね勇者ちゃん。あなたがそれを言うの? いい、強い者は絶対に困っている人や弱い人の気持ちには寄り添えない。だったらそれはそれができる人がやればいい。私たちができるのは結果を出すことだけでしょ。だったら困ってるからとか悲しんでるからとかそんなおためごかしはいらない、ただ自分が楽しいか面白いかで受けるクエストお悩み事を選べばいい」


「そんなことはありません! 楽しいとか面白いだなんて、それは不誠実な考えです!」


「そう? 私は誰よりも自分に誠実に生きてるよ。あなたの方こそどうなの勇者ちゃん。あなたの言う誠実なやり方で、あなたに何か残るモノがあった?」


「──────何も、何も残る必要なんてないんです。私に何かが残らなくても、救えた誰かに何かが残るならそれでいいじゃないですか!?」

 子供の癇癪のように頭を振ってイリアは答える。


「それで全てが終わったあとに残るのはあなたの脱け殻ってわけね。誰のシナリオか知らないけど、そこの聖剣はそれでいいの?」


「誰もそこまで極端なことは言ってないわよ。ただ、世界を救うのはイリアよ。それだけは譲れない」


「そう、世界より先にまず自分を救えって感じだけど。世界なんて勇者ちゃんじゃなくったって誰でも救えるし、まあみんながムリだっていうなら私がやってもいい。もちろん報酬目的でね。だからね勇者ちゃん、別にあなたである必要はないんだよ。もし脚が止まらないっていうなら私が切り落としてあげる。その聖剣があなたを追いたてるようなら二度と持てないようにその手を潰してあげる。魔王を斬るついでにそこまでだったらサービスしてあげるよ」

 優しげに、本当に優しそうにラクスは言う。


「魔王? 斬る? アゼル、を?」


「そう、あなたの守りたい綺麗な世界人間なんてどこにもないんだから。勇者ちゃんがそれで傷つく前に全て終わらせてあげる」


 これで話は終わりと、絶対的な力を背景にラクスは大剣を振り上げる。


「ちょっとイリアしっかりしなさい!!」


 力でも心でも打ちのめされてしまったイリアは放心してしまっていた。


「それじゃ、これまで勇者のお仕事お疲れさま」

 無慈悲な救済の剣が振り下ろされる。


 たが、


「させるかよ!」

 間一髪、アゼルが飛び込んで魔剣でラクスの一撃を防ぐ。


「あら、手足を潰したのにもう回復してるなんてとんだモンスターね。でも魔王ひとりじゃ足りないわよ。ちょうどいいからあなたごと潰してあげるわ」

 ラクスはさらに力を込め、とんでもない膂力でアゼルを両断しようとする。


 そこに、


「足りないならば、力を足し合わせるだけでござる。拙者たちは一人ではないのだから。『葵八連』」


 シロナの二刀がラクスに炸裂する。


「ちょ、またっ。この人形くんは鬱陶しいわね。だけど君の攻撃はダメージ受けないってもう分かってるんだから。────あれ?」

 確かに自身の肉体にダメージはないものの違和感を感じるラクス。


「拙者は命あるものを斬ることはもうできない。しかし、それ以外ならば、容赦なく斬るでござる」


「え、嘘? オートヒールがもう効いてない!?」

 そしてラクスはその異常に驚愕していた。


「せっかくエミルが与えたダメージも回復されてしまってはたまったものではないからな。その機能、拙者がでござる」


「ちょ、そんなの聞いてない。せっかくのレア防具なのに~」

 ラクスは涙を出しそうな声で騒ぎ出す。


「……そうか、貴重な品であったか。それはあいすまないでござる。だが、少しでも貴殿の力を削ぎたい故、それも剥がせてもらった」

 キン、とシロナは二振りの聖刀を納刀する。

 それと同時に、ラクスの装備している紅金の鎧がバラバラになって地面に落ちる。

 それはいかなる神業か、金属部分を結びつけるパーツのみが見事に断ち切られていた。


 そしてあとに残されたのは、


「え!? ちょっと、私の鎧~!!」


 下着姿があらわになったラクスのみであった。

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