第146話 英雄VS魔法使い&聖刀使い

 人間領と魔族領を隔てる大境界、その中央に眠る白骨化した巨大なドラゴンの死骸の上で世紀の決戦が行われようとしていた。


 一方は英雄と名高いラクス・ハーネット。

 

 そしてもう一方は最強の魔法使いエミル・ハルカゼとオートマタの聖刀使いシロナ。


 対峙するシロナは既に二本の聖刀を鞘から抜いている。


 そしてエミルも今この瞬間、近接戦闘用のオリジナル魔法である『風纏』と『空密』を発動していた。


「──ねえ、アタシたちは準備できてるけど、ラクスはもしかして素手?」

 ラクスは紅金の鎧こそ纏っているものの、肝心の武器を手にしていない。

 というよりもほとんど荷物を持ってすらいない。一応腰に簡易的な袋は付けてあるが、その大きさでは短剣すら入っていそうになかった。


「ん? もちろん剣で戦うよ。ほら」

 そう言って彼女は袋から剣を取り出す。

 彼女の身の丈もあろうかという大剣を。


「え、ちょっと待って。何それラクス?」

 あまりの光景に目を丸くするエミル。


「これ? これは星剣アトラスっていってとにかく大きいのが取り柄の、」


「いやいや違う違う、その剣じゃなくて袋の方。何でその大きさの剣がその小さい袋に入ってんの?」

 まるで奇術でも見せられたかのようである。


「ああ、これね。私は使い慣れちゃったけど、確かに初見だとビックリするよね。これはね『ダンジョン』で一番最初に手に入れたアイテム。拾ったアイテムや武器・防具、お宝なんかをいくらでも入れられて、好きな時に取り出せる優れもの。いやぁ、結局のところコイツがダンジョンでの一番の拾い物だったかも。名前は何だったっけ、『四次元ふくろ』? 『どこでもポケット』? いやまあ何でもいいや、とりあえず『ふくろ』ってことにしておきましょ」


「何だそれは。四次元ふくろ? 何かとんでもなく危ない響きがするな」


「ええそうね、どこでもポケットとか名前からしてスゴク危険な香りがするわ」


 ゴクリ、と生唾を飲み込むアゼルとアミスアテナ。


 しかし、エミルはそれ以上のことは気にならなかったようで、

「ん、まあとりあえずは納得。さすがはダンジョン帰りだよ。それじゃそっちも準備いいみたいだし、遠慮なく始めようか。シロナ、合わせてね」


「うむ、任せるでござる」


 エミルとシロナは同時に姿を掻き消す。


「え、何それ!?」

 驚愕するラクス、しかし彼女が驚く間に二人は彼女の目の前に出現する。


「アタシはお腹行くよ、『五爪掌』!!」

 ラクスの右前に現れたエミルは爪を立てた右手での掌打をラクスの腹部へと打ち込む。


「では拙者は四肢を刈る。『椿四連』」

 同時にエミルの反対側に出現したシロナはエミルの挙動を一切邪魔せずにラクスの両手両足に斬撃を加えた。


 シロナの斬撃で四肢の行動を封じられたラクスは為す術もなく、エミルの一撃を喰らわざるを得ない。


「吹き飛べ英雄!」

 エミルの『五爪掌』は強烈な掌打を加えると同時に五指からそれぞれの属性魔法を融合させた虹色に煌めくエネルギーを放出した。


「うそでしょ~!?」

 そのエネルギーがクリーンヒットしたラクスは激しく吹き飛んで竜骨の足場から落ちていく。


「おいおいアイツら。この不安定な足場で飛んだり消えたりをやりやがったぞ」

 アゼルは今の光景を見て唖然としている。彼らが強いのは百も承知であったが、戦場を選ばぬその戦闘スタイルはまさに戦いの申し子といった様子だった。

 

「それにあの子、今の技って前に魔王のお腹に風穴を空けたヤツでしょ。あの英雄死んだんじゃないかしら。ちょっと、英雄殺しとかシャレにならないわよ」

 アミスアテナもエミルの過剰暴力を危惧して内心で冷や汗をかいている。


「…………多分そんな心配いらないよアミスアテナ。だって何で戦い好きなエミルさんがシロナとのタッグを了承したと思う? きっと肌で感じとってるんだよ、英雄ラクスの強さを。その証拠にほら」


 エミルとシロナは戦闘態勢をまったく解いていなかった。

 まるでラクスが立ち上がることを当然と思っているかのように。


「おー、イタタタタ。ちょっと二人とも速すぎでしょ」

 吹き飛ばされてドラゴンの頭から落ちたかに見えたラクスは、鼻先に掴まってかろうじて落ちるのを防いでおりそこから這い上がってきた。


 立ち上がった彼女の腹部には多少の焦げあとを残すのみである。


「おいおい嘘だろ、シロナの攻撃でダメージ受けてないのは仕方ないとしても、エミルのあの技を喰らってあの程度なのか。」

 アゼルは自分がその技を喰らった時の記憶と照らし合わせて驚愕する。多少彼自身の油断があったとはいえ、魔王の魔素骨子を容易く突破してアゼルの腹を文字通り貫いた技である。

 それはつまり今のアゼルよりも英雄ラクスの方が遥かに防御力が高いことを示していた。


「いやあ、見事に初撃は不意を突かれちゃったな。も~速い速い。ダンジョンにも二人ほど速い敵はいなかったよ。あ、いやいたか。何か二人のは速くて上手いって感じだね。相手の意識の隙間を縫ってくる感じ?」

