第147話 英雄VS勇者と魔王と仲間たち

 現在、エミルの魔法によってラクスはシロナがいる地上に落とされ、エミルがそれを見下ろしている。

 そこにアゼルとイリアが一歩踏み出す。


「お、魔王と勇者ちゃんも参戦してくれるのかな?」


「元々相手をするべきは俺だからな。まったく、こんなドラゴンを叩き落とす人間がいるからどんな奴かと思えば、まさか俺たちよりもよっぽど化け物だったとはな」


「魔王に化け物とは言われなくないねぇ。それに、あの時の私はレベル99だったから、今はその時よりもずっと強いよ」


「??」

 今のラクスの発言の意味がわからずにアゼルの頭に疑問符が浮かぶ。

(何を言ってるんだこいつは。そもそも人間のレベル上限は99だろ?)


 アゼルがその疑問を表にする前にイリアが前に出る。


「ラクスさん、あなたが強いのはよくわかりました。ですが、あなたの一方的な理由でアゼルを殺させるわけにはいきません。何か、何か私たちが上手くいく道があるはずです」


「へえ、とても人間側の勇者とは思えない発言だね。でもいいよ、他人の主義主張なんて聞くだけ無駄だからね。この世の中、最初も最後も結局は力で決着をつけるしかないんだから」

 イリアの言葉に聞く耳もたぬとラクスは大剣を構えた。


「─────同感だ。なら問答は無用だな」

 アゼルは魔剣シグムントを顕現させて、地上へと飛び降りる。

 

「冥府の積層、ブラック・ブラックカーテン」

 そして広域に及ぶ魔素で編み込まれた重層の敷布を展開した。


「何かなそれは、目くらましのつもり? アトラス!」

 頭上より落下してくる巨大な黒い布をラクスは巨大化した大剣で薙ぎ払う。


「って何これ、重っ!」


「その布の支配権は俺にあるからな、そのまま押し潰されろ」

 アゼルは自身の魔剣を振りかぶり、落下のエネルギーも加えて黒い布ごしにラクスの大剣へと魔剣を振り下ろす。


「ぐぐ、重たい、けど、まだイケるよ!」

 超重量に加わるアゼルの全力の一振り。

 誰であろうと押し潰すはずの一撃を、なんとラクスは顕現された大布とアゼルごと大剣で振り払った。


「っ、ふざけるなよ。なんて馬鹿力だ!」


 うそのように吹き飛ばされるアゼル。しかしそこへ、


「だが隙はできたでござる。『直心一刀じきしんいっとう』」

 シロナはラクスの大振りした隙をついて彼女のふところに踏み込み、彼女を真下から上空へと


「ちょ、またこの人形くん、やってくれるなぁ」

 弾丸のように上空へ飛ばされていくラクス、──その向かう先にはエミルが待っていた。


「炎王の神腕、地心の叫び、遠く、近く、その拳は遍く命を打ち砕く『巨神の一撃タイタン・ブロゥ』」

 彼女の詠唱とともに周囲一帯の大気が圧縮、高温化、硬質化され、まさに神の一撃として、飛んでくるラクスに撃ち放たれた。


「また、大魔法!?」

 弾丸ライナーのように空に向けて飛ばされたラクスは、エミルの魔法の一撃によってさらなる速度で大地に向けて打ち返された。


 地上に響く炸裂音。

 ラクスが叩きつけられた地面には大きなクレーターが出来上がっていた。


 さらにそこへ、


「いい、イリア。あそこにいるのは魔王以上の怪物と思いなさい。遠慮はいらないわ」


「うん、アミスアテナ。今の私のできる限りを示して見せる」


 イリアとアミスアテナ、勇者と聖剣、ふたつの無垢結晶が共鳴して強大な白銀のエネルギーが立ち昇る。


「行きます、ラクスさん。ヴァイス・ノーヴァ!!」

 振り下ろした聖剣から迸る無垢純白の波動が地上に叩きつけられたラクスに向けて放たれる。



「───────────!」


 十数秒に渡って続く白き極光の奔流。

 イリアにとって最大の攻撃、そして唯一の物理的破壊を伴う大技。この技だけは、相手が純粋な人間であっても十分過ぎる威力を発揮する。


「っく、アタシもさっきので魔力切れた。イリア、決めちゃってよ」

 エミルが膝から崩れ落ちる。いかに彼女であっても本来複数人で扱う大魔法を立て続けに二度も放つのは負担が大きかったのか。


「ハアアアアア!!」

 エミルの声に後押しされるように、イリアの渾身の一撃がラクスの全身を打ちのめした。


 イリアは自身と聖剣の力を放出しきり、仮初めの静寂がその場を支配する。


「───はぁ、はぁ、はぁ、」

 今はただ、疲労しきったイリアの吐息が聞こえてくるのみである。


 エミルにイリア、二人の大技によって巻き上がった土埃が徐々に晴れていく。


 そこには、


「あれ? 誰も『やったか?』なんて言わないんだ?」

 当然のように立ち上がっているラクスがいた。


 そして、

「当然だ、これでお前を倒せるだなんて思ってないからな」

 その光景を受け入れていたアゼルは既に次の一撃を用意していた。

 アゼルが両手で構えた魔剣シグムントは最大臨界に達しており咆哮の瞬間を待ちわびている。


「冥土の土産だ、喰らっていけ。アルス・ノワール!!」


「────!」


 解き放たれた漆黒の魔素の激流がラクスを襲う。

 イリアのヴァイス・ノーヴァの対極、絶大な物理破壊と魔素汚染を伴うアゼルの奥義である。


 これが届かなければ、彼らにもう後はない。


「うぉおおおおおっ!!!!」

 アゼルは後のことなど考えずに際限なく出力を上げていく。


 だが、その決死の技をもってしてなお、


「くぅっ、結構キツイ。でもここで終わりなら耐えきるよー」

 アゼルの魔素に飲み込まれながら、ラクスはいまだ余裕ある笑みを見せていた。


「─────────ああ、終わりだよ。この射線上にお前しかいなければな」

 そのラクスに対してアゼルも不敵の笑みを返す。


「!?」

 ラクスがアルス・ノワールに耐えながら後ろを振り向くと、


「ナイス、シロナ」

 シロナに肩を支えられたエミルが立っていた。


 当然アゼルのアルス・ノワールの力の余波はエミルたちにも届いている。

 だが、魔力が枯渇しているエミルにとってその魔素の奔流は最高のご馳走に他ならない。


「それじゃあ、いただくよ」

 エミルは荒れ狂う魔素の波を全て取り込んで自身の魔力へと変換していく。

 それに伴い彼女の全身の魔奏紋は黒く、そして灼銀へと色を変えていった。


「うっし、魔力満タン! それじゃあ、みんないい? アタシ負けるのは大嫌いだから、ちょっとヤバイ魔法使うよ。…………生きてね」

 灼銀のオーラに全身を輝かせたエミルは、一応申し訳なさそうにそう言った。


「砂塵の王、汝の裁きは極限の時を刻むがごとく、駆け巡る龍砂は全ての者に等しく終わりをもたらさん。おそるるなかれ、そのあぎとは既に我らを飲み込みたもう。『地龍駆け巡る大砂塵ドラグニカ・テンペスト』」

 エミルの魔法の詠唱が完成するとともに、極大の暴風が彼女らが戦場としているドラゴンの巨大な死骸全体を包み、その中を超高速の砂礫があらゆる物を塵殺せんと駆け巡る。


 それは砂塵の龍が嵐の中の全てを喰らい尽くすかのような光景だった。


 その中をどうにか生き延びようと全員がもがく。


 イリアは絶対防御たるレーネス・ヴァイスを展開して物理的に身を守る。魔素を浄化する彼女の性質も相まって、イリアの周りだけはわずかに砂嵐の力か減衰していた。


 アゼルは三重の魔素骨子を展開しながらも、ラクスを逃がさないようにアルス・ノワールの勢いを緩めなかった。だが、防御に集中できないこともあり、一秒ごとにひどいダメージが彼を襲う。


 エミルはこのドラグニカ・テンペストを維持するために魔力を集中しており完全に無防備となっていた。そこを術者本人にすら襲い迫る砂塵から、シロナが全力で彼女を守り続ける。