 ラクスは冷静に今の攻防の感想を述べる。


「お誉めに預かりどうも。アタシは今のがあんま効いてなくてショックなんだけど。あんまり痛くなかった?」

 エミルは戦闘態勢を一切解かずに、与えたダメージ確認をする。


「いえいえエミルちゃん、痛かったよ。そっちの子の斬撃は斬られたのか斬られてないのか不思議な感覚だったけど。ま、いいや今度は私から行こっか」


 そう言ってラクスは大剣を担いだままエミルたちへと駆け出す。

 彼女のそれはエミルやシロナの歩法と比べれば明らかに無駄が多く見える。────だが、それでもなお彼女はエミルたちより速かった。


 高速でエミルたちの眼前に走り抜けたラクスはすでにその大剣を大きく振りかぶっている。


「!? やば、シロナこれ受けちゃダメだよ!」

 エミルの必死な声。

 意識を相手に集中していたにも関わらず、ただの速さのみで不意をつかれてしまう。


「無論でござる」


 シロナはエミルの声に冷静に応え、二人は足場が不安定になるのにも構わずに左右へ大きく飛んで距離をとる。


 だがまあそれは結論から言えばあまり関係はなかった。


「はぁ!!」

 ラクスの激しい一振りは、二人に当たることなくそのまま足場であるドラゴンの骨を切り砕いた。


 ドゴゴゴゴと激しく崩れ始める足場。


「どう二人とも? これだけ足場が不安定なら歩法も何もあったもんじゃないでしょ」


「ちょ、他人のこと言えないけど力技過ぎるでしょ。流石このドラゴンを叩き落としただけのことはあるけど、どうすんのさ? これじゃアンタもまともに動けないでしょ」


「確かに動きはとりづらいけど関係ないかな。実はこの星剣アトラス、大きくなるの」


 ラクスがそういうや否や彼女の持つ大剣は刀身が30メートルほどに巨大化し、そのままシロナに向けて振り下ろされる。


 大剣のの物は全て打ち砕くような攻撃。


「狙いはこちらでござったか。うむ、困った。避けられぬ」


 容赦ない一撃がシロナの周囲の空間ごと大地に向けて叩きつけられる。


「うしっ、まずは一体ってとこかな」

 ラクスは一仕事終えたかのように元の大きさに戻った大剣を肩に担ぎ直す。


 だが、


「ちょっとちょっと英雄様。うちのシロナを舐めないでよね」


「え?」

 エミルの声に促されて下を見るラクス。


 シロナが落とされた先の土埃が晴れ、そこには、


「『天究絶無』」

 虹色の丸い空間、干渉不可の盾を展開したシロナが健在だった。


「ウソ、何で今ので壊れてないの人形くん」

 手応えを感じたにも関わらず健在のシロナに驚くラクス。


「いい一撃だった。だが英雄殿、貴殿の相手は拙者だけではないでござるよ」

 叩き落とされた地面から見上げてシロナは言う。


「!?」


「破天なる雷穹、穿て我が盟敵を『グングニル・エンデ』」

 ラクスがシロナの生存に気を取られた一瞬でエミルは魔法を完成させる。


 エミルたちの頭上に一瞬で黒雲が広がり、まるでそこから狙いを定めるかのように雷の槍が顔をのぞかせる。


「ちょ、エミルちゃん。それって大魔法でしょ!? 詠唱はしょり過ぎ!」


「大丈夫大丈夫、効果は一緒だから。魔法使いに対して距離をとるってことがどういうことか、教えてあげる」


 次の瞬間、天空から狙いすまされたかのように雷槍が光の速さでラクスを貫いた。

 そして彼女の足場ごと砕いて大地へと叩き落とす。さらに崩れた足場、つまりはドラゴンの骨が彼女の上に降り注いでいく。


「…………毎度思うが、エミルのあの性能、ズルくないか?」

 近中遠距離対応可能の魔法使いなど、やはりアゼルには悪夢のように映るのだった。


「ズルいわよ。……でもこの場に限ってはそうでもないみたい。イリア、魔王、前言撤回して悪いけどあなたたちも参戦しなさい」

 真剣なアミスアテナの声。


「え、アミスアテナどうして? シロナはまだ無傷だし、エミルさんだって押してるよ」


「押してる? よく見なさいイリア。あの子たちは本当だったら2回は相手を戦闘不能にするほどの攻撃を加えたはずよ。なのに──」


「いやぁ、ビックリビックリ。あの速度でこの威力の大魔法を完成させるとか、さすがは最強の魔法使いってところかしら?」

 巨大な骨の瓦礫を起こしながら、当然のようにラクスは立ち上がる。


「それで、まだ続きはある? ないならこっちから行くけど」


 その様子を見て、エミルは嫌そうな顔をしながら、


「しつもーん。今のってダメージ通った? それともう一つ、もしかしてだけどその前の『五爪掌』を受けた時のダメージ回復してない?」

 ラクスのいる下を覗き込んで質問する。


「ダメージ? あったあった、ちゃんと痛かったよー。それにもう一つの質問の答えだけど、うんゴメン回復してる。この鎧にオートヒールの機能が付いてるから~」

 ラクスはまるで友達に話すかのような気楽さでエミルに返す。


「『オートヒール』? 何それ聞いたことないんだけど」


「そう? ダンジョンにはこの手の武器防具が結構落ちてるもんだったよ。まあ確かに地上じゃ見かけたことないから、ダンジョン限定かも。大丈夫大丈夫。エミルちゃんの一発が一分くらいで回復する程度だから」

 最強の魔法使いからのダメージすら容易く回復することを、さも何でもないことのようにラクスは言う。


 それを聞いたアゼルは、


「────────────決定だな、全員で行こう。あの英雄に対して過剰防衛ってことはなさそうだ」


 英雄に対する総力戦を決断した。

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