 そして英雄ラクスは完全に足を止められて逃げることすらかなわない。その彼女を砂塵の中を駆け巡る地龍が容赦なく攻め立てていた。


「──あ、ヤバい。死ぬかも」

 さしもの彼女もこの攻勢には苦痛の声をあげる。


「……でも、エミルちゃんの魔法見て、少し

 そういってラクスは左腕を高く掲げる、その腕に顕れるのは紅く輝くだった。


「風の調べ、そのいと高き精霊の恩寵をもって我が敵を退け給え」

 彼女の口から紡がれるのはまごうことなき魔法の詠唱。


「『風精の舞踏シルフィ・ロンド!』」

 魔法の完成とともに緑色の強い風がラクスを中心に吹き荒れ、エミルの作り出した暴風とラクスの治風がせめぎあう。


 大境界に巻き起こった突然の天変地異。


 それを外から見た光景は、まるで嵐による結界のようであった。


 そして約5分後、嵐の結界はようやく解かれていく。


 中の様子は無惨そのものと言っていいだろう。


 10年もの間、堅牢にかつての姿を保ち続けていた竜の骨格はまるで100年の時が過ぎたかのように風化していた。


 これでは、生身の人間が生きていられる道理はない。


 しかし、


「し、死ぬかと思いました~」

 絶対防御レーネス・ヴァイスを纏ったイリア・キャンバスがそこから立ち上がる。


「何今の、なんかもうガンガン、ゴンゴンって。生きた心地がしなかったわよ。ねえイリア、私の刀身へこんだりしてない?」

 絶対絶命の状況の中、勇者と聖剣は見事生き残っていた。


「何が『生きてね』だ。無差別自爆技とかありえねえ」

 そして当然のようにアゼルが立ち上がる。

 彼は自身の三重の魔素骨子を全開で機能させて、今の窮地を乗り切っていた。

 その肉体は数多の高速の飛礫によってボロボロであるが、彼特有の再生力により一秒ごとに回復していく。


「というか今の魔法、当の本人は生きてるのかよ」

 アゼルはエミルがいたはずの場所に目をやる。


 そこには、

「エミルもまったく無茶をする。自分の防御を考えてないとか、どれだけ彼女に勝ちたかったでござるか?」

 シロナに抱きかかえられたエミルがいた。


「え、だって、ピンポイントで狙ったって逃げ出されるし。相手を倒したいなら自分ごと巻き込むしかないじゃん。シロナのおかげで命拾いしたよ、ありがと」

 エミルは疲労困憊のぐてっとした表情でシロナに礼を言う。

 二人とも多少の擦り傷はあるものの、一つの致命打も受けていない。


「それで、シロナ。アイツ、まだ立ってる?」

 疲れた表情でエミルはシロナに問う。


「これまでの戦闘スタイルから考えると、彼女にあの魔法から離脱する術はなかったが。──────────安心するがいいでござるエミル。お前の望む英雄は、お前が望んだとおりの強さだったようだ」


 シロナはある一点を見つめてそう言った。

 彼が見つめる先には緑色の風が逆巻いて何かを包んでいる。


 数秒後、その風が解けて中からラクスが現れた。

 

「っはぁ、流石に今のはしんどかったわよ。HPが3割は削られたし。エミルちゃんやることえげつない」

 今までと違いやや疲弊したラクスの声。

 彼女の身体には何か所かの流血が見られていた。


「今ので3割? くそ~、どんな人間だってボロぞうきんみたいにする禁呪なのになぁ」

 エミルは悔しそうにつぶやく。


「いや、そういうのためらいなく撃たないでよ。魔法がなかったら私もやばかったかも」


「あ~、やっぱりさっきのシルフィーロンドだったんだ。アタシの嵐の中で逆回転の風を作って相殺したんだね。──その魔奏紋、生まれつき?」

 ラクスの左腕には手首から肘にかけて黒い紋様が浮かび上がっていた。


「いいや、後天的なやつだよ。昔まちがって魔素領域に踏み込んだ時に発現したの」


「スゴイね。今時オリジナルの魔奏紋とか珍しい。────────それで、さすがに頑丈過ぎだよね。聞き間違いでなければ、なんかさっき10年前はまだレベル99とか言ってたけど。それじゃいまレベルいくつなの?」

 シロナに抱えられながら、エミルは見過ごしていた真実への扉を開く。

 彼女たちが総出でかかっても倒れることのない異常な強さの理由を。


 そしてその理由とは、


「レベル? 言ってなかったっけ。───255だよ」


 力によるものでもなく、技によるものでもなく、あまりにも歴然なレベルの差でしかなかった。

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